概 要
日本大学歯学部歯周病学講座の蓮池聡准教授、同学部感染症免疫学講座の今井健一教授らは、大阪大学微生物病研究所の幸谷愛教授らと共同で、成人の半数以上がかかるとされる歯周病の増悪に、ウイルスが関与している可能性を突き止め、世界で初めてそのメカニズムを解明しました。
歯周病は、細菌の毒素等によって歯を支える骨(歯槽骨)が溶かされていくと考えられてきました。ただ、臨床の現場では細菌の量が少ないにも関わらず急速に骨が溶けてしまう重症患者も存在するなど、細菌だけでは説明できないケースがありました。一方、歯周病患者からエプスタイン・バーウイルス(EBV)と呼ばれるウイルスが検出されることから、その関与が疑われていました。
研究グループは、ヒト化モデルマウスを用い、EBV感染 → 脂質分解酵素の増加 → ナノカプセルの膜改質 → 破骨細胞の活性化、というメカニズムで骨吸収を伴う歯周病様病変が起きることを突き止めました。また、実際の歯周炎患者でもこの脂質分解酵素が高発現していること、この酵素の阻害薬投与によって骨吸収に関連する分子の発現が抑制されることも発見しました。
今回の成果は新たな歯周病治療戦略の確立につながる可能性を秘めており、米専門誌『Journal of Lipid Research』に掲載されました。
掲載論文の詳細
タイトル:EBV promotes alveolar trabecula resorption via extracellular vesicle remodeling by group IIA secreted phospholipase A2
著者名:Akane Kanamori*, Akira Hasuike*, Kai Kudo*, Joaquim Carreras, Takanobu Shimizu, Shunya Nakayama, Ryo Yanagiya, Ryo Koike, Yorimasa Ogata, Osamu Takeichi, Shuichi Sato, Kiyoshi Ando, Naoya Nakamura, Makoto Murakami, Kenichi Imai†, Ai Kotani†
(*筆頭著者、†責任著者)
誌名:Journal of Lipid Research. 2026; 67(4): 101014. doi: 10.1016/j.jlr.2026.101014.
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0022227526000404
研究成果のポイント
① EBV 感染が、歯槽骨骨梁の減少と破骨細胞分化を誘導することを、ヒト化マウスモデルを用いて世界で初めて明らかにしました。
② EBV感染細胞由来のEVsが、破骨細胞分化関連分子であるCTSKおよびRANKLの発現を促進することを発見しました。
③ EBV感染により増加する脂質分解酵素sPLA2-IIAがEV膜を加水分解し、骨吸収を促進する脂質メディエーターを産生することを明らかにしました。
今回の研究成果を表す概念図
今回の研究成果の詳説
研究の背景
歯周炎は成人の半数以上が罹患する慢性炎症性疾患であり、歯槽骨の進行性破壊を主徴とします。歯周炎の原因細菌としてP. gingivalisなどが知られる一方、細菌感染のみでは急速進行性の重度歯周炎の病態を説明しきれない症例が存在します。近年、我々の研究成果含め世界各国から、EBVとの重複感染が歯周ポケット内で多く認められることが報告されるなど、EBVが歯周炎の発症・進行に関与する可能性が示唆されてきました。しかし、EBVが歯槽骨代謝を直接的に障害するメカニズムは解明されていませんでした。また、EBVは破骨細胞やその前駆細胞には直接感染しないことから、間接的な骨吸収促進機序が存在すると推測されていました。そこで本研究では、EVを介した細胞間情報伝達と、炎症性脂質代謝を制御するsPLA2-IIAの役割に着目し、その分子病態の解明を試みました。
結果の概要
研究チームはまず、CD34陽性臍帯血細胞を移植したヒト化NOGマウスにEBVを感染させ、顎骨の組織学的解析を実施しました。その結果、EBV感染マウスでは歯槽骨骨梁が菲薄化し、吸収窩が増加していること(図1)、さらに骨吸収マーカーであるカテプシンK(CTSK)、RANKL、TRAP陽性破骨細胞が増加していることを確認しました。一方、大腿骨頭や血清TRACP-5b値には有意差を認めず、骨吸収が歯槽骨に限局した局所的現象であることが示されました。
図1. EBV(Akata株)感染ヒト化マウスモデルを確立し、歯槽骨における海綿骨梁の疎化を認めた。
次に、EBV感染細胞(Akata LCL)由来のEVsを単核球系細胞(THP-1)に投与したところ、CTSK発現の早期増強に続いて、RANKおよびRANKL発現の上昇が確認されました。また、EBV感染細胞由来EVsにはM-CSFが含まれることが示され、EVsが破骨細胞分化促進に重要な役割を担うことが示唆されました。さらに、EBV感染によってPLA2G2A(sPLA2-IIA遺伝子)の発現が特異的に増強することを確認しました。EVs膜リン脂質をsPLA2-IIAで加水分解すると、リゾホスファチジン酸(LPA)、リゾホスファチジルコリン(LPC)などのリゾホスホリピドや、アラキドン酸(AA)などの脂質代謝物が増加しました。これらの脂質メディエーターは破骨細胞形成を促進しますが、sPLA2阻害薬添加により、その作用はin vitro(図2)およびin vivo(図3)の双方で有意に抑制されました。
最後に、歯周炎患者由来の歯肉溝滲出液(GCF)を解析した結果、sPLA2-IIAタンパク質量および関連脂質代謝物が患者群で有意に増加していました(図4)。また、EBVコピー数とsPLA2-IIA陽性率の間には正の相関が認められました(図5)。
これらの結果より、「EBV感染 → sPLA2-IIA増加 → EV脂質代謝変容 → 破骨細胞形成促進」という新たな分子病態連鎖が示されました。
図2. EBV感染細胞由来EVsおよびsPLA2-IIA処理EVsは、THP-1細胞におけるCTSK、RANKおよびRANKLの発現を亢進し、破骨細胞分化を促進した。
図3.マウス上顎口蓋側領域におけるH&E染色、CTSK免疫染色およびTRAP染色の代表像。PBS、sPLA₂-IIA、Akata LCL由来EV、またはsPLA2-IIA処理Akata LCL由来EVを投与した。EVは投与前にsPLA₂-IIAおよびsPLA2 阻害薬で処理した。
図4.歯周炎患者(n = 4)および健常者(n = 6)の歯肉溝滲出液(GCF)中のsPLA₂-IIA濃度をELISAにより定量した
図5. 慢性歯周炎患者(n = 9)の歯周ポケットにおけるsPLA₂-IIA陽性とEBVコピー数との関連。
考 察
本研究が提唱する骨吸収促進機序は、EBV感染細胞から放出されたEVが、sPLA2-IIAによって脂質リモデリングを受けることで、骨吸収促進性脂質メディエーターを産生し、破骨細胞形成を促進するというものです。この機序は、従来の細菌感染だけでは説明困難であった急速進行性歯周炎における重篤な骨吸収パターンや難治性歯周炎の病態を説明しうる可能性があります。また、P. gingivalisが産生する酪酸がEBVを再活性化することも報告されており、細菌とウイルスが相互作用しながら病態を悪化させる重要な知見と考えられます。
本研究成果が社会に与える影響 (本研究成果の意義)
本研究は、従来の「細菌−炎症」中心の歯周病病因論に対し、「ウイルス−脂質代謝−細胞外小胞」という新たな病態軸を提示するものです。 今後は、ヒト化マウスを用いた長期解析により、EBV感染が歯槽骨辺縁部骨吸収にも関与するかを検証します。また、EBVが骨芽細胞へ及ぼす影響についても解析を進める予定です。さらに、歯周基本治療によるEBV量およびsPLA2-IIA活性の変化を縦断的に解析し、EBVおよびsPLA2-IIAを標的とした新規治療介入の臨床的有効性を検証していきます。将来的には、sPLA2阻害薬やEBV制御を応用した新規歯周病治療法への展開が期待されます。
▼本件に関する問い合わせ先
日本大学歯学部歯周病学講座・准教授
蓮池 聡
TEL:03-3219-8107
メール:hasuike.akira@nihon-u.ac.jp
【リリース発信元】 大学プレスセンター
https://www.u-presscenter.jp/