サカナは消化管から胎盤を作った?  

~グーデア科胎生魚で母子間物質運搬の仕組みを探る~

 国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院生命農学研究科の飯田 敦夫 助教、本道 栄一 教授らの研究グループは、城西大学、東京大学、京都大学、横浜市立大学との共同研究で、カダヤシ目グーデア科胎生魚の「栄養リボン」(胎盤様構造)で見られる母体からの栄養分を吸収する仕組みが、脊椎動物で広く保存された消化管の物質吸収機構と似た特徴を持つことを発見しました。
 本研究は、非哺乳類での胎生の仕組みと、その分子機構の理解に一石を投じるものです。地球上における生命の歴史の中で、脊椎動物がどのように繁殖機構を形作り、変化させ、環境に適応して繁栄してきたのかを探求しました。
 この研究成果は、2021年6月25日付英国科学雑誌「Journal of Experimental Biology」オンライン版に掲載されました。
 この研究は、一般財団法人中辻創智社、公益財団法人大幸財団からの支援のもとで行われたものです。

【ポイント】
  • グーデア科胎生魚の「栄養リボン」で高発現する遺伝子群を抽出した。
  • 分子遺伝子および生化学的解析から、物質吸収に関わる分子機構を推定した。
  • 「栄養リボン」が消化管に由来する構造物である可能性を考察した。

【研究背景と内容】
[胎生は謎の多い形質である]
 胎生とは母親のお腹の中で赤ちゃんを育て、出産により個体数を増やす繁殖方法です。妊娠中に母親から子供へと栄養供給を伴うものは“真胎生
*1”とも呼びます。ヒトを含む多くの哺乳類は真胎生であり、胎盤やへその緒を通じて母子間の栄養授受を行います。一方で、哺乳類以外の(魚類、爬虫類、両生類でも見られる)胎生については、形態に関する的な報告の豊富さに比べて、分子機構や遺伝子機能に言及した報告は少なく、謎が多くあります。

[グーデア科胎生魚でその謎を紐解いていく]
 本研究グループは、カダヤシ目グーデア科に属する胎生硬骨魚であるハイランドカープ(学名:Xenotoca eiseni)を用いた研究を行っています。グーデア科では、母体内で成長する胎仔(たいじ)が“栄養リボン(trophotaenia)”と呼ばれる偽胎盤
*2構造を持ち、母体からの栄養分を吸収していると考えられています。2019年に、母体から供給される栄養分の一つとして卵黄タンパク質ビテロジェニン*3を報告しました(名古屋大学HP「研究教育成果情報」2019年10月9日付「魚類 がお腹の子供に与える栄養素を解明! ~哺乳類が失った遺伝子を利用して胎生機構 を獲得~」参照)。一方で、栄養分の吸収に関わる胎仔側の分子機構は不明でした。
     図1. グーデア科胎仔の模式図と本研究の問い


[今回は子供の側の仕組みを探索した]
 本研究では発現遺伝子の網羅的探索から、Cubilin/Amnionless受容体*4が関与するエンドサイトーシス*5という現象が、栄養リボンでの物質吸収の原動力だと目星をつけました。さらに、分子遺伝学および生化学的解析から、同受容体による細胞内への物質取り込みに加え、カテプシンLによる細胞内でのタンパク質分解が、栄養リボンにおける母体栄養取り込みの分子機構であると推定しました。

     図2. 本研究で推定した物質吸収機構の概要


[消化管の仕組みを偽胎盤に転用したという仮説]
 Cubilin/Amnionless受容体が関与するエンドサイトーシスは、一部の脊椎動物の消化管で栄養分吸収に寄与することが報告されています。ここで言う“一部の脊椎動物”とは無胃魚
*6や授乳期の哺乳類を指し、消化機能の未熟さをエンドサイトーシスによる細胞内の分解機構で補っていると考えられます。グーデア科胎生魚において、胎仔が成長する卵巣内腔に消化機能があるとは考えにくく、栄養リボンが細胞内の分解機能を持つことは妥当です。以上から本研究グループでは、構造的・機能的な共通点から、栄養リボンの一部が消化管に由来すると考えました。栄養リボンがグーデア科の胎仔に特有の構造物であることから、これはユニークな胎生機構の成り立ちに関わる仮説となります。

【成果の意義】
 グーデア科の母親が胎仔に供給するビテロジェニンは、胎生哺乳類では遺伝子レベルで失われて(不要になって)います。すなわちグーデア科の胎生獲得において、母体側の形質は哺乳類とは異なる要素で構築されています。一方で、胎仔側のエンドサイトーシスは、哺乳類を含む脊椎動物で広く保存された分子機構から成ります。以上のことから胎生形質は、種間で共通する分子機構の設計図が存在するわけではなく、その都度その都度に使えそうな材料で増改築した結果、各々が今の姿に行き着いたと考えています。
このような種特異的でユニークな形質の探求は、図鑑や教科書の記載や、Wikipediaなどの情報の充実に繋がり、人類の知の集積に貢献します。

【用語説明】
*1真胎生:母体内で母親からの栄養供給を受けて子が成長する様式。子の成長が自身の卵黄栄養のみに依存するものを対比的に“卵胎生”と呼ぶ。

*2偽胎盤(pseudoplacenta):哺乳類以外の胎生動物で母子間の物質交換に関わる胎盤様構造の総称。

*3ビテロジェニン:卵黄栄養を構成するタンパク質。卵生動物では肝臓で産生され、血流を通じて卵巣の卵へと運ばれる。ハイランドカープのメスは妊娠中もビテロジェニンを産生し、卵巣内腔に分泌された分子を胎仔が栄養リボンから吸収する。

*4 Cubilin/Amnionless受容体:哺乳類では腎臓や腸管に存在する、エンドサイトーシス経路の受容体のひとつ。ビタミンB12の取り込みへの関与がよく知られているが、他のタンパク質とも結合する“マルチリガンド受容体”だと考えられている。

*5エンドサイトーシス:細胞が細胞外の物質を取り込む過程のひとつ。高分子化合物を取り込み、細胞内小胞(リソソーム)で分解する。

*6無胃魚(stomachless fish):胃を持たない魚。メダカやゼブラフィッシュ、ハイランドカープは無胃魚に分類される。食べたものを蓄えることができず、消化能力も低い。


【論文情報】
雑誌名:Journal of Experimental Biology
論文タイトル:Cubam receptor-mediated endocytosis in hindgut-derived pseudoplacenta of a viviparous teleost Xenotoca eiseni
著者:飯田 敦夫(名古屋大学大学院生命農学研究科)、佐野 香織(城西大学)、井ノ口 繭(東京大学)、野村 隼平(名古屋大学大学院生命農学研究科)、鈴木 孝幸(名古屋大学大学院生命農学研究科)、栗木 真央(京都大学)、曽我部 舞奈(京都大学)、須崎 大地(横浜市立大学)、殿崎 薫(岩手大学)、木下 哲(横浜市立大学)、本道 栄一(名古屋大学大学院生命農学研究科)        
DOI:10.1242/jeb.242613











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E-mail:koho@yokohama-cu.ac.jp

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