今後の展開
本研究では、架橋を施したタンパク質結晶の定量的な力学特性の評価と、その変形機構の解明に成功しました。固体材料の延性という性質は、金属材料や高分子材料のように、その固体を求める形へ変形させたり、加工させたりできる能力があることを示しています。生体分子から成る架橋タンパク質結晶の力学特性の解明を足掛かりに、脆性や延性などの材料特性の新たな知見の提供だけでなく、新たな素材としてのタンパク質結晶の応用が期待されます。
研究費
X線トポグラフィ測定は、KEKのフォトンファクトリーBL-14B、BL-20B(Proposal Nos. 2021G022、2023G030)にて行われました。本研究の一部は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業さきがけ(JPMJPR1995)、JSPS科研費(19K23579、21K04654、 23H01305)の支援を受けて実施されました。
論文情報
タイトル:Cross-linking controls the mechanical properties of protein crystals
著者:Daiki Takaku, Ryo Suzuki, Kenichi Kojima, Masaru Tachibana
掲載雑誌:Physical Review Materials
DOI:https://doi.org/10.1103/PhysRevMaterials.8.L052601
用語説明
*1 タンパク質結晶:タンパク質分子が規則正しく配列した結晶。目的のタンパク質を結晶化させ、X線回折測定とその解析からタンパク質分子の3次元構造を知ることができる。
*2 応力ひずみ曲線:引張や圧縮試験時の試料の変形に必要な荷重を試料の断面積で除した値を応力、試料の変位を元の長さで除した値をひずみという。これらの関係を示したものが応力ひずみ曲線である。応力ひずみ曲線の横軸は材料の伸びや縮みを、縦軸は強度を示す。
*3 上下降伏点現象:高品質な結晶(SiやGeなど)にて観察される現象。応力を加えていくと結晶内にほとんど転位が存在しない状態から、ある点で急激に転位が動きだすことで応力に極大が現れる。上降伏応力は溜まった転位が一気に動く応力値で、下降伏応力は転位を動かして塑性変形を進行するのに必要な応力値を表している。
*4 塑性変形:弾性変形の限界である弾性限界を超えた後、永久ひずみを生じ、外力を除いても元に戻らない変形。塑性変形可能な性質は展延性と呼ばれ、厳密には延性は引張力によって引き延ばすことができる性質のことをいう。
*5 ヤング率:材料の変形のしにくさを表す物性値。応力ひずみ曲線の初めの線形領域の傾き(応力/ひずみ)で求められる。一般に値が大きいほど、材料が硬いことを示す。
*6 放射光:電子を光とほぼ等しい速度まで加速させ、電磁石を用いて進行方向を曲げたときに発生する高指向性の強力な電磁波のこと。X線の波長域を含んでおり、実験では単色化したX線を使用している。
*7 フォトンファクトリー(PF):「光の工場」(Photon Factory)という意味の名で知られる、大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構(KEK)のつくばキャンパスにある放射光施設。1982年に運転を開始し、X線領域では日本で最初の放射光専用加速器である。数度の改造を経て放射光の高輝度化を図ってきた。国内外の大学等から年間3,000人を超える研究者に利用されている。
*8 X線トポグラフィ:回折X線の強度の変化を用いて、結晶内に存在する転位などの結晶欠陥を非破壊で可視化する手法。
*9 転位:結晶中には格子欠陥と呼ばれる規則性が乱れた配列が存在する。中でも、線状の格子欠陥を転位と呼ぶ。結晶に応力が加わることで転位が運動し、塑性変形が生じる。
*10 すべり変形:結晶が応力を受けると転位の運動によって結晶面がある方向にずれることで塑性変形する変形機構。そのときの面はすべり面、方向はすべり方向と呼ばれ、それらを合わせてすべり系と呼ぶ。