イノシシの先祖はブタだった?下顎骨の出土遺跡から解明 現代日本の野生イノシシは、弥生時代のブタの遺伝子を受け継いだ

【本研究のポイント】
・島根県松江市の西川津(にしかわつ)遺跡出土の資料から、弥生時代のイノシシ類に家畜ブタが含まれていることを確認した。
・下顎骨の形態や年齢構成の分析により、当遺跡ではブタ飼育と野生イノシシ狩猟が併存していたことが明らかになった。
・さらにブタの形態を持つ資料に飼育個体と野生個体の混在が確認され、飼育ブタの再野生化と在来イノシシとの交雑を経て、現代の野生イノシシにその遺伝的影響が残ったと考えられる。


【研究概要】

 名古屋大学博物館ならびに大学院情報学研究科の新美 倫子 准教授は、元島根県埋蔵文化財調査センターの内田 律雄 氏との共同研究で、島根県松江市の西川津遺跡から出土した弥生時代のイノシシ類について、下顎骨に見られる家畜化現象注1)(イノシシとブタの形の違い)から、ブタが含まれていることを確認しました。
 また、これらの下顎骨を用いて年齢査定を行った結果、若齢個体が多い特徴を明らかにしました。若齢個体の多い年齢構成は、ブタを飼育していた他の弥生時代遺跡や中近世の遺跡で見られる特徴であり、西川津遺跡でも飼育が行われていたと考えられます。ただし、若齢個体の比率は上記の他遺跡に比べてやや低く、狩猟で捕獲された野生個体もかなり含まれていると思われます。
 さらに下顎骨の炭素・窒素安定同位体比測定注2)結果から、ブタの形態を持つ下顎骨にも飼育された個体と野生個体の両方が含まれることを明らかにしました。このことから、西川津遺跡で飼育されていたブタには逃げ出して再野生化する個体があり、それらが在来の野生イノシシと交雑した結果、弥生時代にはすでに日本の野生イノシシ個体群の中に中国大陸起源のブタの遺伝子が広く拡散していたと考えられます。現代の日本列島に住む野生イノシシはそれらの子孫なので、弥生時代のブタの遺伝子を受け継いでいる可能性があります。
 本研究成果は、島根考古学会の雑誌『島根考古学会誌』43集に掲載され、2026年6月20日に島根考古学会総会で公開されました。

【研究背景と内容】

 ブタは人間が長い時間をかけてイノシシを飼い慣らし、作り出した家畜です。日本列島の本州〜九州地域では縄文時代から野生イノシシ狩猟は行っていましたが、弥生時代になると中国大陸からブタが持ち込まれてブタ飼育が始まりました。弥生時代の大分県(下郡桑苗遺跡)や愛知県(朝日遺跡)では、新たに始まったブタ飼育と以前からの野生イノシシ狩猟が並行して行われていたことが知られています。
 そこで、筆者らは弥生時代の山陰地方でもブタ飼育が行われていたかどうかを確認するために、西川津遺跡(島根県松江市)(図1)において出土したイノシシ類(ブタと野生イノシシをまとめてこう呼ぶ)の下顎骨について「形態」と「個体群の年齢構成」を検討しました。 

図1 西川津遺跡の位置

①形態について
 野生のイノシシからブタを作り出す「家畜化」の過程では、骨の形が変化することが知られています。その代表的なものが頭や下顎が前後方向に短くなることですが、それに伴う変化として「下顎骨の前面がへこむ」や「下顎骨前面の立ち上がる角度が大きくなる」があります (図2)。
 西川津遺跡で出土した下顎骨93点の中で、下顎骨の前面を観察できる資料は26点ありました。これら26点のうち18点の下顎骨では前面がへこんでおり、4点では前面はへこまないが立ち上がる角度が大きくなっていました。つまり、26個体のうちの22個体、全体の8割以上の個体には家畜化現象が確認できました。なお、へこみの度合いは「明らかにへこむ」ものから「弱くへこむ」ものまでさまざまでした (図3)。この結果から見て、出土したイノシシ類の大部分は家畜化されたブタあるいはその子孫と言えます。

②年齢構成について
 次に、飼育されていたか否かを判定する指標として個体群の年齢構成に着目し、後臼歯の萌出状態注3)からブタの年齢を査定しました。飼育下では肉の生産効率を考えて若獣が選択的に屠殺(とさつ)されるので、若獣が多くなるからです。下顎骨93点のうち、後臼歯部分の残っている45個体で年齢を判定することができました。これらを幼獣(生まれてから第一後臼歯が萌出した0.5歳まで)・若獣(0.5歳からすべての歯が生え揃う3歳頃まで)・成獣(すべての歯が生え揃って以降)に分類したところ、幼獣:若獣:成獣=12個体(27%):19個体(42%):14個体(31%)となりました。さらにこの結果を、野生イノシシを狩猟していた縄文時代遺跡(愛知県の伊川津貝塚)およびブタが飼育されていた弥生時代遺跡(愛知県の朝日遺跡)や中近世の遺跡(沖縄県の東村跡)と比較しました(表1・図4)。

図2 下顎骨の前面 図3-1前面が明らかにへこむ出土下顎骨 図3-2 前面が弱くへこむ出土下顎骨
 

表1 各遺跡の年齢群別個体数とその比率

図4 各遺跡の年齢群ごとの比率

 図4を見ると、西川津遺跡の年齢構成パターンは若獣が多く、ブタが飼育されていた朝日遺跡や東村跡に類似しています。ただし、西川津遺跡では若獣の比率は「ほぼすべての個体が飼育されていた」東村跡よりかなり低く、「大部分の個体が飼育されていた」朝日遺跡よりもやや低くなっています。この点から、ブタ飼育は行っているが、飼育された個体の割合は朝日遺跡よりも低く、狩猟で捕獲した野生イノシシがそれなりに多いと思われます。
 さらに、これらの下顎骨のうち家畜化現象の見られる3点について、炭素・窒素安定同位体比測定を行いました(表2)。その結果を見ると、下顎骨①〜③のすべてでδ13C(炭素同位体比)は-20.8〜-21.0と低い値を示します。それに対してδ15N(窒素同位体比)は②が8.4と高い値を示す一方で、①と③は3.0〜4.7と低い値を示します。窒素同位体比が高いのは人間の食物の影響下にある、つまり残飯などの餌を与えられて飼育されていた個体であり、窒素同位体比が低いのは自然状態の食物を食べていた野生個体であると推定されます。特に①と②は下顎連合部前面が明らかにへこむ典型的なブタであり、これらに飼育されていた個体と野生個体の両方が含まれていることからは、以下のように考えることができます。
 西川津遺跡では中国大陸から導入されたブタを飼育していたが、それらはあまり厳密には管理されておらず、逃げ出して再野生化する個体も多くいました。その結果、形態はブタでありながら野生状態の個体が生じ、それらは在来の野生イノシシと交雑し増えていきました。つまり、弥生時代にはすでに日本の野生イノシシ個体群の中に中国大陸起源のブタの遺伝子が広く拡散していました。現代の日本列島に住む野生イノシシ個体群はそれらの子孫ですから、弥生時代に導入された中国大陸起源のブタの遺伝子を受け継いでいると思われます。

表2 炭素・窒素安定同位体比測定の結果

【成果の意義】

 山陰地方でも弥生時代にはブタ飼育が行われていたこととともに、野生イノシシもかなり狩猟していたことが明らかになりました。狩猟された個体が比較的多いのは、山陰地方の特徴かもしれません。
 そして、弥生時代にはすでに日本の野生イノシシ個体群の中に中国大陸起源のブタの遺伝子が広く拡散していたことから、現代の野生イノシシは古いブタの遺伝子を受け継いでいます。この「イノシシの先祖がブタだった」状況は、山陰地方に限らず日本列島さらには世界各地において、もともと野生イノシシしか生息していなかった社会に外から新たに家畜ブタが持ち込まれた際に広く起きる現象と考えられます。
 本研究は、文部科学省科学研究費補助金(JP24K04349・JP23K25410・JP23K22013)の支援のもとで行われたものです。

【用語説明】
注1)家畜化現象:
野生のイノシシからブタへの家畜化の過程で骨の形が徐々に変化することを利用して、遺跡から出土する野生イノシシとブタを見分けることができる。この過程で骨に起きるさまざまな変化には、下顎骨前面がへこむ・立ち上がる角度が大きくなる以外にも、頭蓋骨の額と鼻の境目に段ができるなどがある。

注2)炭素・窒素安定同位体比測定:
イノシシ類の身体は食べたものから作られており、エサとなった動植物は種によって異なる炭素・窒素安定同位体比を持っている。そこで、身体の同位体比を調べることで、どのような動植物を食べたかが分かる。測定には骨に含まれるコラーゲンを取り出し、それを試料とする。

注3)後臼歯の萌出状態:
個体の年齢が最も正確に分かる部位は顎骨。「生後何カ月でどの歯が萌出するか」は種によって決まっており、特に後臼歯(いわゆる奥歯)はその時期の個体差が小さいので、これらを用いて個体の年齢を査定する。萌出した歯は食物を噛むのに使われだすと摩滅が始まり、時間が経過するにつれ摩滅は進行する。

【論文情報】
雑誌名:島根考古学会誌43集
論文タイトル:西川津遺跡出土のイノシシとブタ
著者:新美倫子(名古屋大学)・内田律雄(元島根県埋蔵文化財調査センター)

▼本件に関する問い合わせ先
名古屋大学総務部広報課
TEL:052-558-9735
FAX:052-788-6272
メール:nu_research@t.mail.nagoya-u.ac.jp

【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/

この企業の関連リリース

この企業の情報

組織名
名古屋大学
ホームページ
https://www.nagoya-u.ac.jp/
代表者
杉山 直
上場
非上場
所在地
〒464-8601 愛知県名古屋市千種区不老町

検索

人気の記事

カテゴリ

アクセスランキング

  • 週間
  • 月間
  • 機能と特徴
  • Twitter
  • デジタルPR研究所