藤田医科大学医療科学部レギュラトリーサイエンス分野 毛利彰宏教授、倉橋仁美大学院生、國澤和生准教授、鍋島俊隆客員教授らと、慶應義塾大学 田中謙二教授、名城大学 守屋友加助教、長谷川洋一教授などによる共同研究チームは、自閉スペクトラム症(ASD)の新たな病態メカニズムを解明しました。
本研究では、自閉症様モデルとして胎生期バルプロ酸(VPA)曝露マウスを使用し、グルタミン酸神経系※1とセロトニン神経系※2の相互作用に着目しました。この結果、胎生期VPA曝露マウスではグルタミン酸神経系の興奮が亢進する一方、セロトニン神経機能が低下していることを証明しました。さらに、セロトニン1A受容体を介したグルタミン酸神経系の機能の抑制が、ASD様行動を緩解させることを明らかにしました。この成果により、新たなASD治療薬開発としての可能性が期待されます。
本研究成果は、学術ジャーナル「Neuropsychopharmacology」で発表され、オンライン版が2024年10月11日に先行して公開されました。
論文URL :
https://www.nature.com/articles/s41386-024-02004-z
<研究成果のポイント>
- 胎生期バルプロ酸(VPA)曝露による自閉スペクトラム症(ASD)様モデルマウスでは、セロトニン神経系の機能が低下していることにより、グルタミン酸神経系機能が亢進していることを証明
- ASDの病態に、セロトニン1A受容体を介したセロトニン神経系とグルタミン酸神経系の相互作用が関与していることを世界で初めて発見
- 新たなASD治療薬の作用機序として、セロトニン1A受容体がターゲットになり得る可能性を示唆
<背景>
自閉スペクトラム症(ASD)は、偏った興味や行動、社会的コミュニケーションの欠如や学習障害などを特徴とした神経発達障害です。また、抗てんかん薬として知られるバルプロ酸(VPA)の妊娠中の使用は、その子どものASD発症リスクを増加させることが報告されています。ASDの病態仮説の一つとして、グルタミン酸神経系の機能亢進による興奮性・抑制性(E/I)バランスの破綻が考えられている一方で、抗うつ薬として広く使用されるセロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)が、ASDの治療薬としても効果がある可能性が報告されています。しかし、SSRIがどのようにASDの病態に関連し作用しているのかについては不明でした。本研究では、セロトニン神経系とグルタミン酸神経系の相互作用について検証しました。
<研究手法・研究成果>
妊娠12.5日目の母親マウスにVPAを腹腔内投与すると、その仔は繰り返し行動の増加、社会性や認知記憶の低下など、ASD様行動が認められました。また、脳内のグルタミン酸神経シグナルの亢進や、セロトニン遊離の低下が認められました。そこで、グルタミン酸神経シグナルの亢進を抑制するメマンチンを投与すると、ASD様行動は改善しました。また、セロトニン神経伝達を促進する選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)の一つであるフルオキセチンによるセロトニン神経伝達の促進や、光遺伝学的なセロトニン神経の活性化は、グルタミン酸神経シグナルを抑制し、社会性や認知記憶の低下を改善しました。セロトニン1A受容体はグルタミン酸神経機能の抑制作用が報告されています。セロトニン1A受容体拮抗薬はフルオキセチンによるASD様行動やグルタミン酸神経シグナル亢進に対する改善効果を拮抗しました。セロトニン1A受容体作動薬(タンドスピロン)の投与は、ASD様行動やグルタミン酸神経シグナルの亢進に対し効果を示しました。
<今後の展開>
セロトニン神経系とグルタミン酸神経機能の相互作用にはセロトニン1A受容体が関与し、これら相互作用を調整することは新たなASD治療薬の開発ターゲットとなることが期待されます。
<用語解説>
※1 グルタミン酸神経系
グルタミン酸神経系:中枢神経系において、神経伝達物質であるグルタミン酸が受容体に結合することにより、重要な興奮性伝達を行う神経です。記憶や学習などの機能に関与しています。グルタミン酸神経の機能異常は様々な精神神経疾患に関与していることが知られています。
※2 セロトニン神経系
セロトニン神経系:中枢において、神経伝達物質であるセロトニンを含有する神経系です。セロトニンは精神の安定や睡眠、学習など多岐にわたり重要な役割を担っています。セロトニンの減少は、うつ病や不安障害などに関与することいわれています。
<文献情報>
論文タイトル
Autism Spectrum Disorder-like Behaviors induced by Hyper-glutamatergic NMDA Receptor Signaling through Hypo-Serotonergic 5-HT1A Receptor Signaling in the Prefrontal Cortex in Mice Exposed to Prenatal Valproic acid
著 者
倉橋仁美1、國澤和生1,2、田中謙二3、窪田悠力1,2、長谷川眞也1、宮地麻衣4、守屋友加4、
長谷川洋一4、永井拓2、齋藤邦明5,6,7、鍋島俊隆2,6,7、毛利彰宏1,2,7
所 属
1 藤田医科大学 医療科学部 レギュラトリーサイエンス分野
2 藤田医科大学 精神・神経病態解明センター
3 慶應義塾大学 医学部 先端医科学研究所
4 名城大学 薬学部 薬学科
5 藤田医科大学 医療科学部 先進診断システム開発分野
6 藤田医科大学 医療科学部 健康医学創造共同研究部門
7 NPO医薬品適正使用推進機構
掲載誌
Neuropsychopharmacology
掲載日
2024年10月11日(オンライン版)
DOI
10.1038/s41386-024-02004-z