大きな弾性変形を示す フラーレンナノウィスカーの作製に成功

 横浜市立大学大学院生命ナノシステム科学研究科の鈴木 凌 助教と橘 勝 教授らの研究グループは、物質材料研究機構の若原 孝次 博士、大村 孝仁 博士らとの共同研究で、大きな弾性変形を示すフラーレンC60*1からなるナノウィスカーの作製に成功しました。フラーレン結晶の機械的強度の弱さや脆さは一般の分子結晶と同様に電子デバイスなどへの応用に向けた重要課題の一つであり、本研究における大きな弾性変形の示すフラーレンナノウィスカー*2の作製およびそのメカニズムの解明は実用化において重要な成果といえます。
 本研究は、カーボン研究のトップジャーナル『Carbon』(IF: 8.821)に掲載されました。(7月29日オンライン)

研究成果のポイント
  • 大きな弾性変形を示す直径~500 nmのフラーレンC60ナノウィスカーの作製に成功した
  • 作製されたC60ナノウィスカーは~4%もの大きな弾性歪みを示すことを明らかにした
  • この大きな弾性変形が結晶内の溶媒すなわち溶媒和構造が関係していることを明らかにした
  • フラーレンC60結晶はナノテク材料として光学・電子デバイスなどへの実用化が期待される

研究の背景
 フラーレンC60は1985年に発見されたサッカーボール状の球状分子であり、そのユニークな形状から次世代材料として多くの注目を集めてきました。1990年には大量合成法が開発され、固体つまり結晶物性の研究が一気に加速しました。フラーレンはファンデルワースル力と呼ばれる弱い結合力によって凝集し、典型的な分子結晶を作ります。これまでにも超伝導をはじめとして様々な興味深い固体物性が報告されてきました。最近では、フラーレンの溶媒和結晶における形状の制御や新たな物性も報告されておりナノ材料としての期待が益々高まっています。特に、本研究におけるフラーレンナノウィスカー(図1)と呼ばれている繊維状の結晶は、そのユニークな形状と作製方法の簡便さから基礎応用の両面からの研究が盛んに行われています。一方で、フラーレン結晶は機械的強度が弱く容易に破壊するためデバイス応用などの実用化に向けて機械的強度の改善は大きな課題となっていました。


図1.3種類の溶媒を用いて育成されたC60ナノウィスカーの光学顕微鏡像
(a)トルエン (b)mキシレン (c)メシチレン



研究の内容
 本研究グループは溶液中でのフラーレンナノウィスカーの弾性的な振る舞いに注目し、大気中でも破壊することなく大きな弾性変形を示すC60ナノウィスカーの作製に成功しました。C60ナノウィスカーは2つの溶液の界面から結晶を析出させる液―液界面析出法によって育成することができます。この手法ではC60を良く溶かす良溶媒と溶かし難い貧溶媒の2種類の溶媒を利用します。これらの2種類の溶媒の組み合わせは無限にあり、その組み合わせによって様々な形状、サイズ、構造をもつ結晶を育成することができます。本研究では、貧溶媒としてイソプロパノールを用い、良溶媒として、トルエン、mキシレン、メシチレンを用いてC60ナノウィスカーの作製に成功しました(図2)。


図2.図1の3種類のC60ナノウィスカーの走査型電子顕微鏡像

 結果として、トルエンを用いて育成したC60ナノウィスカーでは一般の分子結晶と同様に大気中でほとんど弾性変形を示さずに破壊してしまうのに対して、mキシレンやメシチレンを用いて育成したC60ナノウィスカーでは容易に破壊せずに大きな弾性変形を示すことがわかりました(図3)。特に、この弾性変形では弾性歪みが4%に達することも明らかにしました。一般の金属などの材料では歪みが1%を超えないで破壊するものがほとんどであることを考えると4%の弾性歪みは非常に大きいことがわかります。最近では、比較的大きな弾性歪み(~2%)を示す板状分子から構成されている分子結晶が報告されていますが、フラーレン結晶のような球状分子からなる分子結晶では初めての観測になります。
 このような大きな弾性歪みの原因を明らかにするために、X線回折、FT-IR、TGを用いた構造解析や成分分析を行いました。その結果、大きな弾性歪みの原因が、結晶作製時に導入される溶媒分子の含有つまり溶媒和構造が大気中に取り出した後も保持されるためであることがわかりました。実際、このウィスカーを300℃の高温で数時間加熱することによって結晶中の溶媒を取り除くと、大きな弾性を示すことなく破壊することがわかりました。さらに、溶媒和構造の分子配置(図4)から、大きな弾性変形のメカニズムとして、結晶中の溶媒分子が曲げ変形下でのC60分子間距離の変化に対するロッキングやバッファーとしての役割を担うためであることが明らかになりました。


図3.mキシレン溶媒を用いて作製されたC60ナノウィスカーの曲げ変形による弾性回復の連続写真


図4.mキシレンによって溶媒和したC60ナノウィスカーの分子配置の模式図(白はC60分子、青はmキシレン分子)


今後の展開
 溶媒の組み合わせにより様々なフラーレンナノウィスカーを作製し、より高強度で高弾性なフラーレンナノウィスカーの作製や、フラーレンC60以外のC70などの高次フラーレンを用いた大きな弾性歪みを示すナノウィスカーの作製に取り組んでいきます。また、溶媒和構造をとることによって、新たな光学、電気、磁気物性が期待されるため、機械的強度と優れた物性を併せ持つフラーレンナノウィスカーの開発を目指します。フラーレンナノウィスカーはその特徴からナノテク材料として光学・電子デバイスなどへの実用化も期待されます。


用語説明
*1 フラーレン:
フラーレンC60とは炭素原子が60個、サッカーボール状に共有結合した球状分子である。1985年にクロトー、カール、スモーリーによって発見された新物質であり、1996年にノーベル化学賞を受賞している。C60以外にも炭素原子が70個以上集まったC70、C82、C84・・といった高次フラーレンも知られており、このような炭素原子のみから構成された籠状分子のことを総称してフラーレンと呼んでいる。フラーレンは現在のカーボンナノチューブ、グラフェンといったナノカーボン研究のきっかけになった物質である。

*2 フラーレンナノウィスカー:
フラーレン分子はファンデルワールス力といった弱い結合力によって規則正しく配列し分子結晶(分子からなる結晶)を作る。このようなフラーレン結晶の中でも結晶外形が細くて長い結晶、特に直径が1ミクロメータ以下のファイバー状、つまり繊維状の結晶のことをフラーレンナノウィスカーと呼んでいる。英語のウィスカーとは猫のひげという意味で、日本語ではひげ結晶とも呼ばれる。2002年に物質材料研究機構の宮澤薫一博士らによって発見され、ユニークな形状から新材料の一つとして注目されている。


論文情報
Large elastic deformation of C60 nanowhiskers
Yuto Funamori, Ryo Suzuki, Takatsugu Wakahara, Takahito Ohmura, Eri Nakagawa,
Masaru Tachibana
Carbon, 169 (2020) https://doi.org/10.1016/j.carbon.2020.07.061

※本研究は、池谷科学技術振興財団(0291078-A)および JSPS科研費(JP17K06797)、「NIMS連携拠点推進制度」の支援を受けて行われました。
本件に関するお問合わせ先
研究・産学連携推進課
E-Mail:kenkyupr@yokohama-cu.ac.jp

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組織名
横浜市立大学
ホームページ
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代表者
小山内 いづ美
所在地
〒236-0027 神奈川県神奈川県横浜市金沢区瀬戸22-2
連絡先
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