研究背景
てんかんは、脳の神経活動が一時的に乱れることで発作を繰り返す疾患です。なかでも焦点てんかんは、脳の一部から発作が始まるタイプのてんかんです。焦点てんかんの発作では、意識が保たれることもありますが、患者さんによっては発作中に意識障害をきたすことがあります。発作時の意識障害は、転倒や外傷、学業・就労・日常生活への影響、生活の質の低下につながる重要な症状です。また、焦点発作が全身けいれんを伴う発作へ進展する場合には、転倒・外傷に加え、てんかんによる突然死などの医学的リスクも高まるとされています。そのため、なぜ一部の患者さんでは発作時に意識障害や全身けいれんが起こりやすいのかを明らかにすることは、てんかん診療における重要な課題となっています。
これまでの研究では、発作時の意識障害は、主に発作中に生じる異常な脳活動や、その活動が脳内に広がる過程として理解されてきました。一方で、発作が起きていないタイミングでの脳内ネットワークの状態が、発作時に意識障害が起こりやすいかどうかに関係するのかは十分に分かっていませんでした。発作時の意識障害には、大脳皮質だけでなく、覚醒や意識の維持に関わる視床や脳幹を含む広い脳内ネットワークが関与すると考えられています。特に、CMNは大脳皮質や基底核と広く結びついており、意識や覚醒の調節に関わる領域として注目されています。しかし、ヒトの視床から直接記録した脳活動を用いて、発作時の意識障害に関わる脳内ネットワークを詳しく調べた研究は限られていました。また、発作が始まる領域(SOZ)だけでなく、発作が始まる領域ではない大脳皮質(non-SOZ)と視床との関係が、意識の保持にどのように関わるのかも明らかにはされていませんでした。
研究内容
本研究では、トロント大学(トロント小児病院)との国際共同研究により、てんかん外科手術前の精密評価として定位的頭蓋内脳波(SEEG)
*4を施行された小児焦点てんかん患者14例を対象としました。SEEGは、細い電極を脳内に留置し、脳の深部を含む複数の領域から脳波を直接記録する検査です。本研究では、このSEEG記録のうち、意識や覚醒に関わると考えられている視床中心正中核(CMN)を含む記録に着目しました。解析には、発作の直前・直後を避け、睡眠やてんかん性放電の影響がないことを確認した覚醒時の発作間欠期データを用いました。これにより、発作そのものの影響ではなく、患者さんがもともと持っている脳内ネットワークの特徴を評価しました。次に、CMNと大脳皮質とのつながり方を調べました。大脳皮質は、てんかん発作が始まる領域である発作起始領域(SOZ)と、発作起始領域ではない領域(non-SOZ)に分けて解析しました。具体的には、CMNとSOZ、CMNとnon-SOZの間で、脳活動のリズムがどの程度そろっているかを複数の周波数帯域ごとに評価しました。さらに、脳波の周波数成分を詳しく分けて調べる解析(FOOOF解析
*5)により、リズム性をもつ脳活動と、脳全体の背景活動を反映する成分を評価しました。
その結果、発作時に意識障害を伴う患者さんと伴わない患者さんでは、発作が起きていないタイミングから、CMNと大脳皮質との同期パターンに違いがあることが分かりました。特に、発作時に意識障害をきたしにくい患者さんでは、CMNとnon-SOZとの同期が、CMNとSOZとの同期に比べて相対的に保たれる傾向がみられました。この特徴は、シータ帯域、アルファ帯域、ベータ帯域といった複数の脳波リズムで認められました。この結果は、発作が起きていないタイミングにおいて、CMNと発作に直接関わらない大脳皮質とのネットワークが比較的保たれていることが、発作時の意識障害に対する抵抗性と関連している可能性を示しています。
一方、全身けいれんを伴う発作へ進展しやすい患者さんでは、ベータ帯域において、CMNとnon-SOZとの同期がCMNとSOZとの同期に比べて相対的に高いという特徴がみられました。さらに、CMNおよびSOZにおいて、脳全体の背景活動を反映する指標が低下しており、基礎的な神経活動の低下を示唆する所見も得られました。これらの結果から、焦点てんかんにおける発作時意識障害や発作の広がりやすさは、発作そのものの活動だけでなく、発作が起きていないタイミングから存在する視床—大脳皮質ネットワークの特徴にも影響を受けている可能性が示されました。特に本研究は、発作時意識障害を発作焦点だけの問題ではなく、意識を支える広範な視床—大脳皮質ネットワークの状態として捉える必要性を示すものです。
今後の展開
本研究は、てんかん発作時の意識障害の起こりやすさに関わる脳内ネットワークの特徴を、ヒトの視床から直接記録した脳活動に基づいて示した点に意義があります。
今後は、発作が起きていないタイミングでのネットワーク状態と、実際の発作中に生じる脳活動の変化を組み合わせて解析することで、意識障害がどのように発生するのかをより詳しく明らかにできる可能性があります。これにより、発作時に意識障害を起こしやすい患者さんを事前に評価するための指標開発につながることが期待されます。
また、本研究で注目したCMNは、脳深部刺激療法の標的としても研究が進められている領域です。将来的には、視床を標的とした神経調節治療により、発作の頻度を減らすだけでなく、発作時の意識障害そのものを軽減する新たな治療法の開発につながる可能性があります。さらに、本研究成果は、てんかんに限らず、ヒトの意識や覚醒を支える脳内ネットワークの理解にも貢献する可能性を秘めており、今後、頭部外傷や脳卒中後の意識障害・覚醒障害を対象とする脳深部刺激療法などの新しい外科治療への波及効果が期待されます。
研究費
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業 国際共同研究加速基金(国際共同研究強化)(JP23KK0294)、JSPS科学研究費助成事業 若手研究(JP23K15651)、中谷医工計測技術振興財団 技術交流助成(2023H2002)、日本てんかん研究振興財団 研究助成(JERF TENKAN 23,007)、生理学研究所(NIPS)共同利用・共同研究、横浜学術教育振興財団助成、横浜総合医学振興財団 わかば研究助成、および横浜市立大学医学部同窓会倶進会フェローシップ、The Hospital for Sick Children, Abe Bresver Chair in Functional Neurosurgeryの支援を受けて実施されました。
論文情報
タイトル:Interictal thalamocortical network configuration is associated with susceptibility to seizure-related impaired consciousness in focal epilepsy
著者:Yutaro Takayama, Kazumasa Uehara, Karim Mithani, Junya Honda, Sebastian Coleman, Hamshi Suganthan, Simeon Wong, Yousof Alrumayyan, Ayako Ochi, Puneet Jain, Keiichi Kitajo, Masaki Iwasaki, Tetsuya Yamamoto, James T. Rutka, Hiroshi Otsubo, George M. Ibrahim
掲載雑誌:NeuroImage
DOI:
https://doi.org/10.1016/j.neuroimage.2026.122028