再発性多発軟骨炎の多くの症例でUBA1遺伝子の体細胞遺伝子変異を発見

 横浜市立大学大学院医学研究科 幹細胞免疫制御内科学 桐野洋平講師、同大学附属病院 難病ゲノム診断科 土田奈緒美助教、同大学大学院医学研究科 幹細胞免疫制御内科学 國下洋輔研究員、同大学大学院医学研究科 遺伝学 松本直通教授らの研究グループは、再発性多発軟骨炎の男性症例の末梢血白血球で「UBA1」という遺伝子に病的な体細胞遺伝子変異(c.121A>C:p.Met41Leu, c.121A>G:p.Met41Val, c.122T>C:p.Met41Thrのいずれかの変異)を認めることを突き止めました。
 再発性多発軟骨炎は国の指定難病(指定難病55)ですが、今回の発見を契機にUBA1遺伝子の遺伝子検査が病気の診断・治療選択・治療法開発に役立つことが期待されます。

 本研究成果は、欧州リウマチ学会誌Annals of the Rheumatic Diseasesに掲載されました。(2021年3月31日オンライン掲載)

研究成果のポイント
  • サンガーシーケンスによる塩基配列決定法を用いて、男性の再発性多発軟骨炎症例の73%において末梢血白血球もしくは骨髄組織由来のゲノムDNAにUBA1遺伝子の体細胞遺伝子変異(c.121A>C:p.Met41Leu, c.121A>G:p.Met41Val, c.122T>C:p.Met41Thrのいずれかの変異)を検出した。
  • UBA1変異を有する男性患者では、多発軟骨炎の他に、皮疹・発熱・骨髄異形成症候群・血管炎など多彩な全身症状を認めた。
  • ドロプレット・デジタルPCR(ddPCR)*1, 2とペプチド核酸(PNA)-clamping PCR*3を用いて、女性の再発性多発軟骨炎患者1例の血液で低頻度(0.14%)のUBA1の体細胞遺伝子変異を検出した。
  • 再発性多発軟骨炎の一部の症例では、UBA1の遺伝子検査が病気の診断・治療選択・治療法開発に役立つことが期待される。
研究背景
 再発性多発軟骨炎は、軟骨に炎症が繰り返し起きる全身性の炎症性疾患で、原因は不明です。症状が起きる軟骨としては耳介軟骨が多く、その他にも、気道・鼻・関節等の軟骨に炎症が起きることがあります。炎症が継続する場合には、軟骨は変形・消失します。気道軟骨炎は気道狭窄や閉塞をきたす可能性があり、頻度は低いものの心血管病変や中枢神経病変を伴うこともあります。日本では厚生労働省により難病の1つに指定されており、約500例の患者さんが登録されています。最近、米国国立衛生研究所のグループが、成人後期に治療抵抗性の炎症症候群を発症した男性患者のみの25例で、タンパク質のユビキチン化
*4に関わる「UBA1」という遺伝子に体細胞遺伝子変異*5が起きていることを報告し、「VEXAS症候群」と命名しました*6。このVEXAS症候群の患者では、発熱・血球減少・骨髄異形成・皮疹・軟骨炎・血管炎などを認め、60%の患者は再発性多発軟骨炎の診断基準を満たしていましたが、逆に再発性多発軟骨炎の患者にVEXAS症候群で見られるUBA1の体細胞遺伝子変異を認めるかどうかは、これまで知られていませんでした。

研究内容
 再発性多発軟骨炎の診断基準を満たす13例の患者(男性11例、女性2例)の末梢血もしくは骨髄組織由来のゲノムDNAを用いて、サンガーシーケンスでUBA1遺伝子の既知の変異の有無を検索しました。その結果、11例中8例の男性患者(男性例の73%)で、変異を認めました。変異を認める症例では、皮疹・発熱・骨髄異形成症候群・血管炎などVEXAS症候群に合致する全身症状を認め、そのうち骨髄穿刺を行った症例では、VEXAS症候群に観察される骨髄系と赤芽球系の前駆細胞で空胞像を認めました(図1)。また、変異を検出しなかった患者(5例)に比べて、皮疹や骨髄異形成症候群の合併が多い傾向がありました。
図1. UBA1病的遺伝子変異を有する患者の臨床所見
A. 軟骨炎による耳介の腫脹。B. 好中球性の皮膚症。C. 気管の3次元再構築CT像。軟骨炎による気管変形認める(矢印)。D, E. 骨髄血のMay-Giemsa染色。骨髄前駆細胞(D)と赤芽球系前駆細胞(E)に空胞を認める(矢頭で示した細胞内)。


サンガーシーケンスによる遺伝子変異検索は、15~20%よりも低頻度の変異を見逃してしまう可能性があります。そこで、ddPCRとPNA-clamping PCRの2種類の解析方法を用いて、低頻度変異の検索を行いました。その結果、ddPCRでは、サンガーシーケンスで変異を認めなかった女性例1例から変異含有率0.14%の低頻度変異を検出しました(図2A)。同症例は、PNR-clamping PCRでも変異の存在を示唆するPCR産物の増幅を認めました(図2B)。女性例における低頻度変異の病原性については今後のさらなる検討が必要ですが、今までのUBA1変異は男性VEXAS症候群症例のみの報告であり、女性例でのUBA1体細胞遺伝子変異の検出は今回が初となります。
図2. ddPCRとPNA-clamping PCRで検出されたUBA1 遺伝子変異
A. UBA1遺伝子の病的変異(c.121A>C)を標的としたddPCRで、低頻度のUBA1変異を患者-10(女性例)で検出した。患者-01は、変異型陽性コントロール、コントロール(健常者)は、野生型コントロールを示す。上段は変異型検出プローブ、下段は野生型検出プローブによって検出された蛍光強度を示す。図内の青・緑・黒の点はそれぞれ、変異型・野生型・PCR増幅のないドロプレットを示す。今回のddPCRの系では、変異の割合が0.1%以上を検出可能な系を確立した。
B. PNA-clamping PCRの増幅産物の電気泳動写真。PNAによって野生型DNAのPCR増幅が阻害され、変異を持つ患者(01、03、15)ではPCR増幅が見られるが、変異のない患者(02、07、08、14)では増幅が見られない。低頻度の変異を有する患者-10では、薄く増幅が見られ(赤矢頭)、変異の存在を示唆する。HC:健常者コントロール。NC:陰性コントロール。


今後の展開
UBA1遺伝子の体細胞遺伝子変異検査は、再発性多発軟骨炎の診断・治療法の選択・治療薬の開発などに役立つことが期待されます。

研究費
※本研究は、日本学術振興会、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の難治性疾患実用化研究事業「新技術を用いた難治性疾患の高精度診断法の開発」(研究開発代表者:松本直通)、厚生労働省、武田科学振興財団の支援により実施されました。

論文情報
タイトル:Pathogenic UBA1 variants associated with VEXAS syndrome in Japanese patients with relapsing polychondritis
著者:Naomi Tsuchida
1,2,3, Yosuke Kunishita1, Yuri Uchiyama2,3, Yohei Kirino1, Makiko Enaka4, Yukie Yamaguchi5, Masataka Taguri6, Shoji Yamanaka7, Kaoru Takase-Minegishi1, Ryusuke Yoshimi1, Satoshi Fujii4,7, Hideaki Nakajima1, and Naomichi Matsumoto2

1 Department of Stem Cell and Immune Regulation, Yokohama City University Graduate School of Medicine, Yokohama 236-0004, Japan
2 Department of Human Genetics, Yokohama City University Graduate School of Medicine,
Yokohama 236-0004, Japan

3 Department of Rare Disease Genomics, Yokohama City University Hospital, Yokohama 236-0004, Japan
4 Department of Molecular Pathology, Yokohama City University Graduate School of Medicine,
Yokohama 236-0004, Japan

5 Department of Environmental Immuno-Dermatology, Yokohama City University Graduate School
of Medicine, Yokohama 236-0004, Japan.

6 Department of Data Science, Yokohama City University School of Data Science, Yokohama 236-0004, Japan.
7 Department of Pathology, Yokohama City University Hospital, Yokohama 236-0004, Japan.

掲載雑誌:Annals of the Rheumatic Diseases (2021)
DOI: http://dx.doi.org/10.1136/annrheumdis-2021-220089


用語説明
*1 PCR(ポリメラーゼ連鎖反応、polymerase chain reaction, PCR):試薬と酵素を使って、ごく少量のDNAから目的とするDNA断片を増幅するための原理・手法。

*2 ドロプレット・デジタルPCR(droplet digital PCR, ddPCR):デジタルPCRは、サンプルを微小区画に分割した上で、各微小区画のPCR産物を検出し、統計解析を行ってDNAを定量する方法。ddPCRでは、微小区画作成において、液滴(ドロプレット)を利用する。従来の定量PCR に代わって、高い精度による絶対定量を行うことができる。

*3 ペプチド核酸(PNA)-clamping PCR:PNAはDNA類似の構造をもつ人工の化合物で、相補的な核酸と特異的に結合する。野生型DNAと二本鎖を形成できるようなPNAを作製し、PCR反応に添加することで、野生型DNAの増幅を阻害し、変異DNAのみを特異的に増幅することができる。

*4 タンパク質のユビキチン化:ユビキチン化はタンパク質修飾の一種。ユビキチン修飾は、タンパク質分解や、DNA修飾、翻訳調節、シグナル伝達など、様々な現象に関わる。

*5 体細胞遺伝子変異:生殖細胞以外の一部の細胞に生じた遺伝子の変異。代表的には、がん細胞で生じる遺伝子変異など。

*6 VEXAS症候群(vacuoles, E1 enzyme, X-linked, autoinflammatory, somatic syndrome/空胞、E1 酵素、X 連鎖、自己炎症性、体細胞症候群):成人後期発症の治療抵抗性の炎症症候群。骨髄穿刺で空胞(vacuoles)像を認め、発熱・血球減少・骨髄異形成・皮疹・軟骨炎・血管炎などの自己炎症性の症状を伴う。タンパク質のユビキチン化に関わるUBA1遺伝子に体細胞遺伝子変異(UBA1遺伝子のメチオニン-41 [p.Met41] に影響する変異)を認める。

参考文献
#1 Beck DB, Ferrada MA, Sikora KA, et al. Somatic Mutations in UBA1 and Severe Adult-Onset Autoinflammatory Disease. N Engl J Med 2020;383(27):2628-38.





本件に関するお問合わせ先
横浜市立大学 広報課
E-mail:koho@yokohama-cu.ac.jp

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