天然物由来カーボン量子ドットの光デバイス化に成功
横浜市立大学大学院生命ナノシステム科学研究科の橘 勝 教授、鈴木 凌 助教らの研究グループは、オーストラリア連邦科学産業研究機構(CSIRO)の平井 匡彦 博士、横浜国立大学の谷村 誠 准教授らとの共同研究により、天然物由来のカーボン量子ドット(C-QDs) *1 からデバイスを試作し、エレクトロルミネセンス(EL) *2 の観測に世界で初めて成功しました。
本研究成果は、米国化学会の学術雑誌「ACS Applied Nano Materials」に掲載されます。(10月21日オンライン公開)
研究成果のポイント
天然物由来のC-QDsからデバイスを試作し、ELを世界で初めて観測
人工物由来と同等の光強度のEL(ブルー・グリーン)を観測
C-QDsの表面官能基とミネラルの含有による固体発光の実現
環境調和性に優れた安価で簡便なELデバイスへの実用化に期待
図1 天然物由来カーボン量子ドットからのELデバイス作製
研究背景
近年、新たな発光材料としてC-QDsが注目され、ディスプレイや照明などの大規模な市場への展開に向けて、ELデバイス等への実用化への期待が高まっています。当研究グループは、天然資源の有効利用や環境調和性の観点から、天然物からのC-QDsの簡便合成法(2019年)や高効率合成法(2020年)の開発に相次いで成功し、環境にやさしく安価で簡便な材料を発明したとして世界的に注目されていました。しかし、天然物由来のC-QDsは、固体状態では発光強度が著しく低下するため、ELへの応用は限られていました。本研究では、材料科学とデバイス作製のスペシャリストの国際的な連携によって、天然物由来のC-QDsからのELデバイス試作および発光観測に成功しました。
研究内容
天然物由来のC-QDsは、炭素源として植物の種(フェネグリーク*3 種子)から、当研究グループが先行研究(関連論文参照)で開発した熱分解法によって得ました。ELデバイスは、CSIROの平井博士らの先行研究で開発されたデバイス作製技術によって透明電極(ITO)、キャリア輸送層(PVKおよびBP4mPy)、発光層(天然物由来のC-QDsをエタノールに分散してスピンコートすることによって作製)から成る積層構造として構築されました(図2)。試作デバイスから、ブルー・グリーンの発光状態(スペクトル波長507nm、CIE表色系 *4 色度(0.241, 0.285))が肉眼でも十分に観察できました(図3a、b)。
図2 ELデバイスの構成要素 デバイス断面図/発光層の構成成分(TEM観察写真)
図3 観察されたEL (a)ELスペクトル(挿入図:デバイス発光の写真)(b)CIE表色系における色度図
また、固体状態で観測されたELは、本研究で作製されたC-QDsの天然物由来のアミノ基などの表面官能基や塩化カリウムなどのミネラルに起因して発生していることを明らかにしました(図4)。
図4 ELデバイス内での天然物由来C-QDsの構造と発光メカニズム
ELの発光性能を示す電圧―電流―輝度(V-I-L)曲線(図5)を確認したところ、最大EL輝度は115.4 cd/m2であり、数少ない人工物由来の高性能なC-QDsと同程度の強度を示しました。電流および発光の開始電圧の差が見られましたが、電子と正孔(ホール)のキャリア注入のための障壁によるものと考えられました。
図5 EL性能を示した電圧-電流-輝度(V-I-L)曲線(黒:電流密度、赤:輝度)
以上の結果から、天然物由来のC-QDsがELデバイスとして実用化できる環境調和型材料であること、他の天然物においても同様に応用できる可能性があることがわかりました。デバイス構成(構成要素、構造等)の最適化を行い、性能向上と実用化検討を目指します。
今後の展開
発光性能の向上に向けてデバイスの構成要素の最適化
C-QDsの表面改質によるdeep-blue発光素子の開発
他の天然物からのC-QDsおよびELデバイスの作製
研究費
本研究は、池谷科学技術振興財団(0291078-A)、科学研究費補助金(17K06797, 21K04654)、科学技術振興機構(JST)さきがけ(JPMJPR1995)の支援を受けて実施されました。
論文情報
タイトル: Blue-Green Electroluminescent Carbon Dots Derived from Fenugreek Seeds for Display and Lighting Applications
著者: Urushihara, Natsuko; Hirai, Tadahiko; Dager, Akansha; Nakamura, Yuta; Nishi, Yuma; Inoue, Ken; Suzuki, Ryo; Tanimura, Makoto; Shinozaki, Kazuteru; Tachibana, Masaru
掲載雑誌: ACS Applied Nano Materials
DOI: 10.1021/acsanm.1c02977
用語説明
*1 カーボン量子ドット(C-QDs):
直径2~10 nmの新型の炭素系ナノ材料であり、その強い量子閉じ込め効果および安定した蛍光性能等の一連の優れた性能により、化学、物理、材料および生物等の各領域で広く関心が寄せられている。既存のカドミウムなどの重金属からなる量子ドットに比べ、C-QDsには低毒性および生体相溶性という優れた特性があるため、環境調和性やバイオ領域での発展が期待されている。
*2 エレクトロルミネセンス(Electroluminescence:EL):
電界発光とも呼ばれ、主に半導体中において、電界を印加することによって得られるルミネセンス(発光)を指す。一般的には製品名としても知られている「LED」の方が馴染みがあるかもしれない。電界によって電子と正孔を注入し、その再結合によって発光をさせるものである。
*3 フェネグリーク:
クローバーに似た薬草で、地中海地域、南ヨーロッパおよび西アジアが原産。その種子は料理や薬に使用されてきた。香辛料の原料や食物、飲料およびタバコの香料として、また、抽出物(エキス)は石鹸や化粧品にも用いられる。
*4 CIE表色系:
国際照明委員会 CIE(Commission Internationale de l'Eclairage)により国際的に定められた色の表示法で、赤、緑、青の3つの原色光を適当な比率で混合すれば試料光と等しい色にできるという原理に基づいて,混色したときの三原色の混合量で色を表示する。光の分光分布から色の特性を数値で表した色度を平面座標の点として表示した図形をCIE色度図という。
関連論文
[1] Akansha Dager, Takashi Uchida, Toru Maekawa & Masaru Tachibana, Synthesis and characterization of Mono-disperse Carbon Quantum Dots from Fennel Seeds: Photoluminescence analysis using Machine Learning, Scientific Reports 9 1404 (2019), https://doi.org/10.1038/s41598-019-50397-5
[2] Akansha Dager, Ankur Baliyan, Shunji Kurosu, Toru Maekawa & Masaru Tachibana, Ultrafast synthesis of carbon quantum dots from fenugreek seeds using microwave plasma enhanced decomposition: application of C‑QDs to grow fuorescent protein crystals, Scientific Reports 10, 12333 (2020), https://doi.org/10.1038/s41598-020-69264-9
関連特許
発明の名称 : 炭素量子ドット及び炭素量子ドットの製造方法
発明者 : 橘 勝、ダカール アカンシャ
出願人 : 公立大学法人横浜市立大学
出願番号 :特願 2019-090961 (2019-05-13 出願)
特願 2019-195216 (2019-10-28 出願)
研究者情報
横浜市立大学 橘研究室HP
URL: http://nanomate.sci.yokohama-cu.ac.jp/