神経細胞間の通信の場であるシナプス・スパインの接合強度の強弱変化(可塑的変化)は、脳が記憶を作り、その維持を行う基盤的な現象である。これを調節する分子やそのメカニズムの理解は進んできたが、時空間的にどのシナプス・スパインでいつおきるか観察する方法は乏しく、記憶形成という現象の理解への大きな壁となっていた。そこで、徳島文理大学香川薬学部の山田麻紀教授らの研究グループ※1は、脳内で可塑的強化が起きたスパインがどれなのか、わかりやすい目印をつけることを目指して、新しいマウス(AiCE-Tg、図1)を遺伝子工学的手法を用いて作成。解析の結果、実際に脳での入力依存的な変化を観察することに成功した。なお、この研究成果は、Nature Research Journalsのオンライン誌「Scientific Reports」に2020年9月17日付で掲載された。
山田教授の率いた研究グループは、認知症の病態モデル※2ラットで発現量が変化するタンパク質としてCapZ※3を同定し、さらに、CapZは、人為的にシナプスに可塑的強化を起こした※4部位のスパインで増加していることを突き止めていた(Gens to Cells 15: 737-747, 2010)。この知見に着目し、EGFP-CapZ※5の集積により生体内でスパインが緑色に光るようにしたAiCE-Tgマウス作成に成功した。
※1 徳島文理大学香川薬学部の山田麻紀教授と久保山和哉元助教、7人の学部学生を含む薬理学講座のメンバーを主体とし、早稲田大学大学院先進理工学研究科、東京大学大学院医学研究科からなる共同研究グループ。
※2 記憶の中枢とされる海馬体へのアセチルコリン入力束(脳弓)を切断し記憶形成を阻害する古くからの認知症モデル動物。なお認知症では現在効果が認められている薬物4つのうち3つは脳内アセチルコリンを増やす薬理作用を持つ。
※3 スパインは、シナプス後部をひとつひとつ分離する膨らみであり、その形態を決定する骨格はアクチン繊維。CapZはアクチン繊維断端に結合し安定化・球状化する分子であり、可塑的強化にいたる強いシナプス入力によってアクチン繊維の切断・枝分かれが起きた部分に結合してスパインの形態変化を制御していると考えられる。
※4 シナプス伝達長期増強(Long-term potentiation, LTP in MPP-DGML)と呼ばれる代表的な実験的シナプス可塑性。
※5 EGFPは下村脩博士がオワンクラゲから同定した緑色蛍光タンパク質の一種であり、AiCE-Tgでは、CapZにEGFPを結合させた状態にしてマウスの脳に戻しAiCE-Tgマウスを作製している。
AiCE-Tgマウスでは、強化されたスパインを緑色蛍光で観て追いかけることができると考えられ、記憶の基礎研究はもちろん、創薬研究へも応用が期待される。
■解析結果
AiCE-Tgの脳内を観察してみると、スパインの一部に緑色の蛍光(EGFP-CapZ)が観察された。予想とは異なり、特別な学習タスクをしなくても、初めから緑色のスパインは3割ほど存在しており、マウスの脳では日常的に可塑的強化が起きている可能性が考えられた。
次に、脳への刺激入力に依存したスパイン強化をEGFP-CapZ蛍光の変化として記述することが可能か、検討を行った。変化はわずかと予想され、元々の個体差や実験での個体間の差に埋もれないように検出する方法を工夫することが重要であった。そこで、マウスの脳への刺激入力に左右差をつけることによって、同一個体内の左右脳での比較が可能となることに、研究グループは着目。マウスの目や足の片側に対して視覚や感覚刺激を遮断したうえで新規な刺激を与えてみた。そして、刺激が最初に到達する高次脳部位(大脳皮質第IV層)でのEGFP-CapZ蛍光を比較した結果、刺激の約20分後にごく一部のスパインで相対的左右差が観察された(図2ほか)。
また、免疫組織染色を行った結果、EGFP-CapZの多いスパインほどαアクチニンが多いという関係性も明らかになった。αアクチニンは、シナプスの情報伝達を担う受容体(GluR)の増加を誘導することが知られている分子である。加えて、実験的記憶障害を起こす薬物(MK801)の前投与によって、前述のEGFP-CapZ左右差やαアクチニンとの関係が消失することも確認された(図3ほか)。
以上の結果を総合すると、刺激入力をより強く受けた側の脳で、可塑的強化を起こしたスパインにEGFP-CapZによって目印をつけることができていると考えられた。また、特定の刺激によって新しくEGFP-CapZ蛍光が強化されるスパインは、数パーセント程度のごく少数であろうことも示唆された。つまり、AiCE-Tgで緑色に光るスパインは最近の日常的な刺激で可塑的な強化を起こした部位と考えられた。今後の解析で光るスパインに着目して研究をすすめれば、記憶のメカニズムの解明が大きく加速すると考えられる。
一方、統合失調症患者や薬物中毒患者の社会復帰を阻害しうる記憶障害や、認知症へ向けて、効果的な創薬は喫緊の課題である。既存の記憶障害の解析方法の多くでは時間がかかるため、異なった原理のAiCE-Tgを応用して組み合わせられれば、より効率的な創薬も可能になると期待できる。
本研究成果は、Nature Research Journalsのオンライン誌「Scientific Reports」に2020年9月17日付で掲載された。
・原著論文:英国Nature Research Journalsオンライン誌Scientific Reports 10: 15266 (2020)
・掲載日:米国時間2020年9月17日
・論文タイトル:Traceable stimulus?dependent rapid molecular changes in dendritic spines in the brain
・著者:Kazuya Kuboyama,Takafumi Inoue, Yuki Hashimotodani, Takuya Itoh, Tohsuke Suzuki, Aya Tetsuzawa,Yosuke Ohtsuka, Ryo Kinoshita, Ren Takara, Tohru Miyazawa, Pooja Gusain,Masanobu Kano, Maki K Yamada
・DOI:
https://doi.org/10.1038/s41598-020-72248-4
▼本件に関する問い合わせ先
徳島文理大学 香川薬学部 薬理学講座
山田麻紀
住所: 香川県さぬき市志度1314-1
TEL: 087-899-7472
FAX: 087-894-0181
E-mail: makiky@kph.bunri-u.ac.jp
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【リリース発信元】 大学プレスセンター
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