肝臓の線維化マクロファージが作られる機序を解明~代謝障害関連脂肪肝炎の新規治療法の開発に期待~



■ 転写因子Egr2が単球から線維化マクロファージへの分化を促進し、肝線維化を悪化させることを発見しました。
■ 植物性油脂に豊富な不飽和脂肪酸のひとつであるオレイン酸が、Egr2発現を抑制して、線維化マクロファージを減少させることを見出しました。
■ 線維化マクロファージの産生を抑えることで、代謝障害関連脂肪肝炎を治療できる可能性があります。




概要
東京薬科大学生命科学部 免疫制御学研究室 岩田彩花 (大学院博士課程3年)、浅野謙一准教授 (現 横浜市立大学教授)、田中正人教授らは、代謝障害関連脂肪肝炎 (MASH)誘導時に、肝臓に浸潤する単球から線維化マクロファージへの分化にEgr2が重要な役割を担い、肝線維化の増悪に関与することを明らかにしました。さらに、MASHの肝臓に蓄積した長鎖飽和脂肪酸 (主として動物性脂肪)が、単球やマクロファージにおけるEgr2発現を亢進し、線維化マクロファージへの分化を誘導することを明らかにしました。一方で、不飽和脂肪酸 (植物性油に豊富)の一種であるオレイン酸の経口投与が、線維化マクロファージを減少させる効果があることを見出しました。この研究によって、線維化マクロファージの産生機序の一端が明らかになり、Egr2や線維化マクロファージを標的としたMASHの新規治療法開発への道が開かれました。以上の研究成果は2024年6月3日に『Communications Biology』に掲載されました。
本研究は、科研費、AMED-CRESTならびに小野医学研究財団の支援により行われたものです。


研究の背景
代謝障害関連脂肪肝炎 (MASH)は、脂肪の蓄積とそれに伴う慢性的な炎症を背景に、徐々に線維化が進む肝疾患のひとつです。肝線維化が進展すると、肝硬変や肝がんの罹患するリスクが高まるため、線維化の抑制や、形成された線維を溶かす方法の開発が急がれています。白血球の一種である単球は、炎症に伴って肝臓に浸潤し、単球由来マクロファージへと分化します。このマクロファージは瘢痕関連マクロファージ (SAM)や肝脂質関連マクロファージ (hLAM)と呼ばれ、線維の近傍に局在するという状況証拠のみを理由に、線維化を促進する責任細胞だと考えられています。しかし、肝臓内で線維化マクロファージが作られる仕組みや、MASHの病態形成における正確な役割は分かっていませんでした。岩田らの研究グループは、単球からマクロファージへの分化をコントロールする転写因子と環境因子を探索し、MASHの病態形成における単球由来マクロファージの役割の解明を試みました。


研究内容と成果
MASHモデルにおける線維化マクロファージの分化に関わる転写因子を同定するために、MASHを誘導した肝臓マクロファージで強発現する遺伝子を選び出しました。そのような遺伝子の中でも、肝臓に浸潤後の単球とマクロファージにおいて、最も強発現する転写因子Egr2に着目しました (図1A)。単球やマクロファージ選択的にEgr2を欠損したマウスを作製し、このマウスのMASH誘導後の肝線維化レベルを評価したところ、Egr2欠損マウスでは、肝臓組織におけるコラーゲン量や、線維化関連遺伝子 (Timp1とCol1a1) 発現レベルが顕著に減少し、肝線維症が改善することが分かりました (図1B)。この結果は、単球やマクロファージでのEgr2発現が、MASHにおける線維化の病態増悪に重要な役割を果たしていることを示します。





次にEgr2欠損マウスにおいて肝線維化が改善した理由を明らかにするため、MASH誘導時の肝臓の単球やマクロファージの構成や性質を評価しました。その結果、Egr2欠損マウスでは、肝臓免疫細胞における単球やマクロファージの割合は野生型と同程度でしたが、線維化マクロファージ (SAMやhLAM)のマーカー遺伝子 (Spp1やCd9など)発現が著明に減弱していることがわかりました。一方、Egr2欠損マウスで発現が亢進した遺伝子群には、肝常在マクロファージ(クッパー細胞とも呼ばれる)のマーカー遺伝子 (Clec4fやIl18bpなど)が含まれていました。以上より、Egr2は、MASH誘導時の肝臓に浸潤した単球から線維化マクロファージへの分化に関与している可能性を考えました。



この仮説を検証するため、野生型マウスとEgr2欠損マウスにおける、単球からマクロファージへの分化経路の変化を一細胞RNAシークエンス解析で調べました (図2)。野生型マウスでは、単球がSpp1やCd9を高発現する線維化マクロファージへ分化するのに対し、Egr2欠損マウスでは、線維化マクロファージへの分化が阻害され、線維化マクロファージともクッパー細胞とも異なるマクロファージ集団へ分化することがわかりました。この亜集団はクッパー細胞と異なり単球から分化しますが、その性質がクッパー細胞と類似することから単球由来クッパー細胞と呼ばれています。以上の結果は、Egr2が、肝臓に浸潤した単球から線維化マクロファージへの分化に重要な役割を担うことを示します。



ここまでの研究で、肝臓単球で発現が亢進するEgr2が、線維化マクロファージへの分化を促進することが分かりました。次に、単球におけるEgr2発現誘導機構の解明を試みました。私たちは、ヒトのMASHの肝臓で増加する脂質の1つである、パルミチン酸に着目しました。パルミチン酸は、ラードやバターなどの動物性油脂に豊富に含まれている長鎖飽和脂肪酸です。骨髄由来マクロファージに、パルミチン酸を添加して6時間培養すると、Egr2発現レベルが4倍以上に亢進しました。興味深いことに、植物性油に豊富な不飽和脂肪酸を添加すると、パルミチン酸によって増加したEgr2発現が抑制できることを突き止めました (図3A)。私たちは、不飽和脂肪酸をマウスに投与することで、線維化マクロファージへの分化を生体レベルで抑制できると仮説を立てました。この仮説を検証するために、MASH誘導マウスにオレイン酸を、2日に1度、経口投与しました。驚いたことに、体重60㎏程度の人間に換算すると大さじ約1杯程度のオレイン酸を、2週間投与するだけで、肝臓マクロファージに占める線維化マクロファージが著明に減少することがわかりました(図3B)。以上の結果は、長鎖飽和脂肪酸による単球でのEgr2発現抑制が、肝線維症治療に応用できることを意味します。

本研究の意義と今後の展望
我々の研究により、単球から線維化マクロファージへの分化を抑えることで、MASHに伴う肝線維症を改善できる可能性があることが分かりました。今後は、MASH患者の病態とEGR2の相関を検討するとともに、単球やマクロファージにおけるEGR2発現を抑える化合物などを探索していくことで、MASHに対する新しい治療法開発を目指します。

論文情報
<論文タイトル>
Egr2 drives the differentiation of Ly6Chi monocytes into fibrosis-promoting macrophages in metabolic dysfunction-associated steatohepatitis in mice
<著者>
Ayaka Iwata, Juri Maruyama, Shibata Natsuki, Akira Nishiyama, Tomohiko Tamura, Minoru Tanaka, Shigeyuki Shichino, Takao Seki, Toshihiko Komai, Tomohisa Okamura, Keishi Fujio, Masato Tanaka, Kenichi Asano
<掲載誌>
Communications Biology
<DOI>
10.1038/s42003-024-06357-5


用語の説明
・代謝障害関連脂肪肝炎 (Metabolic-Dysfunction Associated Steatohepatitis, MASH)
糖尿病や高脂血症など、種々の代謝障害を背景に、肝臓に余分な脂肪が蓄積し、炎症と再生を繰り返しながら、徐々に肝組織の破壊が進行する慢性肝疾患のこと。

・単球
骨髄で作られる自然免疫細胞の一種で、MASHでは炎症に伴って血流から肝臓に浸潤する。そのうち一部はさらに、肝臓内でマクロファージへと分化し、MASHの進展に関与する。

・瘢痕関連マクロファージ (Scar-associated macrophage, SAM)
単球から分化し肝臓の線維の近傍に局在する、マクロファージの亜集団のこと。血管内皮細胞や肝星細胞と相互作用して肝線維化を促進すると考えられている。

・肝脂肪関連マクロファージ (Hepatic Lipid-associated macrophage, hLAM)
SAMと同じく、肝臓に浸潤した単球から分化したマクロファージの亜集団のこと。肥満時の白色脂肪組織で増加する単球由来マクロファージ(LAM)に遺伝子発現が似ていたため、「肝臓のLAM」と言う意味で名づけられた。

・クッパー細胞 (Kupffer cell, KC)
健康なマウスの肝臓に常在する組織マクロファージの一種で、類洞に沿って局在している。SAMやhLAMとは異なり、骨髄単球ではなく、胎生期の卵黄嚢に存在するerythro-myeloid progenitors (EMPs)に由来する。自己複製によって維持され、死んだ肝細胞や毒素の除去など恒常性維持に関わる。

・一細胞RNAシークエンス解析
約2万種類の遺伝子発現レベルを、一つの細胞ごとに測定する解析技術。遺伝子発現パターンの違いをコンピューターに解析させることで、異なる細胞の類似性や特性を網羅的に理解することができる。

・転写因子
DNAに結合して、遺伝子の転写を調節するタンパク質のこと。細胞に特徴的な遺伝子発現を制御することで、細胞の性質や分化の方向性の決定に密接に関与する。

・長鎖飽和脂肪酸
炭素数12以上で、かつ炭素間に二重結合を持たない脂肪酸のこと。主に乳製品や肉製品など動物に由来する脂質に豊富に含まれている。

・長鎖不飽和脂肪酸
炭素数が12以上で、かつ炭素間に二重結合をひとつ以上もつ脂肪酸のこと。主に植物由来の油や、魚製品に豊富に含まれている。



研究支援
本研究は、AMED-CREST 「生体組織の適応・修復機構の時空間的解析による生命現象の理解と医療技術シーズの創出」研究開発領域における研究開発課題「NASHにおける肝リモデリングを制御する細胞間相互作用の解明と革新的診断・治療法創出への応用」(研究開発代表者:国立国際医療研究センター 田中稔、研究開発分担者:東京薬科大学 田中正人)、小野医学研究財団(研究代表者:東京薬科大学 浅野謙一)などの支援を受けて行われたものです。


▼本件に関する問い合わせ先
入試・広報センター
住所:東京都八王子市堀之内1432-1
TEL:042-676-4921
FAX:042-676-8961
メール:kouhouka@toyaku.ac.jp


【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/

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組織名
東京薬科大学
ホームページ
https://www.toyaku.ac.jp/
代表者
三巻 祥浩
資本金
0 万円
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