免疫不全患者における難治性COVID-19の臨床および分子病態を解明

―患者体内における変異ウイルスの出現と他の感染症の合併が重症化に関与―

藤田医科大学医学部血液内科学講座(愛知県豊明市)入山智沙子1准教授、冨田章裕2教授、同ウイルス学講座 村田貴之教授、同微生物学講座 土井洋平教授、病理診断学講座 塚本徹哉3教授、北海道大学病原微生物学講座 市川貴也1大学院生、福原崇介4教授、国立感染症研究所感染病理部 鈴木忠樹部長、飯田俊主任研究官を中心とした多施設共同研究グループは、免疫不全患者における難治性の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2※1)感染症(COVID-19※2)について、抗ウイルス薬※3などを含む治療に耐性を示し、感染が持続し長期化する病態を、臨床的、分子生物学的の両側面から明らかにしました。本研究の成果は、難治性COVID-19に罹患した免疫不全患者の予後改善を目指した、新たな治療戦略開発の基盤となることが期待されます。
本研究成果は、2025年3月18日、米国科学アカデミーによる科学雑誌PNAS Nexus誌オンライン版で公開されました。
https://academic.oup.com/pnasnexus/advance-article/doi/10.1093/pnasnexus/pgaf085/8083008

1共同筆頭演者、2共同責任著者、3現所属 藤田医科大学研究推進本部腫瘍医学研究センター 教授
4現所属 九州大学大学院医学研究院ウイルス学分野 教授



<研究成果のポイント>
  • 難治性COVID-19患者の治療経過中に、患者体内で抗ウイルス薬に耐性を示す新たな変異株が出現することを確認
  • ウイルス遺伝子の特定の変異が、抗ウイルス薬の耐性化に関わることを証明
  • 難治性COVID-19患者では、その他のウイルス、真菌、細菌などの感染を合併(重複感染)することが更なる重症化に関与することを確認
  • 耐性化ウイルスの出現抑制を目的とした抗ウイルス薬の早期投与など、生命予後の改善を目指した新たな治療戦略の考案が重要であることを示唆

<背 景>
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染症(COVID-19)は、ワクチン接種の普及や、抗体治療薬、抗ウイルス薬の開発によって予後が改善してきています。しかし、日本におけるCOVID-19に関連する死亡者数は累計13万人を超え(2024年8月時点)、現在に至るまでその数は増え続けており、未だ生命を脅かす重篤な感染症であることにかわりはありません。特に、高齢者やがん治療を行っているなどで免疫力が低下した患者さんにおいては、抗ウイルス薬投与にも関わらず感染が長期化、重症化することが日々の臨床現場で経験されています。血液がん患者など一部の免疫不全患者さんにおいては、ワクチン接種後の抗体獲得効果が乏しいことが明らかとなっていますが、抗体が得られない患者さんにおいても、治療に効果を示しCOVID-19が治癒する症例が数多く存在する一方で、感染が遷延し致死的となる患者さんも一定数存在します。そのような治療抵抗性COVID-19患者における病態を明らかとし、命を救うことは、現在のがん診療の現場における一つの大きな課題となっています。


<研究手法・研究成果>
1)COVID-19が長期化した症例の臨床的な特徴 
今回の研究では、悪性リンパ腫治療後にCOVID-19を発症した患者さん3例に着目し、多方面から詳細な解析を行いました。これらの患者さんでは、COVID-19が1~7カ月と長期間遷延し、2名は死亡されました。経過中、抗体治療薬や抗ウイルス薬など、各種治療を行いましたが、SARS-CoV-2のウイルス量は減少せず、高い値で経過していました(図1)。特徴的だったのは、COVID-19発症時に免疫細胞の一つである「CD4陽性リンパ球数」が3名とも著明に減少していることでした。また患者さんが亡くなった後の病理解剖の結果から、SARS-CoV-2感染のみでなく、サイトメガロウイルスや、真菌感染症、菌血症といったその他の感染症を合併していたことが明らかとなり(図2)、これらの「重複感染」が予後不良に関わる一因となっていると考えられました。

2)COVID-19が長期化した症例のウイルス学的な特徴 
3名の患者さんから、経過に沿ってウイルスを採取し、SARS-CoV-2の遺伝子配列を次世代シーケンサー※4で解析を行ったところ、同じ患者さんの体内において、様々な遺伝子変異※5を持つウイルスが出現、消失することが分かり、いわゆる遺伝子変異の「時間的な多様性」の獲得が明らかとなりました(図1、下段)。病理解剖を行った1名では、左右の肺や気管など場所によっても一部異なる変異があり、その部位ごとに新たに変異を獲得したこと、いわゆる遺伝子変異の「空間的な多様性」の獲得が推測されました。経過中に検出した変異のうち、抗ウイルス薬であるレムデシビル※6の作用に影響を及ぼすと推測される部位(NSP12)における変異(V792I, M794I)、およびウイルスのスパイク蛋白の構造に関与し、抗体薬であるソトロビマブの効果に影響を及ぼすと推測される部位における変異(E340A, E340D, F342INS)などを、検出しました。


3)抗ウイルス薬「レムデシビル」耐性化※7に関わる遺伝子変異の確認
NSP12の2つの変異(V792I、M794I)が、実際にレムデシビル耐性に関わるかどうかを確認するため、細胞株とハムスターを用いて基礎実験を行いました。SARS-CoV-2を感染させた細胞におけるウイルスの量を比較する検討では、レムデシビルが存在しない条件では、変異なし(WT)と変異あり(V792I, M794I)との間に、増加するウイルス量に差は認められませんでしたが(図3左)、レムデシビルが存在する条件では、変異なしではウイルスの増殖が抑制されるのに対し、変異ありでは抑制の効果が乏しいことが示されました(図3右)。この結果は、経過中に出現したNSP12の変異(V792I, M794I)が、レムデシビル耐性化に関わることを示唆しています。



<今後の展開>
高齢者や、血液がん治療中・治療後など、免疫力が著しく低下した患者さんにおいて、COVID-19は現時点でも死に至る可能性がある、特に注意すべき感染症です。そのような患者さんやサポーターの方々には、ワクチン接種ほか感染予防の徹底が、引き続き重要であると考えられます。また、感染してしまった場合には、できる限り早く専門医(主治医)に相談し、ご自身の状態に合わせた適切な治療を早期にうけていただくことが重要です。
医療現場においては、治療の早期開始を基本として、特に感染の遷延化が懸念される症例においては、体内における耐性ウイルスの発生を許さない、病態に合わせた新たな治療戦略の考案が望まれます。また、COVID-19が長期化した症例における「重複感染」にも十分配慮して診療を行うことは、重症化を防ぐ重要なポイントの一つとして留意しておく必要があります。


<用語解説>
・※1 SARS-CoV-2
Severe acute respiratory syndrome coronavirus 2
重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2
新型コロナウイルスの正式名称。
・※2 COVID-19
Corona virus infectious disease 2019
新型コロナウイルス感染症
SARS-CoV-2による感染症。2020年1月30日に、世界保健機関(WHO)により、国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(PHEIC)として宣言された。
・※3 抗ウイルス薬
SARS-CoV-2が細胞内に侵入し、ウイルスが増殖する際に必要な酵素の機能を阻害するなどして、ウイルスの増殖を抑制する薬剤。現在、レムデシビル(点滴静注薬)、ニルマトレルビル/リトナビル(内服薬)、モルヌピラビル(内服薬)、エンシトレルビル(内服薬)が臨床現場で使用可能である。
・※4 次世代シーケンサー
遺伝子配列を、一度に大量に読むことができる遺伝子解析機器。一回の解析で、数百から数千の遺伝子に対して配列決定をすることができる。
・※5 遺伝子変異
遺伝子は4種の塩基(アデニン、グアニン、シトシン、チミン)の配列によって構成されている。遺伝子からメッセンジャーRNA(mRNA)が転写され、mRNAが翻訳されて蛋白質が作られる。蛋白質はさまざまな機能を持ち、細胞ほかウイルスの働きも調節している。遺伝子の変異とは塩基配列の異常を意味し、結果として蛋白質の機能に影響を与える。
・※6 レムデシビル
SARS-CoV-2が細胞内で増殖するためには、ウイルスが産生するRNAポリメラーゼが必要である。レムデシビルはこのRNAポリメラーゼの機能を阻害して、ウイルスの増殖を抑制する薬剤。SARS-CoV-2感染の症状出現後、速やかに投与を開始することが推奨されている。入院治療を要するCOVID-19患者において標準的に投与されている薬剤であり、重症化リスク因子のある軽症患者から重症までに至らない患者における治療効果が示されている。
・※7 レムデシビル耐性化
RNAポリメラーゼ(蛋白質)の元となる遺伝子の一部に変異が生じると、蛋白質の構造が変化し、レムデシビル本来の効果が発揮できなくなると推測される。薬剤が本来もつ効果が認められなくなる現象を「耐性化」と呼ぶ。


<文献情報>
■論文タイトル
Clinical and molecular landscape of prolonged SARS-CoV-2 infection with resistance to remdesivir in immunocompromised patients
SARS-CoV-2感染が遷延しレムデシビル耐性を示した免疫不全患者の臨床的・分子生物学的背景

■著者
Chisako Iriyama1*, Takaya Ichikawa2,3,4*, Tomokazu Tamura2,5,6, Mutsumi Takahata7, Takashi Ishio7, Makoto Ibata7 Ryuji Kawai8, Mitsunaga Iwata8, Masahiro Suzuki9, Hirokazu Adachi10, Naganori Nao6,11, Hikoyu Suzuki12, Akito Kawai9, Akifumi Kamiyama2, Tadaki Suzuki13, Yuichiro Hirata13, Shun Iida13, Harutaka Katano13, Yasushi Ishii14, Takahiro Tsuji14, Yoshitaka Oda15, Shinya Tanaka15,16, Nanase Okazaki14,Yuko Katayama14,Shimpei Nakagawa14, Tetsuya Tsukamoto17, Yohei Doi9,18,19,20, Takasuke Fukuhara2,5,6, 21,22#, Takayuki Murata18,23, Akihiro Tomita1#
*共同筆頭著者 #共同責任著者

1. Department of Hematology, Fujita Health University School of Medicine, Toyoake
2. Department of Microbiology and Immunology, Faculty of Medicine, Hokkaido University, Sapporo
3. Department of Hematology, Faculty of Medicine, Hokkaido University, Sapporo
4. Department of Hematology, Sapporo City General Hospital, Sapporo
5. Institute for Vaccine Research and Development, HU-IVReD, Hokkaido University, Sapporo
6. One Health Research Center, Hokkaido University, Sapporo
7. Department of Hematology, Sapporo-Kosei General Hospital, Sapporo
8. Department of Emergency and General Internal Medicine, Fujita Health University School of Medicine, Toyoake
9. Department of Microbiology, Fujita Health University School of Medicine, Toyoake
10. Department of Microbiology and Medical Zoology, Aichi Pref. Institute of Public Health, Nagoya
11. Division of International Research Promotion, International Institute for Zoonosis Control, Hokkaido University, Sapporo
12. Digzyme Inc., Tokyo
13. Department of Pathology, National Institute of Infectious Diseases, Tokyo
14. Department of Pathology, Sapporo City General Hospital, Sapporo
15. Department of Cancer Pathology, Faculty of Medicine, Hokkaido University, Sapporo
16. Institute for Chemical Reaction Design and Discovery (WPI-ICReDD), Hokkaido University, Sapporo
17. Department of Diagnostic Pathology, Fujita Health University School of Medicine, Toyoake
18. Center for Infectious Disease Research, Fujita Health University, Toyoake
19. Department of Infectious Diseases, Fujita Health University School of Medicine, Toyoake
20. Division of Infectious Diseases, University of Pittsburgh School of Medicine, Pittsburgh, PA, USA
21. Laboratory of Virus Control, Research Institute for Microbial Diseases, Osaka University, Suita
22. AMED-CREST, Japan Agency for Medical Research and Development (AMED), Tokyo
23. Department of Virology, Fujita Health University School of Medicine, Toyoake

■DOI
10.1093/pnasnexus/pgaf085


本件に関するお問合わせ先
学校法人 藤田学園 広報部 TEL:0562-93-2868 e-mail:koho-pr@fujita-hu.ac.jp

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