京都産業大学 神山天文台の鮫島寛明研究員をはじめとする赤外線高分散ラボ(LiH)の研究グループは、A型星とよばれる恒星について、近赤外線波長域(波長0.9-1.3ミクロン)における世界で最も詳細なライン・カタログを出版した。
宇宙に存在するさまざまな恒星をそのスペクトル(虹)によって分類しようという試みは、20世紀初頭から多くの天文学者たちによって行われ、現在では「ハーバード分類」と呼ばれる分類法が標準となっている。この分類法では、恒星表面の温度が高いものから低いものに順に、O型、B型、A型、F型、G型、K型、M型というように名付けられている(図1)。
特にA型星は最もシンプルな(目立った吸収線の無い)スペクトルのパターンを持っており、赤外線天体観測において、天体の明るさ(エネルギー)の基準、あるいは地球大気による吸収線を天体のスペクトルから除去する際などに頻繁に利用されてきた。
しかし、赤外線波長域において非常に細かな吸収線がA型星にも多数存在していることが予想されながら、その詳細な観測・研究は進んでいなかった。
京都産業大学 神山天文台の赤外線高分散ラボ(LiH)では、鮫島 寛明 研究員を中心として、A型星の赤外線波長域における高分散スペクトル(波長分解能※228,000)を詳細に調査し、波長0.9ミクロンから1.35ミクロンにおける吸収線の詳細なライン・カタログを作成した。ライン・カタログの元となった極めて精密な高分散スペクトルは、赤外線高分散ラボが中心となって開発した高効率・近赤外線高分散分光器WINEREDを神山天文台 口径1.3m荒木望遠鏡に取り付けて取得したものである。A0.5Vという標準的なスペクトル型であることに加え、自転速度を観測者方向に投影した成分(v sin i)が毎秒19 kmとA型星としては非常に遅く、微弱な吸収線であっても検出しやすいという利点を持つやまねこ座の21番星(21 Lyn)(図2)を選定して観測することにより、微弱な吸収線を含む219本の吸収線を検出することに成功している(図3)。検出された吸収線からは、水素、炭素、窒素、酸素、マグネシウム、アルミニウム、ケイ素、硫黄、カルシウム、鉄といった様々な元素が恒星大気中に存在していることが示唆された。A型星において近赤外線波長域にこれだけ多数の微弱な吸収線が検出されたのは、世界で初めての事である。
これまで同波長域では、今回の研究成果に比べて10分の1以下の波長分解能で観測された恒星スペクトルのカタログしか存在していなかったが、今回、WINEREDが観測したA型星やまねこ座21番星の詳細なライン・カタログを公開したことで、赤外線波長域における地球大気吸収線の除去過程をより精密にすると共に、A型星それ自体の化学組成をより精密に決定する研究にも寄与することができる。
神山天文台・赤外線高分散ラボでは、独自に開発した高効率・近赤外線高分散分光器WINEREDを活用し、今後、様々なスペクトル型の恒星についても、近赤外線波長域におけるライン・カタログの公開を進めてゆく予定である。波長0.9~1.35ミクロンにおける精密な高分散分光観測を可能としたWINEREDは、A型星のみならず様々なスペクトル型の恒星天文学研究に大きなブレークスルーをもたらすと期待される。
<論文について>
タイトル:WINERED High-resolution Near-infrared Line Catalog: A-type Star
(WINEREDによる近赤外線高分散ライン・カタログ:A型星)
著 者: 鮫島寛明、池田優二、松永典之、福江 慧、小林尚人、他11名
(京都産業大学 神山天文台・赤外線高分散ラボ)
掲 載 紙:The Astrophysical Journal Supplement Series
掲 載 日:2018年11月27日(火)
※本研究は、文部科学省 私立大学戦略的研究基盤形成支援事業(課題番号: S0801061、S1411028)および科学研究費補助金(課題番号:16684001、20340042、21840052、26287028、18H01248、16H07323、13J10504)、ならびに日本学術振興会 二国間交流事業 (JSPS-DST; 2013-2015、2016‐2018)の助成を受けて行われた。
むすんで、うみだす。 上賀茂・神山 京都産業大学
※図1:様々な恒星スペクトル(上から4番目、5番目がA型星のスペクトル)。スペクトル中に黒く見える暗線(吸収線)が、それぞれ各種原子あるいは分子による光の吸収を示している(Credit & Copyright: KPNO 0.9-m Telescope, AURA, NOAO, NSF)
※図2:やまねこ座21番星(21 Lyn)。可視Vバンド等級4.6等と、ありふれた恒星のひとつだが、恒星自体が非常にゆっくりと自転しているか、あるいは恒星の自転軸が私たちの方向を向いていて、実効的には非常にゆっくりとした自転速度を持って見える。
※図3:やまねこ座21番星の赤外線高分散スペクトル。幅広い吸収線は水素原子によるもの。その他、様々な元素による微弱な細かい吸収線が多数見られる。各スペクトルの下に付随している灰色のグラフは、地球大気の透過率(透明度)を表している。
関連リンク
●京都産業大学「神山天文台」
https://www.kyoto-su.ac.jp/observatory/
●京都産業大学 神山天文台・近赤外線高分散ラボ(LiH)が近赤外線波長域での詳細なA型星ライン・カタログを世界で初めて公開
https://www.kyoto-su.ac.jp/news/20181127_859_lih.html
●星の「七色」から組成物質を突き止めろ追究を阻む「吸収線」が解き明かされた
https://ksu-re-world.jp/ksu/69/
●赤外線高分散ラボ
http://merlot.kyoto-su.ac.jp/LIH/index.html
▼本件に関する問い合わせ先
京都産業大学 神山天文台
河北 秀世 教授
メール:kawakthd@cc.kyoto-su.ac.jp
【リリース発信元】 大学プレスセンター
https://www.u-presscenter.jp/