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近畿大学医学部(大阪府大阪狭山市)内科学教室(腫瘍内科部門)医学部講師 高濱隆幸と、鳥取大学医学部(鳥取県米子市)附属病院呼吸器内科・膠原病内科特任助教 阪本智宏、北九州市立医療センター(福岡県北九州市)呼吸器外科 松原太一らを中心とした研究グループは、特定非営利活動法人西日本がん研究機構(WJOG)において、株式会社テンクー(東京都文京区)、武田薬品工業株式会社(東京都中央区)と実施した共同研究で、日本における肺がん患者を対象とした遺伝子検査の実施状況について調査しました。その結果、治療方針決定のために必要な遺伝子検査を十分に受けられていない症例があることが判明しました。
本件に関する論文が、令和5年(2023年)12月16日(土)AM1:00(日本時間)に、臨床医学領域の国際的な科学雑誌"JAMA Network Open(ジャマ ネットワーク オープン)"にオンライン掲載されました。
【本件のポイント】
●全国29の医療機関で肺がんと診断された患者1,479人を対象に、治療方針決定のために必要な遺伝子検査の実態を調査
●複数の遺伝子を対象としたマルチ遺伝子検査を受けた患者は47.7%にとどまり、普及に課題があると判明
●肺がん患者のより良い治療を実現するために、遺伝子検査のさらなる普及が急務
【本件の背景】
肺がんは、進行速度や治療効果の違いによって、小細胞肺がんと非小細胞肺がんに大別され、そのうち非小細胞肺がんは肺がん全体の8~9割を占めています。非小細胞肺がんは、原因遺伝子(ドライバー遺伝子※1)が複数知られており、治療の際はどの遺伝子に異常があるかを特定し、結果に応じて分子標的治療※2 薬を用いることが、日本肺癌学会の発行する「肺癌診療ガイドライン2022年版」で推奨されています。ドライバー遺伝子の異常の特定は、従来一つの遺伝子に一つの検査(単一遺伝子検査)を行うことが通常でしたが、一つずつ検査を行うのでは費用も時間もかかり、適切な診断に結びつかないことがあります。そのため、令和元年(2019年)と令和4年(2022年)に、複数の遺伝子を同時に検査できるマルチ遺伝子検査が保険適用となり、検査の幅が広がりました。
しかし、これらのマルチ遺伝子検査は、測定のための検体が多く必要で患者に負担がかかったり、結果返却に時間を要するといった課題も指摘されており、十分に普及していない可能性が指摘されています。そのため、異常のある遺伝子に応じて個別化医療を受けるべき肺がん患者が、そもそも適切な遺伝子検査を受けられていないという懸念があります。
【本件の内容】
研究グループは、肺がん患者の遺伝子検査実施の正確な実態把握を目的として、全国29の医療機関において診断された1,500例の非小細胞肺がん症例における、遺伝子検査実施の有無を調査しました。その結果、86.1%の症例では何らかの遺伝子検査が行われていましたが、マルチ遺伝子検査は全体の47.7%しか実施されておらず、治療方針決定のために必要な遺伝子検査を十分に受けられていない症例があることが判明しました。
【論文概要】
掲載誌:JAMA Network Open(インパクトファクター:13.8@2022)
論文名:
Biomarker Testing in Patients With Unresectable Advanced or Recurrent Non-Small Cell Lung Cancer
(切除不能な転移・再発非小細胞肺癌患者におけるバイオマーカー診断の現状)
著者 :阪本智宏1、松原太一2、高濱隆幸3※、横山俊秀4、中村敦5、時任高章6、岡本龍郎7、赤松弘朗8、沖昌英9、佐藤悠城10、飛野和則11、池田慧12、森雅秀13、三村千尋14、前野健15、三浦理16、原田敏之17、西村邦裕18、平岡学19、釼持広知20、藤本淳也21、下川元継22、山本信之8、中川和彦3(所属は執筆当時)
※ 責任著者、研究代表
所属 :1 鳥取大学医学部附属病院 呼吸器内科・膠原病内科 、2 北九州市立医療センター 呼吸器外科、3 近畿大学医学部内科学教室(腫瘍内科部門)、4 倉敷中央病院 呼吸器内科、5 仙台厚生病院 呼吸器内科、6 久留米大学医学部医学科内科学講座 呼吸器・神経・膠原病内科部門、7 九州がんセンター 呼吸器腫瘍科、8 和歌山県立医科大学 内科学第三講座、9 名古屋医療センター 呼吸器内科、10 神戸市立医療センター中央市民病院 呼吸器内科、11 飯塚病院 呼吸器内科、12 神奈川県立循環器呼吸器病センター 呼吸器内科、13 大阪刀根山医療センター 呼吸器腫瘍内科、14 神戸大学大学院医学研究科 内科学講座・呼吸器内科学分野、15 名古屋市立大学大学院医学研究科 呼吸器・免疫アレルギー内科学、16 新潟県立がんセンター新潟病院 内科、17 JCHO北海道病院 呼吸器内科、18 株式会社テンクー、19 武田薬品工業株式会社、20 静岡県立静岡がんセンター 呼吸器内科、21 テキサス大学MDアンダーソンがんセンター 胸部/頭頚部腫瘍内科、22 山口大学大学院医学系研究科 医学統計学分野
【研究の詳細】
研究グループは、所属する西日本がん研究機構(WJOG)において、全国29の医療機関で令和2年(2020年)7月から令和3年(2021年)6月までの期間に初めて非小細胞肺がんと診断をされた1,500人の患者の情報を登録し、うち1,479人を対象として調査を実施しました。その結果、何らかの遺伝子検査は全体の86.1%の症例で実施されていましたが、マルチ遺伝子検査は全体の47.7%の症例でしか実施されていませんでした。
また、ドライバー遺伝子変異の有無と標的治療の有無に分類して、患者の生存期間を比較しました。(1)遺伝子検査の結果ドライバー遺伝子が見つかり、分子標的治療を受けた患者、(2)遺伝子検査の結果ドライバー遺伝子が見つかったが、対応する分子標的治療薬を受けられなかった患者、(3)検査の有無に関わらずドライバー遺伝子が見つからなかった患者、それぞれの生存期間を解析したところ、患者の生存期間中央値は(1)24.3カ月、(2)15.2カ月、(3)11.0カ月でした。これらの結果から、できるだけ多くの遺伝子検査が適切に実施され、その結果に基づく分子標的治療が行われることが、患者のより良い治療成績につながることが示唆されました。
また、遺伝子検査が実施されない理由として、パフォーマンスステータス(PS)※3 不良、合併症、組織型※4 扁平上皮がんの影響があげられました。しかし、PS不良例であっても、ドライバー遺伝子が見つかった場合には症状の改善が期待でき、扁平上皮がんの症例においてもドライバー遺伝子陽性の症例は見つかっているため、改善の余地があると考えられます。
以上の結果から、遺伝子検査を十分に受けられていない患者が潜在的に存在する可能性があり、日本において肺がんのより良い治療を実現するためには、さらなるマルチ遺伝子検査の普及が望ましいことを明らかにしました。研究グループは、今後もさらに追跡調査を継続し、予後なども解析する予定です。
【研究代表者コメント】
高濱隆幸(たかはまたかゆき)
所属 :医学部内科学教室(腫瘍内科部門)
職位 :医学部講師
学位 :博士(医学)
コメント:肺がんの治療方針を決定するために、がんの原因遺伝子を調べて、一人一人の患者に適した治療薬を提案する、「個別化医療」が可能になっています。個別化医療を受けていただくためには、患者が「遺伝子検査」を適切に受けられるようにしなければいけません。今回の研究結果から、遺伝子検査の普及には課題も見つかりました。我々研究者は、より多くの患者が自分の病気の原因遺伝子を知り、最善の治療を受けていただけるよう、今後も協力して検査の普及と治療法の開発に取り組んで参ります。
【用語解説】
※1 ドライバー遺伝子:がんの発生や進行に直接的な役割を果たす遺伝子のこと。
※2 分子標的治療:がん遺伝子により産生されるタンパク質などを標的として、その働きを抑えたり、「がん周囲の環境を整える因子」を標的にしたりして、がん細胞が増殖しにくい環境を整える治療のこと。
※3 パフォーマンスステータス(PS):全身状態の指標の一つで、患者の日常生活の制限の程度を示す。0~4の5段階に分類され、数字が大きいほど制限が大きいことを示す。
※4 組織型:肺がんの組織を顕微鏡などで診断した際、「小細胞肺がん」、「非小細胞肺がん」の2つに分類され、非小細胞肺がんはさらに「腺がん」、「扁平上皮がん」などに分類される。これらの分類のことを「組織型」という。一般的に、「腺がん」ではドライバー遺伝子が見つかりやすいと言われているが、今回の研究では「扁平上皮がん」でもドライバー遺伝子が見つかっている。
【関連リンク】
医学部 医学科 医学部講師 髙濱隆幸(タカハマタカユキ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/1828-takahama-takayuki.html
医学部 医学科 特任教授 中川和彦(ナカガワカズヒコ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/755-nakagawa-kazuhiko.html
医学部
https://www.kindai.ac.jp/medicine/
▼本件に関する問い合わせ先
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メール:koho@kindai.ac.jp
【リリース発信元】 大学プレスセンター
https://www.u-presscenter.jp/