【Nature Food誌掲載】東洋大学の研究グループが穀物の栄養改善へ 世界初「フィチン酸」を化学的に減らす新しい手法を開発 ~遺伝子改変を伴わず、イネとコムギの栄養価を改善~

東洋大学(東京都文京区/学長 矢口悦子)の生命科学部 廣津直樹教授、食環境科学部 加藤悦子教授、および東洋大学 大学院 生命科学研究科博士後期課程 赤羽根健生さん(現・理化学研究所 計算科学研究センター HPC/AI駆動型医薬プラットフォーム部門 創薬化学AIアプリケーションユニット 特別研究員)らの研究グループは、穀物中のミネラルのヒト体内吸収を妨げる物質「フィチン酸」を化学的に低減させる手法を世界で初めて開発しました。本研究成果により、世界的な栄養改善への貢献が期待されます。本研究成果は、2026年2月4日19時(日本時間)に国際学術誌「Nature Food」にオンライン公開されました。


■研究成果のポイント


鉄、亜鉛などの吸収を妨げる「フィチン酸」を、遺伝子を改変せずに低減させる新手法を開発

INO1酵素の化学的制御で、イネとコムギの種子中フィチン酸含量を約30〜40%低下

栄養改善やサステナブル農業への応用に期待



■研究の背景と成果

「フィチン酸」は、イネやコムギなどの穀物種子に多く含まれ、リンを貯蔵する役割を持つ一方で、鉄や亜鉛などのミネラルと強く結合し、ヒトにおけるミネラル吸収を妨げることが知られています。このため、発展途上国を中心に「hidden hunger(隠れた飢餓)」の一因であるとして、フィチン酸の低減法が研究されてきました。

従来の遺伝子改変に基づく穀物の低フィチン酸化アプローチでは、フィチン酸の生合成酵素を欠損させることでフィチン酸含量の低減には成功していましたが、発芽率や収量の低下という副作用があり、実用化が困難でした。 本学の研究チームは、フィチン酸生合成の初発段階を担う酵素INO1(myo-inositol 3-phosphate synthase 1)に着目し、この酵素に対する阻害剤の探索に取り組みました。ヒト医薬品の創薬研究で用いられるフラグメントベース創薬(FBDD)(※1)の手法を応用して、1,000種類以上の化合物から有用化合物をスクリーニング(※2)しました。その結果、INO1を選択的に阻害する化合物を複数発見。選抜した化合物をイネおよびコムギの穂に処理することで、穀粒中のフィチン酸含量を約30〜40%低減させることに成功しました(図1)。



図1:化合物によるフィチン酸低減の仕組みと効果上段は穀物の種子で行われるフィチン酸(InsP6)の合成経路を示しています。INO1はグルコース6リン酸(G6P)からミオイノシトール1リン酸(Ins(3)P1)を生成する反応を触媒します。本研究では、このINO1を特異的に阻害する化合物(PK0-28011、PK0-34741)を選抜しました。下段は、化合物を処理したイネおよびコムギの種子におけるフィチン酸含量を比較した結果です。INO1阻害化合物の処理によってイネでは約30%、コムギでは約40%のフィチン酸の低減が確認されました。

これらの化合物は発芽率や収量に影響を与えず、効果的に穀物の栄養価を改善できることも確認されました。さらに、X線結晶構造解析およびドッキングシミュレーション(※3)によって、化合物がINO1の基質ポケットに結合して機能を制御する分子機構も明らかにしました(図2)。

本研究は、ヒト医薬品の創薬研究で確立された化合物探索技術を植物科学に応用したものであり、分野横断的な“ケミカルバイオロジー型農業研究”の先駆例といえます。



図2:INO1立体構造と選択的阻害剤X線結晶構造解析で明らかにしたイネのINO1タンパク質立体構造(紺色)とドッキングシミュレーションにより予測されたINO1タンパク質の基質ポケットに結合するINO1選択的阻害剤PK0-28011(黄色)。左側はタンパク質の全体像を、右側はそのうち基質ポケット周辺の拡大図をそれぞれ示しています。

■今後の展望

本手法は、育種や遺伝子改変を必要としないため、世界中の多様な品種や在来系統にも迅速に適用できる可能性があります。また、同様の化学的スクリーニング手法を用いて他の標的タンパク質を選択的に阻害する化合物を探索することで、収量など他の重要形質の化学的制御にも応用可能だと期待されます。

赤羽根健生(あかばね たつき)さん(筆頭著者)のコメント:

「薬剤を“かけるだけ”で穀物の栄養価を改善できる手法を提示できたことは大きな成果だと感じています。共著者をはじめ、多くの皆様から賜りましたご支援とご助力に、心より感謝申し上げます。今後は、化合物の安全性評価や圃場試験にも取り組み、穀物の形質改善を通じて食糧問題の解決に貢献できるよう励んでまいります。」

■用語解説

※1 フラグメントベース創薬(FBDD):低分子化合物(フラグメント)を出発点として、標的タンパク質に結合する候補化合物を探索し、両者の相互作用情報に基づく構造最適化によって薬効の高い化合物を設計する創薬手法。FBDDは、Fragment Based Drug Discoveryの略。
※2 化合物のスクリーニング:標的タンパク質に対する結合活性など、目的の特性に基づいて大量の化合物を実験的または計算的に評価し、有望な化合物を選抜するプロセス。
※3 ドッキングシミュレーション:コンピューター上で標的タンパク質の結合部位に化合物を仮想的に結合させ、相互作用エネルギーや立体適合性を予測・評価する手法。

■研究プロジェクトについて

本研究は、理化学研究所、慶應義塾大学、株式会社 CRYO SHIP、農業・食品産業技術総合研究機構との共同研究として実施されました。
また、日本学術振興会(JSPS)の科学研究費補助金・基盤研究(C)(23K05066)および特別研究員DC2(23KJ1979)ならびに科学技術振興機構(JST)の次世代研究者挑戦的研究プログラム(JPMJSP2159)の支援を受けて実施しました。

■論文情報

掲載誌:Nature Food
論文タイトル:Chemical inhibition of INO1 reduces phytic acid in rice and wheat grains for enhanced micronutrient bioavailability

著者:赤羽根健生1,2,神野智司3,岡村幸輝1,菅谷与夢4,中村桃菜4,池田和由2,5,米澤朋起5,福嶋彩加1,小嶋渉太1,青木耀大4,中條さくら6,山内悠勢1,渋沢莉央子1,石丸健7,長坂征治1,4,加藤悦子6*,廣津直樹1,4*

1. 東洋大学 大学院生命科学研究科
2. 理化学研究所 計算科学研究センター HPC/AI駆動型医薬プラットフォーム部門 創薬化学AIアプリケーションユニット
3. 株式会社CRYO SHIP
4. 東洋大学 生命科学部
5. 慶應義塾大学 薬学部
6. 東洋大学 大学院食環境科学研究科
7. 農業・食品産業技術総合研究機構 作物研究部門
* 責任著者

DOI:https://www.nature.com/articles/s43016-026-01295-3

【学校法人 東洋大学について】

東洋大学は1887年に哲学者・井上円了により「哲学館」として創立され、「諸学の基礎は哲学にあり」「独立自活」「知徳兼全」を建学の精神としています。創立者の志を受け継ぎ、東洋大学の教育理念である「物事の本質に迫って深く考え、考察を重ねること」を基礎とし、科学する力、実践する力を育てることで、地球社会の様々な課題に取り組む力を養うことを目指しています。
2025年度現在、白山、赤羽台、川越、朝霞キャンパスに14学部51学科専攻と大学院15研究科を擁する総合大学へと発展しました。

<東洋大学HP> https://www.toyo.ac.jp/

■ 本研究に関するお問い合わせ

東洋大学 生命科学部 生物資源学科
教授 廣津 直樹(ひろつ なおき)
E-mail: hirotsu@toyo.jp

東洋大学 食環境科学部 食環境科学科
教授 加藤 悦子(かとう えつこ)
E-mail: katoh@toyo.jp

【本件に関する報道関係の方からの問い合わせ先】
東洋大学 総務部広報課TEL:03-3945-7571  MAIL:mlkoho@toyo.jp 

【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/

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組織名
東洋大学
ホームページ
https://www.toyo.ac.jp/
代表者
矢口 悦子
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非上場
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〒112-8606 東京都文京区白山5-28-20

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