テキストマイニングを用いた情報開示動向の調査。企業全体で量・質ともに開示のレベルは上昇傾向。一方で、企業間の開示レベルの格差も拡大していることが判明
デロイト トーマツ グループ(本社:東京都千代田区、グループCEO:木村 研一)は、有価証券報告書における役員報酬に関する開示状況調査2022を実施し、その結果を発表します。本調査は、2018年度から2021年度のJPX400構成銘柄企業について、テキストマイニングを用いて「①役員報酬に関する情報開示量のマクロ動向」を分析しました。さらに、2021年度のTOPIX100構成銘柄企業について、個別企業の開示内容を精査し、「②開示の質的な充実度の最新状況」を調査しました。
調査結果は以下の通りです。
【① 役員報酬に関する情報開示量のマクロ動向】
■ 役員報酬に関する情報開示量の全体推移
2018年から2021年にかけて、有価証券報告書内の役員報酬に関する情報開示量(文字数ベース)は平均値で81%増加した(平均2,482⇒4493文字)。役員報酬の内容や決定プロセスについて10,000字を超えて詳述する企業も増え、当該領域における情報開示量は大きく増加した。一方で、企業間での情報開示量のバラつきは拡大し、開示量の格差が広がった。
■ 業種による情報開示量の変化の違い
業種別に役員報酬の情報開示量の変化を分析した結果、全業種で開示量が増加しているものの、その程度は業種ごとに異なっている。例えば運輸・物流業は2018年時点で役員報酬に関する記載の平均は1,627字程度で17業種中16位に留まっていたが、この4年間で開示量の平均値は206%増加し、2022年時点の全体平均を上回っている。一方で小売業においては同期間の平均値の伸びは88%に留まり、全体平均には及んでいない。
加えて、同一の業種に属する企業間でも次第に開示量の差が開いており、情報開示レベルの企業間格差が随所に見受けられる。特に商社・卸売、電機・精密機械といった業種でこの傾向が強く、専門商社と総合商社、総合電機メーカーと部品メーカーのように、業種内に企業規模や経営の在り方が異なる企業が含まれることが関係すると考えられる。
■ 役員報酬の情報開示におけるキーワードの傾向
有価証券報告書の役員報酬に関する記載内容を、テキストマイニング手法を用いて解析し、2018年度および2021年度においてどのようなトピックが挙げられているかを可視化した。2018年度時点は、「攻めの経営」を促す役員報酬を後押しする政策が進められていた時期であり、「業績連動報酬」「株式報酬」といった②業績と支給額の連動性を示すキーワードが目に付く。一方、2021年度は①経営戦略・企業価値との結びつきに関するキーワードが増えており、株主価値の重視や、サステナビリティとの関連を説明しようとする企業の姿勢が強まっていることが分かる。また、③決定プロセスのガバナンスに関連するキーワード(「透明性・客観性」等)も増えており、コーポレートガバナンスの強化が意識されるようになったことが見て取れる。
【② 開示の質的な充実度の最新状況】
■ 役員報酬に関する企業の開示状況(開示項目別)
TOPIX100構成銘柄を対象に、2021年度における開示内容の質的な充実度を前年度と比較した。
改正内閣府令(2019年1月)および改正会社法(2021年3月)への対応が進んだとみられ、2021年度は開示要件に対応している企業の割合が全体で増加した。さらに、法令で求められる要件以上に充実した開示を行う企業の割合が増えている。一方で、法令開示要件に対応していない企業も依然として一定数存在している。
■ 開示の質的な充実度とガバナンス体制
TOPIX100構成銘柄を対象に、開示の質的な充実度を以下の基準で開示項目別にポイント評価し、合計ポイントに応じて企業の開示レベルを高・中・低に分類した。
- 開示要件に対応しており、かつ充実した開示になっている :2ポイント
- 開示要件に対応している :1ポイント
- 開示要件に対応してない :0ポイント
そのうえで、企業の開示レベルと、報酬額の決定を行うガバナンス体制の関係を分析したところ、ガバナンス体制が強化されている企業ほど、開示レベルが高い傾向が明らかになった。
開示レベル:高の企業群では、法定の報酬委員会が決定している割合が高い。一方、開示レベル:低の企業群では代表取締役等に決定権限を委任している割合が顕著に高かった。代表取締役等への権限委任は、決定プロセスがブラックボックス化しやすいリスクがあり、開示レベルの低下につながる一因となっていることが推察される。
【調査結果へのコメント】 デロイト トーマツ グループ パートナー 村中靖
今回の調査では、役員報酬の開示状況について、①マクロ動向の定量調査、②個別企業情報の定性調査の2つのアプローチで分析した。この結果、2018年から2021年までの間に企業間の開示レベルにおいて格差が広がっていることが明らかになった。法令以上の自主的な開示を充実させる企業が増加している一方、TOPIX100という我が国を代表する企業群においても法令開示要件を満たしていない企業が依然として一定数存在している。非常に残念であり、今後の改善を期待したい。
また足下の外部環境では、パンデミックをきっかけに続く経済・社会の混乱により、役員報酬の妥当性が社会的に引き続き注視されている。加えて、気候変動問題等の企業の社会的責任や人的資本をはじめとする非財務指標に基づく企業価値創造に注目が集まるなか、役員報酬とESG指標を連動させるべきという議論が世界的に高まっている。このような背景から、役員報酬をめぐる開示は、現行法令の開示要件に最低限対応する段階から、ステークホルダーとの対話を意識した内容に拡充する段階にシフトする必要性に迫られているといえよう。
役員報酬は、企業経営者を目標達成に向けて動機づける上で重要なツールであり、これを有効に活用することで日本企業の競争力強化に貢献することができる。他方、企業価値向上に向けた報酬支給の考え方や決定プロセスについて、ステークホルダーと対話し、理解を得ることが不可欠だ。今後は、投資家の目線を意識した開示の充実化が進み、日本企業の開示レベルの底上げが進んでいくことが望まれる。
【調査概要】
■ 調査期間
2022年7月~2022年8月
■ 調査目的
日本企業における有価証券報告書での役員報酬に関する開示状況を、以下2つの観点から調査・分析する
① 役員報酬に関する情報開示量のマクロ動向
② 開示の質的な充実度の最新状況
■ 調査対象企業
① 役員報酬に関する情報開示量のマクロ動向
2022年3月時点のJPX400構成銘柄うち、過去4年間にわたり決算期の変更なく有価証券報告書を提出している企業(365社) *
② 開示の質的な充実度の最新状況
2022年3月31日時点のTOPIX100構成銘柄(100社) *
*①②いずれも各年度期間中に有価証券報告書を提出した企業
※ 集計結果を四捨五入して表示しており、数値の合計が100%にならない場合があります