歯周病の治療が、大腸がんの病態に関連する細菌Fusobacterium nucleatumの動向に影響することを発見

 横浜市立大学医学部 肝胆膵消化器病学教室 中島 淳教授、日暮 琢磨講師、吉原 努医師らの研究グループは、横浜市立大学附属病院 歯科・口腔外科・矯正歯科の來生 知診療教授らと共同で、大腸がんの発がんや進行に関連しているとされるフソバクテリウム・ヌクレアタム(Fusobacterium nucleatum)という細菌が、歯周病*1の治療により便中から減少することを臨床研究において明らかにしました。フソバクテリウム・ヌクレアタムが減少することで、大腸がんの発がんや進行に対する新規予防法の開発の原動力となる可能性を示しています。
 本研究成果は、Scientific reports誌に掲載されました。(2021年12月9日)

研究成果のポイント
  • フソバクテリウム・ヌクレアタムは歯周病に関連する口腔内常在菌で、大腸がんの発がんや進行に関連しているとされる。
  • 歯周病治療を行うことにより、便のフソバクテリウム・ヌクレアタムが減少することを確認した。
  • 歯周病治療を行い、大腸のフソバクテリウム・ヌクレアタムの動向を見た研究報告は世界初である。

図1 口腔のフソバクテリウム・ヌクレアタムが、大腸のフソバクテリウム・ヌクレアタムに移行する可能性があるため、歯周病治療で便のフソバクテリウム・ヌクレアタムに影響がでたと考えられる。

研究背景
 フソバクテリウム・ヌクレアタムは歯周病に関連する口腔内常在菌です。近年、フソバクテリウム・ヌクレアタムが大腸がんの発がんや進行と関連があると次々と報告されており、大腸がん研究で非常に注目される細菌として知られるようになってきました。また、歯周病の指標の1つである歯周ポケット
*2の深さが4mm以上の割合は、45歳を越えると50%以上になり、多くの日本人が歯周病を抱えているといえます。また、歯周病は糖尿病や動脈硬化、あるいは脳卒中などの全身性の疾患と強く関連しており、歯周病への関心がより高まっています。
 私たちの研究室では、以前、口腔内のフソバクテリウム・ヌクレアタムの菌株と大腸がん組織のフソバクテリウム・ヌクレアタムの菌株が同一である可能性を発表しました。フソバクテリウム・ヌクレアタムは歯周病に関連する常在菌であり、歯周病の治療を行えば、大腸のフソバクテリウム・ヌクレアタムが低下すると仮説をたて、大腸がんの発がんや進行予防の研究に寄与するのではないかと考え、本研究を行いました。

研究内容
 大腸内視鏡検査を受け、大腸腫瘍を認めた患者さんの唾液や便、大腸腫瘍組織の一部を採取し、歯周病治療を約3ヶ月間受けていただきました。歯周病治療後に大腸腫瘍を切除し、その際に再度、唾液、便、腫瘍組織を採取しました。歯周病治療前後のこれらの検体のフソバクテリウム・ヌクレアタムの動向をdigital PCRという手法で調べたところ、歯周病治療が成功した患者さんでは、治療後に便のフソバクテリウム・ヌクレアタムが減少しましたが、歯周病が改善しなかった患者さんでは、減少しませんでした。唾液や大腸腫瘍組織については、歯周病が改善した患者さんにおいても、歯周病治療前後でフソバクテリウム・ヌクレアタムの減少は見られませんでした。一方で、異型度が強い腫瘍組織をもつ患者さんの便のフソバクテリウム・ヌクレアタムは低異型度の腫瘍組織のみの患者さんの便よりも多く検出され、腫瘍の進行に伴ってフソバクテリウム・ヌクレアタムが増加していくことが示唆されました。



図2 治療により歯周病が改善すると治療前の便中フソバクテリウム・ヌクレアタムと比較して、治療後のフソバクテリウム・ヌクレアタムが減少した一方で、歯周病の改善がなかった患者さんは変化が見られなかった。

今後の展開
 大腸がんの罹患数は日本において、男女合わせると悪性腫瘍のうち第2位と非常に多数の患者が存在し、大腸がんの予防を行うことは喫緊の課題となっています。胃がんは、ピロリ菌を除菌することによって予防効果があると知られていますが、大腸がんについては、特定の微生物をターゲットにすることは確立されていません。本研究で得られた結果から、口腔内と大腸に存在するフソバクテリウム・ヌクレアタムは関連があり、歯周病治療を適切に行えば、大腸がんの発がん予防や進行抑制に対して、恩恵を受けることができる可能性があります。しかしながら、なぜ歯周病治療で便のフソバクテリウム・ヌクレアタムが減少したのか、その機序が解明できておらず、今後の検討課題です。また、進行大腸がんの患者さんは対象としていないため、今後はこういった患者さんへの歯周病治療の恩恵についても検討していく必要があると考えています。

研究費
本研究は、JSPS科研費基盤研究(C)、日本医療研究開発機構(AMED)革新的がん医療実用化研究事業の支援を受けて実施されました。

論文情報
タイトル: A prospective interventional trial on the effect of periodontal treatment on Fusobacterium nucleatum abundance in patients with colorectal tumours
著者: Tsutomu Yoshihara, Mitomu Kioi, Junichi Baba, Haruki Usuda, Takaomi Kessoku, Michihiro Iwaki, Tomohiro Takatsu, Noboru Misawa, Keiichi Ashikari, Tetsuya Matsuura, Akiko Fuyuki, Hidenori Ohkubo, Mitsuharu Matsumoto, Koichiro Wada, Atsushi Nakajima, Takuma Higurashi 
掲載雑誌: Scientific reports
DOI: 10.1038/s41598-021-03083-4

用語説明
*1 歯周病:細菌感染によって、歯茎に炎症を起こし、歯を支える骨が溶けてしまう病気のことである。歯周病が進行すると、歯を失う原因になる。

*2 歯周ポケット:歯と歯茎の間にある溝のことをいう。歯周病になると歯周ポケットは深くなる。

参考文献など
1)厚生労働省 e-ヘルスネット
  https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/teeth/h-03-004.html

2)Rohani, B. Oral manifestations in patients with diabetes mellitus. World J. Diabetes 10, 485-489, doi:10.4239/wjd.v10.i9.485 (2019).

3)Chistiakov, D. A., Orekhov, A. N. & Bobryshev, Y. V. Links between atherosclerotic and periodontal disease. Exp. Mol. Pathol. 100, 220-235, doi: 10.1016/j.yexmp.2016.01.006 (2016).

4)Sen, S. et al. Periodontal disease, regular dental care use, and incident ischemic stroke. Stroke 49, 355-362, doi: 10.1161/STROKEAHA.117.018990 (2018).

5)Komiya, Y. et al. Patients with colorectal cancer have identical strains of Fusobacterium nucleatum in their colorectal cancer and oral cavity. Gut 68, 1335-1337, doi: 10.1136/gutjnl-2018-316661 (2019).






本件に関するお問合わせ先
横浜市立大学 広報課
E-mail:koho@yokohama-cu.ac.jp

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