研究成果のポイント
・日本大学の奈島賢児准教授、琉球大学のYonathan Asikin准教授らによる共同研究グループ(日本大・琉球大・沖縄県農業研究センター・かずさDNA研究所)は、パインアップルの主要な香りを決定する原因遺伝子を特定しました。
・甘い香りであるエステル、ココナッツ様の香りのラクトンはアルコールアシルトランスフェラーゼ遺伝子(AcAAT1)により作り分けられ、爽やかなスズラン様の香りのリナロールはリナロール合成酵素遺伝子(AcLIS1)により制御されます。保有するゲノムの種類により各遺伝子による香気成分の合成能力が異なり、その結果香り成分の含有量に品種・個体間で違いが生まれます。
・パインアップルの品種に見られる甘い香り、ココナッツ様の香り、モモ様の香り、カンキツ様の香りがなぜできるのか、そのメカニズムを特定しました。ニーズに合わせた特定の香りのパインアップルを、ねらい通りに選抜・デザインすることが可能となります。
・本成果は園芸学の国際誌 Horticulture Research に掲載されました。(掲載日2026年10月20日)
研究成果の概要
熱帯果樹であるパインアップルは、日本では主に沖縄県で栽培されています。沖縄県農業研究センターでは、パインアップルの新品種開発を進めており、モモのような香りのする「ソフトタッチ」は広く栽培されており、また近年はココナッツ様の香りの新品種「沖農P19(ホワイトココ)」を発表しています。これまで品種による香りの違いは重要視されていましたが、なぜ品種により異なる香りがするのか、そのメカニズムは明らかにされてきませんでした。
そこで、研究グループでは、パインアップルの香りのメカニズムを解明することを目的に、香気成分の分析・ゲノム解読を進め、以下の成果を得ることができました。
成果1:香りを左右する遺伝子(AcLIS1, AcAAT1)の特定
研究チームはパインアップルの交配集団87個体について、ゲノムデータおよび香気成分データの統合解析(QTL解析)を行いました。この結果、
第5染色体上に主要なエステル類(甘い香り)・ラクトン類(ココナッツ様の香り)の生成を制御する遺伝子である、アルコールアシルトランスフェラーゼ遺伝子(AcAAT1)を発見しました。また、
第20染色体上にリナロール(スズランの花のような爽やかな香り)の生成を担う遺伝子である、リナロール合成酵素遺伝子(AcLIS1)を発見しました。
成果2:パンゲノム解析の活用によるリナロール合成遺伝子AcLIS1の構造変異の特定
国内の主要品種の祖先となるパインアップルのパンゲノム解析(複数品種の全ゲノム解読・比較解析)を実施し、AcLIS1 遺伝子周辺におけるゲノムDNAの配列変化(構造変異)とリナロール合成能力の関係を明らかにしました(図1)。AcLIS1 遺伝子が正常に機能してリナロールを多く生成する「高リナロールタイプ」に対し、遺伝子末端の欠損によって不完全な転写産物となる「低リナロールタイプ1」や、転写自体が行われない「低リナロールタイプ2」が存在することを発見しました(図1)。これにより、
品種や個体間でリナロール含有量の違いが生じるメカニズムを分子レベルで特定しました。
図1. AcLIS1に見られるゲノムタイプ(対立遺伝子)とリナロール合成能力の関係
正常なAcLIS1を保持していた場合にはリナロール合成・蓄積が起こり、保持していなかった場合にはリナロールが蓄積されない。
※遺伝様式として、リナロール蓄積(高リナロールタイプ)が優性を示す。
成果3:生化学的解析と計算科学によるAcAAT1によるエステル・ラクトン生成メカニズムの提案
In vitro(試験管内)酵素アッセイにより、AcAAT1 酵素の特定の1箇所(405番目)のアミノ酸変異がエステル合成活性の強弱を直接コントロールしていることを生化学的に証明しました。さらに、分子動力学(MD)シミュレーションを用いた立体構造解析により、このアミノ酸変異がラクトン形成過程にも関与するモデルが提示されました(図2)。香りを決定する遺伝子としてAATは多くの植物で解析されていますが、
単一遺伝子のゲノムタイプ(対立遺伝子)の違いによって、エステル合成型、ラクトン合成型、低香型が存在していることは、パインアップルの AcAAT1 で初めて確認されました。
図2. AcAAT1 酵素のアミノ酸変異による香り成分合成・不活性化のモデル
エステル合成型:405番目のアミノ酸がフェニルアラニン。AcAAT1分子内をトンネル構造が貫通しており、片側からブチリルCoAが、もう片側からメタノールが入り、内部で分子間結合が起きる。
ラクトン合成型:405番目のアミノ酸がグリシン。トンネル構造が貫通しておらず、メタノールの侵入口がなくなっている。内部に4-ヒドロキシオクタノイルCoAが入った場合、基質分子内でのエステル合成反応が起こり環状エステルであるラクトンが合成される。
低香型:405番目のアミノ酸がシステイン。システインに含まれるチオール基(-S)が4-ヒドロキシオクタノイルCoAとのチオエステル結合を形成し、AcAAT1が不活性化する。
※遺伝様式として、低香タイプは劣性を示し、エステル合成型およびラクトン合成型は共優性を示す。
成果4:AcLIS1 と AcAAT1 の組み合わせによるパインアップルの香りタイプの分類
これまでに沖縄県農業研究センターで開発された品種集団を調査し、特定した2つの鍵遺伝子(AcLIS1, AcAAT1)と果実の香りの関係性について分類を行いました。
AcLIS1 によるリナロール(花香)の合成能と、AcAAT1 の対立遺伝子のタイプ(高エステル型、高ラクトン型、低香型)の組み合わせによって、果実がどの香りタイプになるかをマトリックスとして明快に分類しました(図3)。
例えば、モモのような香りがすることから「ピーチパイン」の愛称で親しまれている人気品種「ソフトタッチ」は「高ラクトン + 高リナロール」、ココナッツ様の香りが特徴の新品種「ホワイトココ(沖農P19)」は「高ラクトン + 低リナロール」、芳醇な甘い香りの「サンドルチェ(沖農P17)」は「高エステル + 高リナロール」のゲノムタイプをそれぞれ保持していることが裏付けられました。この成果を活用することで、今後は交配育種の苗の段階で「ねらった香りの新品種」を狙い通りに選抜・開発することが可能になると期待されます。
図3.香り遺伝子のタイプと期待されるパインアップル果実の香り
※ AcAAT1 において、高エステル型と高ラクトン型のヘテロ接合体となった場合は、高エステル型の形質(甘い香り)が優先して発現する。
今後の展望・社会的な意義
本研究の成果により、沖縄県で育成された特徴ある香りがどのようにできたのかが解明され、パインアップルの香りを分子レベル・遺伝子レベルでコントロールする基盤が確立されました。「甘い香り」「ココナッツ様の香り」「モモ様の香り」「カンキツ様の香り」「弱い香り」となるようなパインアップルを、ゲノム情報を基盤としてねらい通りに選抜・デザインすることが可能となります。
本研究で特定された遺伝子変異を「DNAマーカー」として活用することで、苗の段階で「将来、芳香豊かで高品質な果実を実らせる個体」を精度高く選抜できるようになり、パインアップルの品種改良の効率化が期待されます。
発表者・研究者等情報
日本大学生物資源科学部
奈島 賢児 バイオサイエンス学科 准教授
上吉原 裕亮 アグリサイエンス学科 准教授
袴田 航 バイオサイエンス学科 教授
琉球大学農学部 Yonathan Asikin亜熱帯生物資源科学科 准教授 和田 浩二 亜熱帯生物資源科学科 教授 (現:放送大学 沖縄学習センター 所長)
沖縄県農業研究センター
大嶺 悠太 主任研究員
前川 龍太 主任研究員(現:沖縄県庁)
小林 拓也 主任研究員(現:沖縄県庁)
竹内 誠人 果樹班長(現:沖縄県庁)
正田 守幸 支援主幹
かずさDNA研究所
白澤 健太 植物ゲノム生物学研究室 室長
広報に関するお問い合わせ
日本大学生物資源科学部
奈島 賢児 准教授
TEL:0466-84-3507
E-mail:nashima.kenji[at]nihon-u.ac.jp
琉球大学
Yonathan Asikin 准教授
TEL:098-895-8807
E-mail:y-asikin[at]cs.u-ryukyu.ac.jp
沖縄県農業研究センター
澤岻 哲也
TEL: 0980-52-0052
E-mail:takushtt[at]pref.okinawa.lg.jp
かずさDNA研究所
広報・教育支援センター 広報・教育支援グループ
TEL:0438-52-3930
E-mail:kdri-kouhou[at]kazusa.or.jp
※上記の[at]は@に置き換えてください。
【論文情報】
掲載誌: Horticulture Research(Oxford University Press出版)
論文タイトル: Pan-genomic analysis reveals structural variations in AcLIS1 and a key residue variation in AcAAT1 driving pineapple linalool, ester, and lactone profiles
著者名: Kenji Nashima, Yonathan Asikin, Yusuke Kamiyoshihara, Wataru Hakamata, Kenta Shirasawa, Koji Wada, Yuta Omine, Ryota Maekawa, Takuya Kobayashi, Makoto Takeuchi, Moriyuki Shoda
DOI: https://doi.org/10.1093/hr/uhag443
【研究助成】
本研究は、科研費(22H05172、22H05181、24K08901)および生物系特定産業技術研究支援センターによるイノベーション創出強化研究推進事業(JPJ007097)による助成により行われました。
【リリース発信元】 大学プレスセンター
https://www.u-presscenter.jp/