金属元素を使わないカーボン系材料のみの電子回路を開発 ―― 有機半導体技術により電子ゴミ問題解消に貢献 ――

発表のポイント:
  • 金属元素不使用(メタルフリー)でありながら、室温大気下で安定に動作する、カーボン系材料のみで構成された相補型アナログ・デジタル回路を開発しました。
  • 高いキャリア移動度を持つp型およびn型有機半導体の薄膜単結晶、それらに適した電極特性と回路パターニング可能なプロセス性を併せ持つ導電性カーボン、そして優れたプロセス耐性と絶縁性を有する高分子材料の組み合わせにより、有機トランジスタから成る本回路の作製に成功しました。
  • 成果を電子タグやセンサデバイス等の電子デバイスへ展開することで、従来の電子ゴミ(e-waste)に関連する様々な問題の解消への貢献が期待できます。
カーボン系材料のみで構成された相補型アナログ・デジタル回路のイメージ図
将来はディスポーザブルエレクトロニクスへの展開を見込む。


発表内容
 国立大学法人東京大学(以下「東京大学」)大学院新領域創成科学研究科の渡辺 和誉 特任助教、渡邉 峻一郎 准教授、竹谷 純一 教授と、日本電信電話株式会社(以下「NTT」)の研究チームは、パイクリスタル株式会社、国立大学法人東京工業大学とともに、金属元素を全く含まない、全てがカーボン系の材料から成る相補型(注1)集積回路を開発しました。この集積回路で構成されたアナログ・デジタル回路(注2)は室温大気下で安定に動作し、4-bit信号の出力デバイスとして動作させることに成功しました。
 近年の情報化社会の発展に伴い、使用済みの電子デバイスなどに起因する電子ゴミ(e-waste、注3)の増加が世界的な問題になっています。これらの電子ゴミには、重金属(鉛、水銀、カドミウムなど)や臭化物難燃材といった有害物質を含むものが多い上に、金や銀やプラチナなどの希少元素も含まれており、有効な処理・リサイクルが必要です。しかしながら、電子デバイスの需要はますます高まっており、電子ゴミに対するより根本的な対策が求められています。
 研究グループは、上記の問題の解決策としてディスポーザブルエレクトロニクス(注4)に着目しており、電子デバイスがリサイクルされずに自然環境下に廃棄された場合のために、2022年に有害物質を含まない電池と電子回路についての報告を行いました。今回は、更に検討を進め、限りある希少資源を使わないという考えにも着目し、金属元素を含まず、カーボン系材料のみで構成した電子回路を開発しました。本報告では、東京大学がカーボン系材料のみで構成した有機トランジスタやその相補型集積回路の作製技術を確立し、実働回路の製作にはNTTが有機トランジスタ向けに開発したプロセス依存性の少ない通信用回路構成技術を適用しました。
 従来から東京大学が取り組んでいたC9-DNBDT[1]とPhC2-BQQDI[2]は、印刷技術を応用して成膜可能かつ高いキャリア移動度(注5)を有する高性能なp型およびn型の有機半導体(注6)材料です。しかしながら、一般的な有機トランジスタ(注7)は、電極や絶縁層に金、銀、プラチナなどの貴金属や酸化アルミニウム、酸化ハフニウムなどの金属酸化物を使用する事が多く、依然として金属元素が含まれておりました。
 今回、研究グループは、有機トランジスタを駆動できるカーボン電極とそのパターニングプロセスを新たに開発し、ポリイミドフィルム基板とパリレン絶縁層という高分子材料と組み合わせることで、基板、絶縁層、半導体、電極、配線の全てがカーボン系材料から成る有機トランジスタ、およびその相補型回路の作製に成功しました(図1)。

図1. 全カーボン製の相補型インバータ回路

a) 回路の偏光顕微鏡写真。青で示した箇所がp型有機半導体、緑がn型有機半導体。
b) 回路図と真理値表。
c) 異なる電源電圧(5~30 V)における電圧トランスファーカーブとシグナルゲイン。入力電圧Vinを増加させると、出力電圧Voutが Vin = Voutとなる点を境に減少に転じる。

 元素分析とICP-MS(Inductively Coupled Plasma-Mass Spectrometry、注8)を用いた網羅的かつ高感度な組成分析を詳細に行ったのは今回が初めてであり、その結果、電子回路中の金属元素の全量が僅か50 ppm(0.005 %)未満であることを確認しました。この値は土壌中の様々な金属元素の含有量と比較しても著しく低い値です。さらに、通信用回路の実現に向け、アナログ・デジタル集積回路を作製しました。具体的には、自己発振回路であるリングオシレータ、もっとも基本的な論理回路の一つであるインバータ(NOT回路)、記憶素子としても用いられるDフリップフロップ、そしてパラレルデータをシーケンシャルデータに変換するマルチプレクサです。これらを相互接続して構築した64個のp型およびn型トランジスタから成るディスポーザブルな4-bit ID出力電子回路は室温大気下であっても安定に動作することを世界で初めて実証しました(図2)。


図2. 全カーボン製のアナログ・デジタル回路から構築した4-bit ID出力デバイス

a) 全体の回路図。リングオシレータ(RO)をクロックジェネレータとして用い、二つのDフリップフロップ(DFF)を同期させて2-bit カウンタとして動作させる。その出力Q1, Q2を4´1マルチプレクサの選択信号として用い、プリセットした4-bit IDをシーケンシャルに出力する。
b) 4-bit ID = 0101のときの各段の出力信号。ROの波形の立ち上がりがポジティブエッジとして機能し、2-bit カウンタが切り替わっている。それに合わせてマルチプレクサが4-bit IDをData 1 → 3 → 4 → 2 → 1…の順に繰り返し出力している。

 本研究成果により、金属を全く含まない電子デバイスのコンセプトを実証しました。今後はさらなる材料検討やトランジスタの集積度と微細化度の向上を進めます。それらにより、リサイクル不要で使い捨てできる無線通信が可能な電子タグやセンサデバイスの実現および、そのデバイスを活用した新しいサービス展開が期待されます。これは、将来的に電子ゴミに関連する様々な問題を解決するための重要なマイルストーンであり、高度に情報化された社会と持続可能な社会とを両立させるコア技術になると期待されます。
 本研究成果は、2024年1月17日付でドイツの科学雑誌 「Advanced Materials Technologies」 のオンライン速報版で公開されました。


〇参考文献:
[1] C. Mitsui, T. Okamoto, M. Yamagishi, J. Tsurumi, K. Yoshimoto, K. Nakahara, J. Soeda, Y. Hirose, H. Sato, A. Yamano, T. Uemura, J. Takeya, Adv. Mater. 2014, 26, 4546.
[2] T. Okamoto, S. Kumagai, E. Fukuzaki, H. Ishii, G. Watanabe, N. Niitsu, T. Annaka, M. Yamagishi, Y. Tani, H. Sugiura, T. Watanabe, S. Watanabe, J. Takeya, Sci. Adv. 2020, 6, eaaz0632.


〇関連情報:
世界初、貴金属・有害物質を含まない材料で構成した回路・電池で通信信号の生成に成功 ーIoTの発展に向け、低環境負荷センサ・デバイスを指向ー(2022/10/07)
https://www.k.u-tokyo.ac.jp/information/category/press/9777.html
https://group.ntt/jp/newsrelease/2022/10/07/221007a.html


発表者・研究者等情報
東京大学大学院新領域創成科学研究科 物質系専攻
渡辺 和誉(特任助教)
渡邉 峻一郎(准教授)
竹谷 純一(教授)

日本電信電話株式会社 先端集積デバイス研究所
三浦 直樹
田口 博章
小松 武志
荒武 淳

パイクリスタル株式会社
牧田 龍幸
田邉 正廣
脇本 貴裕

東京工業大学物質理工学院 応用化学系
熊谷 翔平(特任准教授)
岡本 敏宏(教授)


論文情報
雑誌名:Advanced Materials Technologies
題 名:All-Carbon-Based Complementary Integrated Circuits
著者名:Kazuyoshi Watanabe*, Naoki Miura, Hiroaki Taguchi, Takeshi Komatsu, Atsushi Aratake, Tatsuyuki Makita, Masahiro Tanabe, Takahiro Wakimoto, Shohei Kumagai, Toshihiro Okamoto, Shun Watanabe* and Jun Takeya*
DOI:10.1002/admt.202301673
URL:https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/admt.202301673 (Open Access)


研究助成
本研究成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
JSPS 科学研究費助成事業(科研費)
研究種目 基盤研究(S)
研究課題 「有機半導体二次元電子ガスの電子相制御と量子エレクトロニクス」(22H04959)
研究代表者 竹谷 純一(東京大学大学院新領域創成科学研究科 教授)
研究期間 令和4年4月~令和9年3月

戦略的創造研究推進事業(CREST)
研究領域 「未踏探索空間における革新的物質の開発」
(研究総括:北川 宏 京都大学 教授)
研究課題 「電子閉じ込め分子の二次元結晶と汎用量子デバイスの開発」(JPMJCR21O3)
研究者 竹谷 純一(東京大学大学院新領域創成科学研究科 教授)
研究期間 令和3年10月~令和7年3月


【用語解説】
(注1)相補型:
電子回路において、正孔をキャリアとするp型トランジスタと電子をキャリアとするn型トランジスタを組み合わせた構成のこと。相補型回路は低い消費電力や高速応答性、ノイズに対する高い信頼性などを特徴とし、現代では集積回路や論理回路において広く使用されている。

(注2)アナログ・デジタル回路:
アナログ回路は連続的に変化する信号の処理に適した回路であり、音や電流、電圧などの連続した信号の扱いに適している。対象的にデジタル回路は離散的な信号を処理する回路であり、一般的には0と1の2値を用いた論理回路に用いられる。どちらも電気電子工学・計算機科学の分野で重要な役割を担っている。

(注3)電子ゴミ:
使用済みであったり壊れてしまったりした電子デバイスの廃棄物のこと。含有する有害物質の処理や希少元素のリサイクルが社会的な課題となっている。

(注4)ディスポーザブルエレクトロニクス:
短期間の使用後に即廃棄されることを前提とした電子デバイスやセンサのこと。低コストかつ処分しやすい素材でできていることが求められる。あらゆるモノがインターネットにつながるIoT社会においては、この実用化が鍵となると見込まれている。

(注5)キャリア移動度:
正孔もしくは電子の電荷1個あたりの伝導率であり、半導体中における電荷の移動しやすさの指標となる。値が大きいほど伝導しやすいことを意味する。

(注6)有機半導体:
半導体的特性を示す有機化合物のこと。炭素を主成分とする。キャリア注入されていないときは絶縁体状態であり、真性半導体の一つである。

(注7)有機トランジスタ:
有機半導体を半導体層に用いたトランジスタのこと。

(注8)ICP-MS(Inductively Coupled Plasma-Mass Spectrometry):
誘導結合プラズマ質量分析法のこと。試料溶液中に含まれる金属元素の種類を、ppb(10億分の1)~ppt(1兆分の1)オーダーという非常に高感度で、網羅的に定量測定できる。

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この企業の情報

組織名
日本電信電話株式会社
ホームページ
https://group.ntt/jp/corporate/overview/
代表者
島田 明
資本金
93,800,000 万円
上場
東証プライム
所在地
〒100-8116 東京都東京都千代田区大手町一丁目5番1号大手町ファーストスクエア イーストタワー
連絡先
03-6838-5111