【発表のポイント】
● 液晶混合展開法と呼ばれる独自手法を用いることで、分子一層の厚みからなる有機半導体高分子のネットワーク構造を作製することに成功しました。
● 作製した有機半導体高分子ネットワークは、マテリアルリザバー素子に求められる三つの特性(非線形性・高次性・短期記憶)を示し、それらが二次元のネットワーク構造によって発現することを明らかにしました。
● 本研究は、用途に応じて自在に構造制御しうるニューロモルフィックマテリアルの新たな設計指針となり、マテリアルリザバー素子の高性能化する技術として期待できます。
【研究の概要】
立教大学理学部の永野 修作教授、石﨑 裕也助教、原 直希大学院生、松田 大海大学院生と山形大学理学部の松井 淳教授、名古屋大学未来社会創造機構の関 隆広特任教授らの研究グループは、水面を利用した独自技術である液晶混合展開法※1を用いることで、脳に見られる神経ネットワーク構造を模倣した導電性高分子の単分子膜ネットワークの作製とそのナノ構造(膜密度・積層構造・分子配向など)の制御に成功しました(図1)。このようにして作製した単分子膜ネットワークは、近年、脳型コンピューティングデバイス※2として注目を集めているマテリアルリザバー※3素子に必要な特性(非線形性・高次性・短期記憶など)を示し、その特性が二次元に広がったネットワーク状の伝導経路に由来することを初めて明らかにしました。本手法は、一般的に広く知られる様々な有機半導体高分子に適用することができる汎用的な手法であり、従来の構造制御がなされていないランダムなナノ構造を有する神経模倣材料 (ニューロモルフィックマテリアル)とは異なり、用途に応じて自在に構造制御しうるニューロモルフィックマテリアルの新たな設計指針となることが期待されます。本研究成果は、Wiley誌のAdvanced Electronic Materialsに掲載されました。
(添付:図1 液晶混合展開法のイメージ図. 通常は水面で凝集してしまうような有機半導体高分子であっても、両親媒性の低分子液晶とともに水面に展開することで、単分子膜を形成することができる。また、表面圧や積層数などを調整することで、膜密度や分子配向、幾何次元なども制御することができる。)
【研究の背景と発表内容】
近年、人工知能 (AI)技術の発展に伴い、Chat GPTに代表される生成AIや気象予測など、さまざまなサービスが急速に発展しています。一方、現在のAI技術はソフトウェアベースにより実現されており、莫大な計算コストや消費エネルギーの増加などが問題となっています。このような背景の中、低消費電力かつ高速な学習・演算技術が急務となり、生体の脳が行っている演算を模倣したリザバーコンピューティング※4が近年注目を集めています。なかでも、リザバー部位を物理的ハードウェアで実装し、材料そのものに演算を行わせるマテリアルリザバーは、素子構造が比較的単純であることや、低消費エネルギーでの高速な学習・演算が期待されることから特に近年高い関心を集めています。これまでに金属ナノ粒子や有機半導体材料、強誘電性材料など、さまざまな材料系においてマテリアルリザバー素子が報告されており、脳内の神経ネットワーク構造を模倣したネットワーク状の情報伝達経路や非線形の電気特性(高次性や短期記憶など)が重要であることが示唆されてきました。しかしながら、これまでに報告されてきたマテリアルリザバー素子は、ランダムなネットワーク構造が用いられており、その構造と素子特性との相関はいまだ不明瞭であるという課題がありました。
これまでに発表者らの研究グループは、水面を利用した独自技術である液晶混合展開法を用いることで、有機半導体高分子からなる単分子膜の形成やそのナノ構造(配向や膜厚など)を自在に制御できることを報告してきました。本研究では、この液晶混合展開法を応用することで、脳の神経ネットワーク構造を模倣した有機半導体高分子の単分子膜ネットワークの作製を試み、そのネットワーク構造と電気特性との相関を詳細に検討しました。高分子材料には、一般的な有機半導体高分子材料として知られるP3HTを用い、さらに導電性を付与するために代表的な低分子ドーパント※5であるF4TCNQを用いました(図1)。その結果、液晶混合展開法を用いることで、有機半導体高分子からなる単分子膜ネットワーク構造の作製に成功し、その二次元膜密度やドープ割合、膜厚、分子配向といったナノ構造を精密に制御することに成功しました。さらに、そのナノ構造と電気特性との相関を系統的に調査した結果、二次元的に広がったネットワーク構造を示す単分子膜においてのみ非線形の電気伝導特性が見られ、二次元に制限されているネットワーク型の伝導経路が非線形の電気特性を発現するための重要な因子であることを初めて明らかにしました (図2)。このようにして調製した導電性高分子の単分子膜ネットワークは、非線形性や高次性、短期記憶といったマテリアルリザバー素子に必要とされる三つの特性を示すことも明らかとなりました。
(添付:図2 有機半導体高分子単分子膜の原子間力顕微鏡像(左)と対応する電流-電圧特性のイメージ図(右)。均一に敷き詰められた単分子膜では線型の電流-電圧特性を示すが(青)、二次元のネットワーク構造とすることで非線形特性が現れる(赤)。)
【今後の展望】
本研究で用いた手法は、一般的に広く知られる様々な有機半導体高分子に適用することができる汎用的な手法であり、高分子材料ベースのニューロモルフィックマテリアル開発へ向けた強力な手法になることが期待されます。また、本研究は従来の構造制御がなされていないランダムなナノ構造を有するニューロモルフィックマテリアルとは異なり、用途に応じて自在に構造制御しうるニューロモルフィックマテリアルの新たな設計指針となり、本分野の研究を加速させることが期待されます。
【謝辞】
本研究を進めるにあたり、大阪大学大学院理学研究科 松本 卓也 先生、早稲田大学先進理工学部 長谷川 剛先生には電気計測において有益なディスカッションを頂きました。また、X線散乱測定においては、信州大学 是津 信行 先生、八名 拓実氏にご協力いただきました。この場を借りて御礼申し上げます。
本研究は、JST CREST (課題番号: JPMJCR21B5)、JSPS 研究拠点形成事業 (課題番号: JPJSCCA20220006)、JSPS 科研費(若手研究) (課題番号: JP22K14731)、公益財団法人 双葉電子記念財団、一般財団法人イオン工学振興財団ならびに公益財団法人 小笠原敏晶記念財団の支援を受けて行われました。
【論文情報】
・論文タイトル: Formation of Conjugated Polymer Monolayer Networks on Water Surface and Nonlinear Charge Transport
・著者名: Y. Betchaku-Ishizaki*, N. Hara, T. Matsuda, J. Matsui, T. Seki, S. Nagano*
・雑誌名: Advanced Electronic Materials
DOI: 10.1002/aelm.202400427
掲載サイトURL:
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/aelm.202400427
【用語解説】
※1 液晶混合展開法
発表者らの研究グループが開発した手法で、通常は水面で凝集するような疎水性の高分子材料群に対して単分子膜形成を可能とする手法。5CB (図1)のような両親媒性の低分子液晶とともに水面に展開することで、5CBが気水界面に疎水性の場を提供し、水面において二次元的に広がった疎水性高分子の単分子膜の形成を可能とする。
※2 脳型コンピューティングデバイス
人間の脳神経系のように高速かつエネルギー効率に優れた情報処理システムを構造的あるいは機能的に模倣した神経模倣(ニューロモルフィック)システムにおいて、深層学習などのように従来はソフトウェアベースで行われてきた情報処理の一部をハードウェアで置き換えたデバイス。
※3 マテリアルリザバー
リザバーコンピューティング※4において、リザバー部を様々な材料系に置き換えたもので、材料そのものに演算を行わせるデバイス。
※4 リザバーコンピューティング
入力層、リザバー層、出力層から構成されており、リザバー部と出力部の間の結合重みだけを学習させるため、計算コストが小さく高速な学習・演算が可能であり、特に、画像パターン認識や音声認識など時系列データを取り扱うのに適している。
※5 ドーパント
ここでは、有機半導体高分子との酸化還元反応(電子移動)により、高分子主鎖の電気伝導性を担う電子やホールを注入する材料。
【研究に関する問い合わせ先】
立教大学 理学部 化学科
教授 永野 修作 (ながの しゅうさく)
E-mail: snagano@rikkyo.ac.jp
山形大学学術研究院(理学部担当)
教授 松井 淳(まつい じゅん)
E-mail: jun_m@sci.kj.yamagata-u.ac.jp
▼本件に関する問い合わせ先
立教大学総長室広報課
メール:koho@rikkyo.ac.jp
【リリース発信元】 大学プレスセンター
https://www.u-presscenter.jp/