妊娠中の母親の葉酸血中濃度と乳児期の川崎病発症との関連

横浜市立大学

 神奈川ユニットセンター(横浜市立大学大学院医学研究科 発生成育小児医療学 福田清香、伊藤秀一、国立成育医療研究センター データサイエンス部門 小林徹、京都大学大学院医学研究科 臨床統計学 田中司朗)の研究チームは、環境省が主導するエコチル調査の約9万組の母子のデータを用いて、妊娠中の母親の血液中の葉酸濃度、妊娠中の葉酸サプリメントの摂取頻度と生まれた子どもの生後12カ月までの川崎病の発症との関連について解析しました。
 その結果、妊娠中の血液中の葉酸濃度が高い母親から生まれた子どもは川崎病の発生リスクが約30%低くなることが明らかになりました。血液中の葉酸濃度が高い母親は、妊娠中の葉酸サプリメント摂取頻度が高いことから、母親が妊娠中に葉酸サプリメントを摂取することによって生まれてくる子どもの川崎病の発症リスクを低下させられる可能性を示しています。妊娠前から妊娠初期のサプリメントによる葉酸摂取は、胎児の神経管閉鎖障害の予防に有効で厚生労働省・こども家庭庁も摂取を強く推奨しています。本研究の結果は妊娠期間全般の葉酸摂取における、新しいメリットを示している可能性があります。
 本研究の成果は、令和5年12月28日付でAmerican Medical Associationから刊行される医学分野の学術誌「JAMA Network Open」に掲載されました。
※本研究の内容は、すべて著者の意見であり、環境省および国立環境研究所の見解ではありません。


1.発表のポイント
・エコチル調査に登録された母子について、妊娠中期から後期の母親の血液中の葉酸濃度、妊娠中の
 葉酸サプリメントの摂取頻度と生まれた子どもの生後12カ月までの川崎病の発症との関連について
 解析した。
・妊娠中期から後期の葉酸サプリメント摂取頻度が高い母親は、血液中の葉酸濃度も高い傾向があり
 生まれた子どもが川崎病を発症するリスクが約30%減少する可能性が示された。

2.研究の背景
 平成22(2010)年度から環境省が開始した「子どもの健康と環境に関する全国調査(以下、エコチル調査)」は、全国の約10万組の親子を対象にした、日本最大の出生コホート研究であり、現在も進行中の研究です。主な目的は、胎児期から小児期における化学物質やその他の環境因子へのばく露が、子どもの健康に及ぼす影響を調べることです。臍帯血、血液、尿、母乳、乳歯等の生体試料を保存・分析するとともに、追跡調査を行い、それらをもとに、さまざまな因子が子どもの健康に及ぼす影響を調査しています。
 エコチル調査は、国立環境研究所が研究の中心機関であるコアセンターを務め、国立成育医療研究センターに医学的支援のためのメディカルサポートセンターが設置され、日本の各地域で調査を行う15の大学を中心とした地域調査拠点となるユニットセンター実務を担当し、これらの機関が環境省と協働して調査を実施しています。
 川崎病は1967年に小児科医・川崎富作博士により報告された、乳幼児に好発する原因不明の疾患です。全身の血管に炎症が生じ、後遺症として心臓を栄養する冠状動脈に瘤(こぶ)が発生し、最悪の場合には心筋梗塞を起こし突然死してしまうことが大きな問題です。日本は世界で最も川崎病の発生が多い国で、現在年間約1万人以上の新規患者が発生し、乳幼児の100人に1人が罹患すると推定されています。
 今回、私たちが実施した先行研究*で関連が指摘された、妊娠中期から後期の母親の葉酸サプリメント摂取に注目し、血液中の葉酸の濃度も加えて、生まれた子どもの生後12カ月までの川崎病発症との因果関係について詳しく検討しました。
*Sci Rep. 2021;11:13309.

3.研究内容と成果
 エコチル調査に登録された妊婦から生まれた104,062人の子どものうち、流産、死産、調査への協力辞退、母親の妊娠中の葉酸摂取に関する情報が得られていないなどにより対象外になった方を除いた87,702人が、本調査の対象となりました。このうち336人の子どもが1歳までに川崎病を発症しました。
 87,702人の子どもの母親を、妊娠中期から後期の葉酸サプリメント摂取頻度によって4つの群(毎日、週1回以上、月1回以上、摂取なし)に分け、母親の妊娠中の血液中の葉酸濃度の分布を検討したところ、サプリメント摂取頻度が高い群ほど葉酸濃度もより高くなるという傾向が明らかになりました。
 さらに、母親の血液中の葉酸濃度や葉酸サプリメント摂取頻度と子どもの川崎病発症との因果関係を評価するために、プロペンシティスコア解析の手法を用いて検討しました(表参照)。その結果、妊娠中期から後期の血液中の葉酸濃度が高い母親から生まれた子どもは、生後12カ月までの川崎病の発症頻度が約30%低いことが明らかになりました。また、妊娠中期から後期の葉酸サプリメント摂取頻度が高い母親から生まれた子どもも、川崎病の発症頻度が約30%低い傾向が示されました。一方、母親の食事からの葉酸摂取量は、川崎病を発症した子どもと発症しなかった子どもの間では差がなく、葉酸サプリメントの摂取が血液中の葉酸濃度を高めていることが分かりました。
 葉酸はビタミンB群の一種に分類される必須の栄養素です。特に、胎児の神経管閉鎖障害の予防効果は多くの研究によって証明されていることから、多くの国々で妊娠前から妊娠初期の葉酸サプリメント摂取が推奨されています。今回の研究結果は妊娠中、特に中期から後期の葉酸サプリメント摂取は母親の血液中の葉酸濃度を高め、その結果として子どもの川崎病の発症リスクを下げる可能性があり、改めて妊娠全期間を通しての葉酸サプリメント摂取が推奨される根拠を示したと考えられます。

4.今後の展開
 今回は、生後12カ月までに川崎病を発症した子どもを対象に研究を行いました。川崎病は大半の患者が6歳までに発症することから、今後は解析年齢を6歳まで拡大し、出生後の他の因子も含めて、川崎病の発症に関連する因子について探索します。その際、本研究で検討した母親の妊娠中の血液中の葉酸濃度や葉酸サプリメントの摂取との関連についても再検討する予定です。また、母親の妊娠中の血液中の葉酸濃度が、何歳まで生まれた子どもの川崎病の発症を減らす可能性があるかについても解析を進める予定です。

5.参考図
表:プロペンシティスコア解析の結果
曝露
川崎病発症
(人)
調整
オッズ比
95%
信頼区間
妊娠中期から後期の母親の血液中の葉酸濃度
    
低値群 (<10 ng/mL)

     高値群 (≥10 ng/mL)
 

267/64,468 (0.41%)

 56/20,698 (0.27%)
 

対照

0.68
 
0.50–0.92
妊娠初期の母親の葉酸サプリメント摂取

     摂取なし

     摂取あり (≥1回/週)
 

203/48,053 (0.42%)

131/39,098 (0.34%)
 

対照

0.83
 
0.66–1.04
妊娠中期から後期の母親の葉酸サプリメント摂取

     摂取なし

     摂取あり (≥1回/週)


242/56,427 (0.43%)

 94/31,275 (0.30%)
 


対照

0.73
 
0.57–0.94

それぞれの曝露因子と子どもの川崎病の発症との関連について、プロペンシティスコアで調整したロジスティック回帰分析を行いました。妊娠中期から後期の血液中の葉酸濃度が高い母親から生まれた子どもは、川崎病の発症頻度が低く、妊娠中期から後期の葉酸サプリメントを週に1回以上摂取していた母親から生まれた子どもも、川崎病の発症頻度が低いことが明らかになりました。妊娠初期の母親の葉酸サプリメント摂取も、有意ではありませんが、同様の傾向であることが分かりました。

6.補足
 妊娠前から妊娠初期のサプリメントによる葉酸摂取は、胎児の神経管閉鎖障害の予防に有効であるという根拠はすでに確立しており、世界中で妊婦の葉酸サプリメント摂取が推奨されています。日本でも2000年に厚生労働省から、妊娠可能な年齢の女性における妊娠前から妊娠初期に通常の食事に加えてサプリメントなどの葉酸補助食品から一日0.4mgの摂取が勧められる旨の通知が示されています。しかし、実際に摂取している女性はまだまだ少なく、周産期における母子保健上の大きな課題になっています。 

7.用語解説
  • 川崎病:川崎病は1967年に川崎富作博士により報告された疾患で、日本人に多く、主に乳幼児に発症します。全身の血管に炎症が生じ、後遺症として心臓を栄養する冠状動脈に瘤(こぶ)が発生し、最悪の場合には心筋梗塞を起こし突然死してしまうことが大きな問題です。本当の原因は未だに明らかになっていません。
  • プロペンシティスコア解析:本研究のような観察研究では様々なバイアスが生じます。特に、母親の血液中の葉酸濃度高値・低値や葉酸サプリメント摂取あり・なしによって、解析対象となった子どもの背景因子にばらつきが存在しました。この解析手法を用いることで、バイアスを補正しより正しく因果関係を検討することができます。

8.発表論文
題名:Maternal serum folic acid levels and onset of Kawasaki disease in offspring during infancy

著者名(英語):Sayaka Fukuda, MD, PhD1), 2), Shiro Tanaka, PhD3), Chihiro Kawakami, PhD1), Tohru Kobayashi, MD, PhD4), Shuichi Ito, MD, PhD1), and the Japan Environment and Children’s Study Group5)

1) Department of Pediatrics, Graduate School of Medicine, Yokohama City University,
  Yokohama, Japan
2) Department of Pediatrics, Saiseikai Yokohamashi Tobu Hospital, Yokohama, Japan
3) Department of Clinical Biostatistics/Clinical Biostatistics Course, Graduate School of Medicine,   Kyoto University, Kyoto Japan
4) Department of Data Science, Clinical Research Center, Hospital, National Center
for Child Health and Development, Tokyo, Japan
5) the Japan Environment and Children’s Study Group


1、2 福田清香:横浜市立大学大学院医学研究科 発生成育小児医療学、済生会横浜市東部病院 小児科
3 田中司朗:京都大学大学院医学研究科 臨床統計学
1 川上ちひろ、伊藤秀一:横浜市立大学大学院医学研究科 発生成育小児医療学 
4 小林徹:国立成育医療研究センター 臨床研究センター データサイエンス部門
5 グループ:エコチル調査運営委員長(研究代表者)、コアセンター長、メディカルサポートセンター代表、各ユニットセンターから構成

掲載誌:JAMA Network Open
DOI: http://doi.org/10.1001/jamanetworkopen.2023.49942
 

 

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