ヒトとマウスでは違う? 卵子・初期胚で働くヒトDPPA3によるUHRF1の機能阻害機構を解明
本研究成果は、「Communications Biology」に掲載されました(2024年6月19日)。
研究成果のポイント
- X線結晶構造解析法でヒト由来のUHRF1とDPPA3の複合体構造を決定。
- DPPA3とUHRF1の相互作用はマウスとヒトで異なることを発見。
- ヒトDPPA3はマウスと比べてUHRF1の機能阻害効果が弱いことから、異なる分子機構でUHRF1の機能を制御する可能性を示唆。
研究背景
研究グループはまず、以前の研究で明らかにしたマウスDPPA3:UHRF1複合体構造をもとにして、ヒトDPPA3のC末端領域とヒトUHRF1 PHD finger*7が相互作用に重要であることを明らかにしました。しかし試験管内での実験から、マウスDPPA3はUHRF1 PHD fingerに非常に強く結合しますが、ヒトDPPA3はマウスDPPA3に比べてUHRF1 PHD fingerとの結合が約30倍も弱いことがわかりました。この相互作用の強さの違いを調べるために、X線結晶構造解析法でヒトDPPA3とヒトUHRF1 PHD fingerの複合体構造を2.45Å分解能で決定しました。以前に報告したマウスDPPA3:UHRF1 PHD finger複合体では、DPPA3間で保存されたアミノ酸配列であるVal-Arg-Thr (VRT) 配列に加えて、そのC末端の2本のα-ヘリックス*8構造がUHRF1 PHD fingerと相互作用し、強固な結合を実現していました。今回決定したヒトDPPA3とUHRF1 PHD fingerの構造では、ヒトDPPA3のVRT配列はマウスDPPA3と同じ様式で相互作用に寄与していました。しかし、ヒトDPPA3のC末端にはα-ヘリックスは1本しか形成されていませんでした。また、このヒトDPPA3のα-ヘリックスはUHRF1 PHD fingerとの相互作用には直接的に関与していないことがわかりました。これにより、マウスDPPA3に比べてヒトDPPA3はUHRF1 PHD fingerとの相互作用面積が少なく、このことがヒトDPPA3とマウスDPPA3の結合の強さに反映されていることがわかりました。
さらにヒトDPPA3によるUHRF1の機能阻害を調べるために、アフリカツメガエルの卵抽出液を用いた解析を行いました(東京大学 西山敦哉准教授との共同研究)。その結果、マウスDPPA3はUHRF1のクロマチン局在を阻害し、DNAメチル化を抑制する働きがありました。しかし、ヒトDPPA3はUHRF1のクロマチン局在をあまり阻害できず、DNAメチル化の抑制もほとんどできないことがわかりました。これらの結果から、ヒトDPPA3はUHRF1の機能阻害を起こす十分な働きを発揮できず、卵子や初期胚ではヒトDPPA3はマウスDPPA3とは異なる分子機構でUHRF1の機能阻害を起こすことが示唆されました。
今後の展開
本研究では、卵子形成や生殖に必須なヒト由来DPPA3とUHRF1の相互作用様式について、X線結晶構造解析法を用いて構造生物学的な観点から解明しました。さらに、これまでにマウスで得られていた知見とは異なるメカニズムで、ヒトDPPA3がUHRF1の機能阻害をする可能性を提唱しました。それでは、ヒトDPPA3はどのような機構でUHRF1の機能阻害をするのでしょうか? 興味深いことに、アミノ酸配列の解析からヒトDPPA3はマウスDPPA3よりも液-液相分離*9を起こしやすいことが示唆されました。このことから、液滴という特殊な環境下でヒトDPPA3はUHRF1の機能阻害を起こす可能性が考えられます。また、天然変性タンパク質は翻訳後修飾*10を受けやすいことから、ヒトDPPA3とマウスDPPA3では異なる翻訳後修飾が導入されることで、その機能が制御される可能性が考えられます。
今後、ヒトDPPA3の液滴形成能や翻訳後修飾を解析し、その細胞機能を明らかにすることで、卵子形成や生殖の基本原理の理解、DPPA3やUHRF1の制御不全が起こす不妊の原因に関する知見が得られることが期待されます。
研究費
論文情報
タイトル: Structure of human DPPA3 bound to the UHRF1 PHD finger reveals its functional and structural differences from mouse DPPA3
著者:Nao Shiraishi, Tsuyoshi Konuma, Yoshie Chiba, Sayaka Hokazono, Nao Nakamura, Md Hadiul Islam, Makoto Nakanishi, Atsuya Nishiyama, Kyohei Arita
掲載雑誌:Communications Biology
DOI:https://www.nature.com/articles/s42003-024-06434-9
*1 DNAメチル化:DNA中のシトシン塩基の5位の炭素にメチル基(CH3-)が付加される反応。ヒトでは主にCG配列中のシトシン塩基がメチル化される。DNAメチル化により、遺伝子の発現が抑制されると考えられている。生物の体(多細胞の形質)を形成するために必須であり、DNAメチル化異常はがん化の原因の一つである。
*2 UHRF1:DNAメチル化維持に必須の役割をするタンパク質。片鎖メチル化DNAへの結合や、9番目のリジンがメチル化されたヒストンH3への結合、ヒストンH3や複製因子PAF15のユビキチン化など様々な機能を発揮することで、DNAメチル化パターンの複製を誘導する。がん細胞では過剰発現しており、異常な細胞増殖に関与する。
*3 DPPA3:母親由来の遺伝子から発現する母性因子であり、卵子形成に重要な働きをする。卵子形成の過程でUHRF1に結合して、クロマチン局在の抑制と異常なDNAメチル化を防ぐ働きをする。
*4 X線結晶構造解析法:精製したタンパク質を結晶化し、放射光から発生する高輝度なX線を照射し、得られた回折イメージから結晶中のタンパク質の電子密度の情報を得る。得られた電子密度にアミノ酸をモデリングして、タンパク質の詳細な立体構造情報を得る方法。
*5 溶液NMR法:核磁気共鳴(Nuclear Magnetic Resonance, NMR)法は、強い磁場中に置かれた原子核から発せられる信号(NMR信号)を観測し、分子の構造を解析する手法。
*6 天然変性タンパク質:特定の立体構造を形成しないタンパク質の事を天然変性タンパク質と呼び、結合相手の形に合わせて自身の構造を変化させて結合する。
*7 PHD finger:UHRF1の一部の領域で、タンパク質間相互作用に関与する。DPPA3に加えてヒストンタンパク質など様々なタンパク質の結合の足場となる。
*8 α-ヘリックス:タンパク質中の局所的な構造体で、左巻きのらせん状の構造を形成している領域。
*9 液-液相分離:細胞内で特定の生体分子が液滴状に凝集し、他の液体部分と分離する現象。これにより、細胞内で局所的な反応環境が形成され、特定の生化学的プロセスが効率的に進行する。天然変性タンパク質は液滴を形成しやすいことが知られている。
*10 翻訳後修飾:細胞内で合成(翻訳)されたタンパク質が受ける化学的な修飾。リン酸化、アセチル化、メチル化などの化学修飾がタンパク質の構造や機能を制御する。