魚類胚の卵黄多核層における糖新生を発見--北里大学

北里大学

北里大学海洋生命科学部の古川史也講師、清水茉莉乃(博士課程)、児玉孝文(修士課程)、台湾・中央研究院のPung-Pung Hwang博士(Distinguished Research Fellow)、東京大学大学院理学系研究科附属臨海実験所の黒川大輔助教、東京大学大気海洋研究所の高木亙助教、城西大学理学部の佐野香織准教授、徳島大学大学院医歯薬学研究部の馬場麻人教授らの研究グループは、ゼブラフィッシュ、クサフグ、およびトラザメの胚を用いて研究を行い、発生途中の魚類が持つ「卵黄多核層」と呼ばれる特別な細胞層にグルコースを合成(糖新生)する能力があることを発見しました。  この研究成果は3つの研究論文としてそれぞれ、PNAS Nexus(2024年3月21日付)、Comparative Biochemistry and Physiology Part A(2024年5月10日付)、Physiological Reports(2024年5月29日付)に掲載されました。 ■研究成果のポイント ・卵生脊椎動物の胚がどのようにグルコースを得ているかは不明であった ・真骨魚類(ゼブラフィッシュ・クサフグ)および板鰓類(トラザメ)の卵黄多核層がグルコースを合成することを発見 ・他の脊椎動物で類似の現象は知られておらず、比較研究が待たれる ■研究の背景  血糖値の上昇や下降が私たちの体に重大な影響をもたらすことからも想像できる通り、グルコース(ブドウ糖)はヒトを含むほとんどの動物にとって非常に重要な糖質です。そのため、多くの脊椎動物は主に肝臓を使い、血糖値が一定になるよう調節しています。すなわち、グルコースが不足する時はこれを合成し、過剰な時はグリコーゲン等に変換して蓄えています。  さて、グルコースは成体にとってだけでなく、卵が受精して発生していく過程(胚の段階)でも重要な役割を持っています。そのため、ヒトを含む哺乳類では普通、母体内で母親から胚へ常にグルコースが供給されており、これが胚の正常な発生を助けています。しかし、魚類をはじめとした卵生(卵で生まれる)脊椎動物の胚は多くの場合、母親から離れており、お腹のあたりにため込まれている卵黄の栄養のみを使って発生を進めなければなりません。しかし、この卵黄中にはタンパク質や脂質が豊富に含まれている一方で、グルコースをはじめとした炭水化物は非常に少ないということが知られています。  これまでに、卵生脊椎動物の卵黄にはほとんどグルコースがないものの、こうした胚は正常に発生できることが知られていました。また、いくつかの魚類(マダイ、タラ、ゼブラフィッシュ)の発生過程では、元々ほとんどなかったグルコースが増加することが報告されていました。しかし、このグルコースがどこから来るのかは、これまで知られていませんでした。また興味深いことに、この現象はグルコース調節の中心器官である肝臓が形成されるよりも前に起こっているようでした。 ■研究内容と成果 【ゼブラフィッシュの卵黄多核層でおこる糖新生を発見: 論文1】  一般に動物が体内でグルコースを合成するための方法としては、次の2つがあります:(1)細胞内でグルコースが鎖状に重合した貯蔵糖質である「グリコーゲン」を分解する方法、(2)アミノ酸、乳酸、グリセロールなどの「糖質以外の物質」から新たにグルコースを合成する方法(糖新生)。  そこで、私たちは発生学のモデル生物としてよく使われるコイ目の淡水魚、ゼブラフィッシュ(図1A)を用い、彼らの発生過程で体内にある代謝物がどのように増減するのかを調べました。その結果、受精後12時間以降でグルコースが増加し、さらに同じタイミングでグリコーゲンも増加していました(図1B)。このことから、少なくとも糖新生が関与していることが疑われました。  そこで、安定同位体炭素13(13C)で作られたアミノ酸(グルタミン酸とアラニン)、乳酸、グリセロールを用意し、これをゼブラフィッシュの卵黄内に注入しました(図1C)。13Cは通常の炭素12 (12 C)よりも質量が大きいため、13Cで作られたアミノ酸や乳酸、グリセロールがその後「どの物質」に変化したのかを、質量分析法で追跡可能です。この実験の結果、ゼブラフィッシュの体内で上記全ての物質、特にグルタミン酸がグルコースに変化している(糖新生に使われている)ことが分かりました。  次に、この糖新生が彼らの体内の「どこで起こっているのか」を調べるため、糖新生に必須な酵素群を作る遺伝子の発現分布を調べました。その結果、ゼブラフィッシュの卵黄を包む「卵黄多核層」でそれらの遺伝子が多く発現していることを発見しました(図1D)。これらのうち一つの遺伝子の働きをCRISPR/Cas9法で阻害したところ、糖新生が大幅に減少することが分かりました。これらのことから、ゼブラフィッシュの卵黄多核層が糖新生を行うことが分かりました。 【クサフグ卵黄多核層でも糖新生が行われている: 論文2】  ゼブラフィッシュは「真骨魚類」というグループに属する魚ですが、ウナギやサケ、タイ、ヒラメ、ブリ、キンギョ、メダカなど、実は我々が普段目にするほとんどの「いわゆるお魚」も同様です(チョウザメやガー、ハイギョなどは違います。もちろんサメも)。真骨魚類は、哺乳類や鳥類、爬虫類、両生類、板鰓類(サメやエイの仲間)などを含む「脊椎動物」全体の種数の約半数を占める大所帯で、かなりバラエティに富んでいるグループです。そのため、「ゼブラフィッシュで分かったことは、真骨魚類全体に言えることなの?」と言われると、大いに疑問が残ります。そこで、コイ目の淡水魚であるゼブラフィッシュとの比較対象として、真骨魚類の中でもしばしば「特殊化が進んだグループ」と言われているフグ目に属する海産魚クサフグ(図2A)を用いて、類似の検討を行うことにしました。  クサフグの場合、ゼブラフィッシュでグルコースが増加していたのとほぼ同じタイミングでグリコーゲンのみがわずかに増加しました(図2B青矢印)。その後、孵化とほぼ同時期のタイミングでは、グルコースとグリコーゲンが大幅に上昇していました(図2B赤矢印)。この時、糖新生に関連する多くの遺伝子が卵黄多核層と肝臓で発現していました(図2C)。  これらの結果から、クサフグでは卵黄多核層と肝臓が協調してグリコーゲンやグルコースを合成し、胚への糖質の供給を行っていることが推察されます。また、まだ検討の余地はあるものの、卵黄多核層で糖新生を行うのは真骨魚類の中ではある程度共通しているのかもしれません。 【トラザメがもつ「卵黄多核層様組織」での糖新生: 論文3】  ここまでの結果から、ゼブラフィッシュとクサフグでは、卵黄多核層で糖新生が起こっていました。実はこの「卵黄多核層」は少し特殊な組織で、真骨魚類の発生のごく初期に、細胞が卵黄表面に融合してできるものです(図3A)。この卵黄多核層は例えばチョウザメにはなく、カエルや哺乳類でも見つかっていません。一方で、一部の鳥類や板鰓類(サメ・エイの仲間)の発生過程では、卵黄多核層(または卵黄多核層様組織)が発見されています(図3B)。それでは、彼らの卵黄多核層も同様に糖新生を行うのでしょうか?なぜなら、発生過程でグルコースが必要なのは彼らも同様のはずだからです。  そこで私たちは、板鰓類の中でも小型で卵が入手可能なトラザメ(図3C)を使って研究を行いました。その結果、卵が産まれた直後にはあまりなかったグルコースが、発生が進むと増加していることが分かりました(図3D)。また、このグルコースは胚体にはあまりなく、胚体のお腹についている卵黄嚢(卵黄が詰まった袋)に多く含まれていました。卵黄嚢にはグリコーゲンがありましたが、その量は増加したグルコースに比べて微量でした。そのため、卵黄嚢の中で糖新生が行われている可能性が考えられました。  卵黄嚢内の大部分はタンパク質と脂質で構成される卵黄が占めていますが、表面付近には「卵黄多核層様組織」や内胚葉、血管、皮膚などがあります(図3B)。そこで、卵黄を除去した卵黄嚢(表面付近の組織)をシート状に切り取り、いくつかのC13含有代謝物を含む培養液に入れました。3時間の培養後、質量分析により調べた結果、グリセロールとアラニン(アミノ酸の一種)からグルコースが合成されていることが分かりました(図3E)。すなわち、卵黄嚢で糖新生が行われていたのです。  卵黄嚢にある「どの細胞」が糖新生を行うのかを明らかにするため、やはり同様に遺伝子の発現分布を調べました。その結果、予想通り、初めに「卵黄多核層様組織」に多くの遺伝子が発現していました。さらに発生ステージが進んで内胚葉層が出現すると、内胚葉層も協調して働いていました(図3F)。 ■今後の展開  一連の研究の結果、真骨魚類2種、および板鰓類1種の卵黄多核層(または卵黄多核層様組織)で糖新生が行われていることが分かりました。卵黄多核層の進化的起源は未だに不明であり、また板鰓類の卵黄多核層様組織がどのように出来上がるのかは不明な点が多いです。そのため、板鰓類の卵黄多核層様組織と真骨魚類の卵黄多核層が共通の祖先をもつのか、あるいはその見た目や機能が偶然似てしまったのかは今のところ不明です。また、前述の通り、鳥類でも卵黄多核層の存在が確認されていますが、その機能は未だによく分かっておらず、真骨魚類や板鰓類との比較も行われていません。脊椎動物の中のいくつかのグループで見られる卵黄多核層が、どのように進化して現在の姿になり、現在の機能を獲得してきたのかを調べるのは大変興味深いです。  また、前述の通り、発生過程で重要な機能を持つグルコースが、卵黄多核層を持つグループにのみ糖新生という形で補充されているのか否かも重要な問題です。チョウザメやカエルではどのようになっているのでしょうか?彼らは糖新生を行わないのでしょうか?あるいは、卵黄多核層以外の細胞を使ってこれを行うのでしょうか?今後の研究が待たれます。 ■論文情報 【論文1】 掲載誌:PNAS Nexus 論文名:Gluconeogenesis in the extraembryonic yolk syncytial layer of the zebrafish embryo 著 者:古川史也, 青柳晶大, 佐野香織, 鮫島啓太, 後藤美空, Yung-Che Tseng, 池田大介, Ching-Chun Lin, 内田勝久, 奥村誠一, 安元剛, 神保充, Pung-Pung Hwang. DOI:10.1093/pnasnexus/pgae125 掲載日:2024年3月21日 (本研究はJSPS科研費 JP11J02539、JP18K14524、JP21K19276、JP22H02426、北里大学学術奨励研究(若手研究)、中央研究院AS-IA-108-L03、および台湾Ministry of Science and Technology (MOST) 109-2326-B-001-007の助成を受けたものです。) 【論文2】 掲載誌:Comparative Biochemistry and Physiology Part A: Molecular & Integrative Physiology 論文名:Gluconeogenesis during development of the grass puffer (Takifugu niphobles) 著 者:児玉孝文, 渡邉晟也, 栢沼勇魚, 佐々木麟, 黒川大輔, 馬場麻人, 神保充, 古川史也. DOI:10.1016/j.cbpa.2024.111663 掲載日:2024年5月10日 (本研究はJSPS科研費 JP21K19276、JP22H02406の助成を受けたものです。) 【論文3】 掲載誌:Physiological Reports 論文名:Gluconeogenesis in the YSL-like tissue of cloudy catshark (Scyliorhinus torazame) 著 者:清水茉莉乃, 高木亙, 酒井勇気, 栢沼勇魚, 古川史也. DOI:10.14814/phy2.16088 掲載日:2024年5月29日 (本研究はJSPS科研費 JP18K14524、JP21K19276、JP22H02426、および北里大学学術奨励研究(若手研究)の助成を受けたものです。) ■問い合わせ先【研究に関すること】  北里大学海洋生命科学部  講師 古川史也  e-mail:fumiya@kitasato-u.ac.jp 【報道に関すること】  学校法人北里研究所 総務部広報課  TEL:03-5791-6422  e-mail:kohoh@kitasato-u.ac.jp 【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/

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