兵庫県立大学大学院理学研究科の高橋龍之介大学院生と和達大樹教授は、公益財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI)の大河内拓雄主幹研究員、京都大学化学研究所の菅大介准教授、島川祐一教授らと共同で、ニッケル・コバルト酸化物NiCo2O4(2と4は下付き文字、以下同)の薄膜において、レーザー照射のみでその磁気構造を変化させることに成功した。磁場を使用せず光のみで磁化を制御することは、次世代の光磁気デジタル磁気記録につながるため、基礎学理のみならずその応用観点からも注目されている。このたびの研究で、酸化物であり希土類を含まない物質において、世界で初めて全光型磁化スイッチング(AOS)の観測に成功した。多くの鉱物が酸化物として産出されるように、酸化物は化学的に非常に安定している。また、希土類のような重たい元素が含まれていないという点で、応用材料として実用的な側面を持っている。本成果は米国科学誌『ACS Applied Electronic Materials』に1月16日(現地時間)、オンライン掲載された。
【発表のポイント】
●超短パルスレーザー(注1)の照射によって、ニッケル・コバルト酸化物薄膜において、全光型磁化スイッチング(AOS)(注2)が引き起こされた。
●サンプル温度を380K以上に上げ、レーザーパルスを同じ場所に蓄積させると完全に磁化が反転する領域であるAOSリングを磁気光学カー顕微鏡(注3)によって観測した。
●実験結果は、磁化や保磁力の温度依存性に由来する磁区(注4)サイズの温度変化が、AOSリングの生成条件に関わっていることを示唆しており、新しいAOS材料開発の指針を示すものとなる。
■研究の背景
電子の自由度のうちスピンを用いるスピントロニクスは、新たな情報記録デバイスの開発にもつながるということで注目されている。特に、磁性体の磁化を磁場を使用せず光のみで反転させるAOSは、光照射した部分のみの磁化を可逆的に反転させることができるということで、次世代の光磁気記録デバイスへの応用が期待されている。
今までAOSは、希土類であるGdや重元素である白金を含む、重い元素からなる物質で観測されてきた。また、化学的に大気安定な酸化物では観測例がほとんどなかった。今回研究グループは、そのような重元素を含まないニッケル・コバルト酸化物であるNiCo2O4薄膜において、作成した磁気光学カー顕微鏡を用いて超短パルスレーザーをNiCo2O4薄膜に照射し、AOSの観測を試みた。
■研究内容と成果
研究グループは、パルス幅が200フェムト秒で波長1030ナノメートルの超短パルスレーザーと磁気光学カー顕微鏡を組み合わせて、図1に示すレーザー照射下の磁区を観測できる装置を作製し、NiCo2O4薄膜のAOS観測を行った。測定に用いたサンプルは、5mm×5mmの基板上に膜厚30ナノメートルで作製された。磁場がない状態で、パルス間隔、レーザーのパワー、パルス数などのパラメータを変えながら、300Kから400Kの温度域でサンプル薄膜に照射した。すると、図2のように380Kで1000パルス以上照射することで、AOSリングを観測できた。このように、酸化物NiCo2O4薄膜において、パルスの蓄積と温度を上昇させることで、AOSを生じさせることに成功した。
■社会的意義・今後の予定
現在、情報化社会の著しい発展によって、社会全体が抱えるデータ量は膨大の一途をたどっている。本研究によって、酸化物であり希土類を含まないNiCo2O4薄膜において、磁場を使用せずにレーザーだけで磁化スイッチングが可能であるということを発見した。この物質が酸化物であり、化学的に非常に安定しているということに加えて、希土類のような重たい元素が含まれていないという点で、応用材料として実用的な側面を持っている。
このような材料でAOSが可能であるという発見は、次世代のデジタル情報光磁気記録デバイスの開発につながる。研究グループでは、今後はより効率的に、あらゆる物質において光磁化スイッチングを行う方法を模索していきたいと考えている。
本研究は文部科学省科学研究費補助金 新学術領域(研究領域提案型)「量子液晶の物性科学」(JP19H05823, JP19H05824)、文部科学省「光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)」(JPMXS0118068681)、JSPS科研費(JP21H01810,JP19H01816,JP19H05823, JP19H05824)、および公益財団法人村田学術振興財団の科学研究助成のもとに行われた。
【用語解説】
(注1)レーザー:光を増幅してコヒーレントな光を発生させる発振器を用いて人工的に作られる光をレーザーという。強度や指向性が非常に強く、超短パルス光を作ることもできる。本研究ではPHAROSのレーザーを用いており、波長は1030ナノメートルである。
(注2)全光型磁化スイッチング(AOS):磁場を用いずに、光だけで磁化の向きを反転させる現象のこと。AOSはAll-Optical Switching の略。
(注3)磁気光学カー顕微鏡:磁性を持つ物質で光が反射すると、光の偏光が回転するという「カー効果」を用いて、磁区を観察できる顕微鏡のこと。
(注4)磁区:磁性を持つ物質中に存在する、磁石の向きが揃った領域のこと。多くの磁石は、このような領域を作ることで、物質全体のエネルギーを小さくしている。
●発表雑誌
・雑誌名:ACS Applied Electronic Materials
・論文タイトル:Optically induced magnetization switching in NiCo2O4 thin films using ultrafast lasers
・著者:Ryunosuke Takahashi, Takuo Ohkochi, Daisuke Kan, Yuichi Shimakawa, Hiroki Wadati
・DOI 番号: doi.org/10.1021/acsaelm.2c01233
▼問い合わせ先
【研究内容に関すること】
・兵庫県立大学 大学院理学研究科 教授
和達 大樹(わだち ひろき)
TEL:0791-58-0509
E-mail:wadati@sci.u-hyogo.ac.jp
・公益財団法人 高輝度光科学研究センター 主幹研究員
大河内 拓雄(おおこうち たくお)
TEL:0791-58-0831
E-mail:o-taku@spring8.or.jp
・京都大学化学研究所 准教授
菅 大介(かん だいすけ)
TEL:0774-38-3114
E-mail:dkan@scl.kyoto-u.ac.jp
【報道に関すること】
・兵庫県立大学
播磨理学キャンパス経営部総務課
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E-mail:soumu_harima@ofc.u-hyogo.ac.jp
・公益財団法人高輝度光科学研究センター
利用推進部 普及情報課
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・京都大学
総務部広報課国際広報室
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【リリース発信元】 大学プレスセンター
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