横浜市立大学の研究グループが細胞の老化防止メカニズムを発見

横浜市立大学大学院生命ナノシステム科学研究科の博士後期課程3年・高氏裕貴氏、藤井道彦准教授、鮎澤大名誉教授らの研究グループは、細胞老化の特徴に着目し、細胞質のタンパク質合成を制限することにより細胞老化を抑制するメカニズムを発見した。
本研究成果は、Nature Publishing Group『Scientific Reports』(2016年1月5日オンライン版)に掲載された。


【研究成果のポイント】
タンパク質合成を制限すると、
・老化誘導剤の存在下でも細胞老化が起こらない。
・細胞老化により分裂を停止した細胞が増殖を再開する。
・細胞の分裂寿命が顕著に延長する。

【研究の背景】
 動物細胞は種々の老化ストレス(注1)に曝されると、肥大化・扁平化をともないつつ細胞増殖を停止し、最終的に分裂能力を失う。これは「細胞老化」と呼ばれる現象である。
 近年、細胞老化は生物個体の老化の原因の一つであることが明らかになりつつある。例えば、老化したマウスには老化した細胞が多く存在するが、老化細胞を選択的に除去することで、マウスの老化が遅くなることが報告されている。つまり、細胞老化の抑制は個体老化の防止につながることが期待される。さらに、老化細胞を若返らせることができれば、個体レベルでの若返りも現実味を帯びる。

【本研究の内容】
 研究グループは、細胞老化の共通の特徴であるDNA複製(注2)の遅滞と細胞の肥大化・扁平化に着目し、「細胞老化の不均衡増殖モデル」(図1)を細胞老化の普遍的モデルとして提唱している。細胞はさまざまな障害を受けるとDNA複製を停止させる。この状態が長く続くと、タンパク質の過度な蓄積が起こり、細胞膨張と核膨張が起こる。次いで核膜とヘテロクロマチン複合体の崩壊が起こり、分裂能力の喪失や老化特異的遺伝子の発現が誘導されるというモデルである。
 研究グループは、ヒト正常およびがん細胞を用いた解析から、細胞質タンパク質合成の制限(正常な増殖には影響しない)が細胞の種類(動物種や組織)に関係なく不均衡増殖を解消し、細胞老化を抑制することを見出した。この制限はヒト正常細胞の分裂寿命を顕著に延長しただけではなく、細胞老化により分裂を停止した細胞の増殖を再開させることができた(図2)。
 さらに、タンパク質合成の制限が個体の老化に及ぼす影響を、モデル生物である線虫C. elegansを用いて調べた。タンパク質合成の制限は、線虫の平均寿命および最大寿命を延長させ、個体レベルでの老化防止にも有効である可能性が示された。

【今後の期待】
 今後の課題は、細胞質タンパク質合成の制限により、ヒトなどの高等動物の老化防止を実現できるかどうかである。そのためには、細胞質タンパク質合成をターゲットとした老化抑制剤の探索や開発を進める必要がある。また、タンパク質の摂取制限などの栄養学的見地からも老化防止の可能性を検討することも重要になる。
 これらの研究は、横浜市と神奈川県が提唱している「健康長寿/健康寿命 日本一」の施策に貢献するかもしれない。

【用語説明】
(注1)老化ストレス
 細胞老化を誘導するさまざまな有害因子のこと。物理的(損傷や放射線など)、化学的(老廃物や薬物など)、生物的(生体機能の不均衡など)に分類できる。細胞は老化ストレスに曝されると、細胞老化に到る一連の生体反応を引き起こす。
(注2)DNA複製
 生物の形や働きは遺伝子によって規定されるが、遺伝子の化学物質はDNAである。細胞は分裂する前に、DNA全体をコピーし、2倍に増やす。細胞分裂の際に、DNAを一組ずつ新しい細胞へ分配する。このDNAを2倍に増やす作業を「DNAの複製」という。

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 准教授 藤井道彦
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