食道がん患者における術前吸気筋トレーニングの効果を検証 横隔膜機能を改善し、術後呼吸器合併症予防に寄与する可能性を示唆



近畿大学病院(大阪府大阪狭山市)リハビリテーション部理学療法士 水澤裕貴、近畿大学医学部リハビリテーション医学教室臨床教授 東本有司、同外科学教室(上部消化管部門)主任教授 安田卓司を中心とする研究グループは、食道がんにおける術後呼吸器合併症を減らすための術前リハビリテーションの効果について研究しています。
近畿大学病院にて根治治療として食道摘出再建術を行う食道がん患者を対象に検証を行ったところ、術前の吸気筋トレーニングを行うことで横隔膜機能が改善し、術後の呼吸器合併症の発症率が低くなる傾向があることを明らかにしました。本研究成果は、食道がんにおける術後の呼吸器合併症予防のための術前リハビリテーション確立への貢献が期待されます。
本件に関する論文が、令和6年(2024年)9月16日(月・祝)に、国際的な外科および腫瘍学に関する研究を専門とする医学雑誌"Annals of Surgical Oncology"(アナルズ オブ サージカル オンコロジー)にオンライン掲載されました。




【本件のポイント】
●食道がんにおける、術後呼吸器合併症を予防するための吸気筋トレーニングの効果を検証
●食道摘出再建術を行う予定の食道がん患者を、吸気筋トレーニングと従来のトレーニングを行う2つの群に分けて、横隔膜の可動性と術後の呼吸器合併症の発症率を比較
●吸気筋トレーニングが従来のトレーニングより横隔膜機能を改善し、術後呼吸器合併症予防に寄与する可能性を示唆

【本件の背景】
食道がんは、飲酒や喫煙が主な原因で発症する疾患で、世界8大がん疾病とされています。令和2年(2020年)時点の国内の食道がんの患者数は約2万5千人で、男性が8割以上を占めており、40歳以上で罹患率が増加します。5年相対生存率は41.5%とされています。食道がんの初期症状として目立つ自覚症状はありませんが、進行してくると食事が胸でつかえることが多くなり、症状が重い場合は食事が取れず、過度の体重減少や低栄養状態となります。
食道がんの根治治療として、手術適応の場合には食道摘出再建術が行われますが、この手術は手術侵襲※1が大きく、呼吸筋や肺などの呼吸器にも侵襲が生じます。食道は胸の中央に位置し、肺や気管と直接接しているため、手術後2-3日目をピークに臓器の浮腫が強くなります。肺や気管が浮腫むと痰が増えますが、気管の粘膜も浮腫んでいるので痰が出しにくくなっています。そのときにしっかりと痰を喀出する力があれば肺炎にはならず、浮腫がとれて治癒に向かいますが、痰が出せないと肺の中が痰壺のようになり、肺炎を発症してしまいます。術後に肺炎などの呼吸器合併症を発症すると、食道がんの再発率が高くなり予後も悪くなるため、食道がんにおいては術後呼吸器合併症を予防する取り組みが重要となっています。従来、胸腹部手術における術後呼吸器合併症予防としてインセンティブスパイロメトリー※2という息を吸うときに抵抗がかからずに深呼吸を行うトレーニングの機器を用いていましたが、近年欧米では息を吸うときに抵抗をかけて、かつその抵抗の値を調整できる機器を用いた吸気筋トレーニングが用いられるようになっています。しかし、食道がんのような胸腹部手術の前に行う吸気筋トレーニングの効果検証として吸気筋の定量評価を行った研究はなく、吸気筋機能に対する効果は明らかにされていませんでした。

【本件の内容】
研究グループは、近畿大学病院において食道摘出再建術を行う予定の食道がん患者を、吸気筋トレーニングを行う群と、従来の深呼吸のトレーニング機器を用いる群の2つに無作為に分け、横隔膜の可動性と術後の呼吸器合併症の発症率を比較しました。横隔膜の可動性の評価には、超音波画像診断装置を使用して横隔膜移動距離を評価しました。その結果、従来の深呼吸のトレーニング機器を用いた群に対して、吸気筋トレーニングを行った群では横隔膜の可動性が向上し、術後の呼吸器合併症の発症率が低くなる傾向があることがわかりました。今後、吸気筋トレーニングの実用化に向けて、さらなる研究を行う予定です。

【論文概要】
掲載誌:Annals of surgical oncology(インパクトファクター:3.4@2023)
論文名:Inspiratory muscle training before esophagectomy increases
    diaphragmatic excursion: A randomized controlled trial
    (食道癌患者における術前吸気筋トレーニングの
     横隔膜可動性に対する効果について:無作為化比較試験)
著者 :水澤裕貴1,2*、東本有司3、白石治4、白石匡1、杉谷竜司1、野口雅矢1、
    藤田修平1、木村保1、石川朗2、安田卓司4 *責任著者
所属 :1 近畿大学病院リハビリテーション部、2 神戸大学大学院保健学研究科、
    3 近畿大学医学部リハビリテーション医学教室、
    4 近畿大学医学部外科学教室(上部消化管部門)
URL  :https://doi.org/10.1245/s10434-024-16180-1
DOI  :10.1245/s10434-024-16180-1

【研究の詳細】
研究グループは先行研究において、主要な呼吸筋である横隔膜や呼吸補助筋である胸鎖乳突筋などの動態について、超音波画像診断装置を用いて評価し、慢性閉塞性肺疾患(COPD)患者の呼吸筋動態について明らかにしてきました。本研究では、これらの知見を活用し、食道がん患者における術前吸気筋トレーニングの効果判定を目的として、超音波画像診断装置による横隔膜の可動性の評価を行いました。加えて、無作為化比較試験※3で吸気抵抗が非常に小さいインセンティブスパイロメトリーを用いたトレーニングと、吸気抵抗を負荷できる吸気筋トレーニングについて、術後呼吸器合併症予防に対する優位性を比較しました。
研究グループは、近畿大学病院にて術前補助療法後に食道切除再建術を行う予定の胸腹部食道がん患者を対象として、インセンティブスパイロメトリー群と吸気筋トレーニング群の無作為化比較試験を実施しました。いずれの群も手術前の約7週間程度の期間に呼吸トレーニングを行い、主な測定項目である呼吸筋力(最大吸気筋力)、超音波画像診断装置により測定した横隔膜移動距離、術後呼吸器合併症(肺炎、無気肺、喀痰障害におけるClavien-Dindo分類※4 GradeⅡ以上)の解析を行いました。
その結果、インセンティブスパイロメトリー群よりも吸気筋トレーニング群の横隔膜移動距離が増加し(インセンティブスパイロメトリー群:-2.3mm、吸気筋トレーニング群:+10.3mm)、術後呼吸器合併症発症率が低い傾向(インセンティブスパイロメトリー群:20.0%、吸気筋トレーニング群:5.3%)があることが明らかとなりました。本研究によって、吸気抵抗が非常に小さく負荷を調整できないインセンティブスパイロメトリーよりも、吸気抵抗を負荷し定量的に調整できる吸気筋トレーニング機器を用いる方が、横隔膜可動性を増幅させ、術後呼吸器合併症予防に寄与する可能性が示唆されました。吸気筋トレーニングにおける吸気負荷の調整には専門の機器や知識が必要であることが課題として挙げられるため、実用化に向けて今後さらなる研究を行う予定です。

【用語解説】
※1 手術侵襲:手術操作における身体的な侵襲(負荷)。胸腹部手術であれば、肋間筋や横隔膜に手術による侵襲が生じる。
※2 インセンティブスパイロメトリー:視覚的なフィードバックを用いて、深呼吸の練習を行う機器。
※3 無作為化比較試験:研究対象者をランダムに異なるグループに割り当て、基礎的な特性(年齢、性別、健康状態など)を各グループに均等に分配することで、研究結果に対する偏りを最小限に抑える手法。一方のグループには研究対象となる新しい治療法や薬剤などを提供し、もう一方には標準的な治療法やプラセボ(偽薬)などを提供することで、新しい治療法や薬剤などが実際に効果があるかどうかを比較する。
※4 Clavien-Dindo分類:外科手術やその他の医療介入後の合併症の重症度を評価するために標準化された規準。この分類法は、手術や治療に関連する合併症の管理と報告を簡素化し、一貫性を持たせるために使用される。

【関連リンク】
医学部 医学科 臨床教授 東本有司(ヒガシモトユウジ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/673-higashimoto-yuuji.html
医学部 医学科 教授 安田卓司(ヤスダタクシ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/763-yasuda-takushi.html
医学部 医学科 准教授 白石治(シライシオサム)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/1571-shiraishi-osamu.html

医学部
https://www.kindai.ac.jp/medicine/
大学病院
https://www.med.kindai.ac.jp/


▼本件に関する問い合わせ先
広報室
住所:〒577-8502 大阪府東大阪市小若江3-4-1
TEL:06‐4307‐3007
FAX:06‐6727‐5288
メール:koho@kindai.ac.jp


【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/

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