立教大学(東京都豊島区、総長:西原廉太)大学院理学研究科化学専攻の有馬 大地 氏(博士後期課程1年次、学術振興会特別研究員DC1)と三井 正明 同研究科教授、静岡大学大学院理学研究科の小林 健二 教授らを主とした研究グループは、吸収した光エネルギーを保持する役割を担う有機配位子(三重項媒介配位子)でAu2Cu6(S-Adm)6構造体を修飾した金属クラスターの増感剤Au2Cu6(S-Adm)6[P(DPA)3]2を開発し、地表での標準的な太陽光照度で効率20%を超える赤色光から青色光への光エネルギー変換(フォトンアップコンバージョン)を実現しました。
この新しい増感剤により、太陽光や室内照明などの比較的弱い強度の光でも、低エネルギーの光子をそれよりも高エネルギーの光子へと高効率に変換することが可能となりました。今後、太陽光をはじめとする光エネルギーの有効利用に貢献することが期待されます。本研究成果は、アメリカ化学会の最高峰のジャーナルであるJournal of the American Chemical Societyに掲載され、掲載号のSupplementary Journal Coverにも選定されました。
(添付:Au2Cu6(S-Adm)6[P(DPA)3]2)
【研究の背景】
三重項−三重項消滅(TTA)に基づくフォトンアップコンバージョン(TTA-UC; Triplet-Triplet Annihilation Photon Upconversion)は、長波長の光を短波長の光に変換する手法であり、多岐にわたる用途への応用が期待される光エネルギー変換技術として注目されています。TTA-UCでは、増感剤(S)と発光体(E)を組み合わせた系が利用され、図1に示すように、増感剤は入射光を吸収し、そのエネルギーを発光体へと受け渡します。この励起エネルギーの受け渡し過程は三重項エネルギー移動(TET)とよばれ、この効率が高いほど発光体の励起三重項状態(3E*)が多く生成され、TTAが促進されます。その結果、発光体の励起一重項状態(1E*)が多数生成され、入射光(hva)よりも短波長(高エネルギー)のUC発光(hvUC)が得られます(hva < hvUC)。
(添付:図1: Au2Cu6(S-Adm)6構造体をP(DPA)3三重項媒介配位子で修飾したAu2Cu6(S-Adm)6[P(DPA)3]2クラスター増感剤によるフォトンアップコンバージョンの概念図。Au2Cu6コアが入射光(hva)を吸収し、その光エネルギーを三重項媒介配位子に高速に移動させ、長寿命に保持することに成功。さらにそのエネルギーを発光体に受け渡すことにより、青色光(hvUC)への変換を達成)
このようにTTA-UC機構は、発光体2分子間のTTAに基づく2光子過程であるため、最大のUC効率(ΦUC)は50%です。高効率化の鍵となるのは、増感剤における三重項生成量子収率(ΦT)、増感剤と発光体との間のTET量子収率(ΦTET)、発光体のTTA量子収率(ΦTTA)の向上です。本研究では、100%のΦTとΦTETを達成するため、図1に示すAu2Cu6(S-Adm)6[P(DPA)3]2(S-Adm = 1-adamanthanethiolate; DPA = 9,10-diphenylanthracene)を新たな増感剤として開発しました。
(添付:図2: Au2Cu6(S-Adm)6(PPh3)2増感剤あるいはAu2Cu6(S-Adm)6[P(DPA)3]2増感剤とDPA発光体を組み合わせた際の赤色光-青色光アップコンバージョン特性の比較)
TET過程の速度定数は、配位子による金属コア(M)の励起三重項状態の遮蔽の程度に強く依存します[1]。トリフェニルホスフィン(PPh3)と嵩高い1-アダマンタンチオラート(S-Adm)で保護されたAu2Cu6(S-Adm)6(PPh3)2(図2左)では、これらの配位子によるAu2Cu6コア部位の立体的・電子的保護によって高い安定性を示しますが、そのために分子間過程であるTETが強く抑制されるという問題がありました。
この課題を解決するために、三重項媒介配位子(TL)としてホスフィン誘導体P(DPA)3(DPA = 9,10- diphenylanthracene)を新たに設計・合成し、それらをPPh3配位子の代わりに導入したAu2Cu6(S- Adm)6[P(DPA)3]2を開発しました(図2右)。このクラスターでは、Au2Cu6コア(M)が赤色光(640 nm)を吸収すると、この部位とP(DPA)3部位の間に電荷移動が誘起され、この電荷分離状態 (M+-TL−)* を介してP(DPA)3部位に三重項エネルギーが高速に移動し、長寿命(150 µs)な三重項TL状態M-3TL*が100%の効率で生成することが明らかとなりました。これによりAu2Cu6(S-Adm)6[P(DPA)3]2はAu2Cu6(S-Adm)6(PPh3)2に比べて、発光体の三重項状態を増感する能力が著しく改善しました。
(添付:図3: Au2Cu6(S-Adm)6[P(DPA)3]2増感剤とDPA発光体の脱気溶液に、1 sun (0.10 Wcm-2)の疑似太陽光(540-700 nmの範囲に限定)を照射した際に観測されたUC発光の写真とUC発光スペクトル)
また、Au2Cu6(S-Adm)6[P(DPA)3]2増感剤とDPA発光体(E)を混合した脱気溶液において、赤色光(640 nm)から青色光(433 nm)へのUCでは世界最高レベルの効率となるΦUC = 20.7%(閾強度 Ith = 0.036 Wcm−2)が得られました。このUC特性はAu2Cu6(S-Adm)6(PPh3)2(ΦUC = 0.36%、Ith > 5 Wcm−2)と比べて飛躍的な向上を示しています。さらに、この系では地表での標準的な太陽光照度(1 sun)でも変換効率20%を実現できることが確認されました(図3)。このように、三重項媒介配位子P(DPA)3でAu2Cu6(S-Adm)6構造体を修飾することにより、優れた光安定性とUC効率を両立する優れた金属クラスター増感剤を開発することに成功しました。
【今後の展望】
本研究では、ホスフィン配位子を2分子配位させることができるAu2Cu6(S-Adm)6クラスター構造体に着目し、三重項媒介配位子として機能する新規ホスフィン誘導体P(DPA)3を導入することに成功しました。ホスフィン配位子で修飾することが可能な金属クラスターはこの他にも多くの種類が存在しますので、本研究は、さまざまな波長、特に近赤外域(> 700 nm)の入射光を効率的に変換する金属クラスター増感剤の開発に向けた先駆的な一歩になると考えられます。
【論文情報】
・論文タイトル: Triplet-Mediator Ligand-Protected Metal Nanocluster Sensitizers for Photon Upconversion.
・著者名: D. Arima, S. Hidaka, S. Yokomori, Y. Niihori, Y. Negishi, R. Oyaizu, T. Yoshinami, K. Kobayashi,* M. Mitsui*
・雑誌名: Journal of the American Chemical Society
DOI: 0.1021/jacs.4c03635
掲載サイトURL:
https://pubs.acs.org/doi/10.1021/jacs.4c03635
【研究プロジェクトについて】
本研究は、以下の支援を受けて行われました。
・JSPS科研費(20K05653 基盤研究(C)、24K01614 基盤研究(B)、特別研究員奨励費 24KJ2066)
・自然科学研究機構 岡崎共通研究施設 計算科学研究センター project : 23-IMS-C221
【リリース発信元】 大学プレスセンター
https://www.u-presscenter.jp/