フィールド環境敷設のマルチコアファイバケーブルで、 世界で初めて毎秒1.6テラビット光伝送実験に成功 ~大規模データセンタネットワークにおけるイーサネットの大容量化技術として期待~
本実験では、1レーンあたり毎秒400 ギガビットを超えるIM-DD光信号の送受信を、イーサネット標準の波長帯域(O帯)において実証し、世界で初めて、フィールド環境において1ファイバあたり毎秒1.6テラビットの超高速IM-DD信号の10 km伝送実験に成功しました。本成果は、NTT独自の超広帯域ベースバンド増幅器ICモジュール(※4)と、超高精度なデジタル信号処理技術、およびマルチコアファイバを用いた空間多重伝送技術の高度な融合により達成されました。
本成果は、従来の実用レベルの4倍以上となる大容量化を実証し、大規模データセンタネットワークの更なるスケーラビリティ向上の可能性を示したものであり、次世代イーサネットのコア技術として期待されます。
本技術の詳細は、10月1日からイギリス、グラスゴーで開催される国際会議ECOC2023(European Conference on Optical Communications)の伝送部門において査読委員から最も高く評価されたトップスコア論文(※5)として採択され、10月5日(現地時間)に発表されます。なお、本研究成果の一部は,国立研究開発法人情報通信研究機構の委託研究「高度通信・放送研究開発委託研究(採択番号20301)」により得られたものです。
1.研究の背景
近年の映像データ流通の爆発的な増加やクラウドサービスの拡大や5Gサービスの普及などにより、通信トラフィックは今後も増え続けることが予測されています。これに伴い、多数のユーザからのデータセンタへの膨大なアクセスにより、データセンタ内及びデータセンタ間におけるトラフィックの増大が見込まれます。
2.技術上の課題
データセンタネットワークではデータ信号の伝送方式としてイーサネット規格が適用されており、IEEE802.3規格として毎秒400ギガ(G)ビットまでの標準化が完了しています。まずネットワークトラフィックの増大が著しいデータセンターットワークに最新のイーサネット規格に則ったモジュールが積極的に導入され、規格が成熟するにつれてより広いネットワーク基盤で使用されるというサイクルが続いています。また、次期標準化規格として毎秒800ギガビットおよび毎秒1.6テラ(T)ビットのイーサネット規格の議論が開始されています(図1)。将来の大規模データセンタネットワークには毎秒1.6テラビットの大容量イーサネットが求められており、これを経済的に実現するためには、既存の規格における伝送距離を維持しつつ1レーンあたり毎秒400ギガビットへ高速化し、1つのファイバかつ少ないレーン数(4レーン)で並列伝送する必要があります。これを実現するにあたり、現行の技術と課題を以下に示します。
【現行の技術】
- 多くのイーサネット規格ではマルチレーン分配方式により並列伝送を行い、イーサネットの高速化を実現しています。例えば毎秒400ギガビットのイーサネット信号の伝送では、1レーンあたり毎秒100ギガビットの信号を4つ並列に伝送します。並列化の方法として、複数波長を用いる波長分割多重(WDM※7)方式、または複数の光ファイバを用いる(PSM※8)方式が用いられます。
- イーサネットでは簡易な送受信機構成でデータ信号を伝送する強度変調直接検波(IM-DD※2)方式を用いることが経済化の有効な手段として用いられています。
- イーサネットでは伝送距離として2 km、10 km、及び40 kmなどの規格が定められており、将来の大規模データセンタネットワークにおいても、データセンタ内及びデータセンタ間のイーサネット接続を広くサポートする10 kmの伝送距離が必要です。
- 最新のイーサネット標準規格では、1レーンあたり毎秒100ギガビットの信号を、シンボルレート(※9)約53GBaudで4値のパルス振幅変調(※10)方式(PAM4)を用いて、IM-DD方式で実現しています。
- 従来と同じPAM4を用いて1レーンあたり毎秒400ギガビットに高速化するためには、信号のシンボルレートを200 GBaud以上に高速化する必要がありました。このような超高速信号を高品質に送信するには、光送受信機内の電気の増幅器(光変調器駆動用のドライバアンプ)の広帯域化が必要となります。
- 信号の高速化に伴い、光送受信機内および光ファイバ伝送路で歪んだ信号を、受信側で極めて高精度に補償するデジタル信号処理技術も必要であり、従来技術で1レーンあたり毎秒400ギガビットの信号を送受信することは困難でした。
- このような超高速信号では、光ファイバ伝送路で生じる波形歪みの影響がシンボルレート(変調速度)の2乗に比例して極めて顕著に現れ、信号品質が著しく劣化するため、既存の光ファイバ1本に従来方式(WDM方式)のように4つの異なる波長を多重して10 kmの伝送を実現することは困難でした。
今回、1レーンあたり毎秒400 ギガビットを超えるIM-DD光信号の送受信を、イーサネット標準の波長帯域(O帯)において実証し(図2左図)、世界で初めて、フィールド環境において1ファイバあたり毎秒1.6テラビットの超高速IM-DD信号の10 km伝送実験に成功しました(図1右図)。本成果は、NTT独自の超広帯域ベースバンド増幅器ICモジュールと、超高精度なデジタル信号処理技術、およびマルチコアファイバを用いた空間多重伝送技術の高度な融合により達成されました。
4.今後の展開
本技術を用いることで、従来の実用レベルの4倍以上となる大容量化を実現し、将来の大規模データセンタネットワークで利用される1ファイバあたり毎秒1.6テラビットを超えるイーサネット信号を高信頼に伝送することが期待されます。これにより、クラウドサービスの拡大や5Gサービスの普及等による通信トラフィックの爆発的な増加への対応が可能となります。
NTTでは、IOWN/6Gにおけるオールフォトニクス・ネットワークの実現に向けて、独自のデバイス技術、デジタル信号処理技術、光伝送技術の融合を深化させ、研究開発を進めていきます。
【別紙】本研究の技術詳細
1. 1レーンあたり毎秒400ギガビット超高速IM-DD信号の送受信技術
これまでNTTで研究開発を進めてきたInP系ヘテロ接合バイポーラトランジスタ(InP HBT)技術(※11)による110 GHzまでの周波数に対応する超広帯域ベースバンド増幅器ICモジュール(※4)を、光送信回路内の光変調器駆動用ドライバアンプとして適用しました。また、従来のPAM4方式よりシンボル速度を3/4倍に低減できるPAM8方式を新たに適用することで、1レーンあたり毎秒400ギガビットの超高速IM-DD信号(155 Gbaud PAM8)の安定な光信号生成を可能としました(図3左下①)。受信側では、NTT独自のデジタル信号処理技術により、非線形最尤系列推定(※12)を用いてデジタル信号処理で光送受信機内および伝送路で歪んだ信号を高精度に模擬します。この模擬信号と受信信号とを比較することにより、受信信号のビット誤り率を大幅に低減し、1レーンあたり毎秒400ギガビットの超高速PAM8信号の高品質な受信を可能としました(図3右下)。
2. 1ファイバあたり毎秒1.6テラビット超高速IMDD信号の10kmマルチコアファイバ伝送実証
NTTで開発したInP HBT技術による超広帯域ベースバンド増幅器ICモジュールと非線形最尤系列推定により、1レーンあたり毎秒400ギガビットの超高速IM-DD信号の送受信が可能となりました。これを毎秒1.6テラビットの信号とするためには、毎秒400ギガビットの超高速IM-DD信号を4並列に伝送する必要があります。光ファイバ伝送路中では、波長分散(※13)等による信号波形歪みが生じ、高速な信号ほどその影響が顕著に現れます。そのため、従来のデータセンタネットワークで用いられるWDM方式では、既存の光ファイバ1本で1レーンあたり毎秒400ギガビットの信号を、4並列に10 km伝送することは困難でした。
本成果では、マルチコアファイバを用いた空間多重方式を採用することにより、この課題を解決しました。具体的には、各コアに1波長を割り当てることで、4コアの各コアごとに波長分散の影響を受けにくい波長に設定することを可能としました。さらに、光信号形式を従来の4値(PAM4)から8値(PAM8)に高度化することでシンボル速度を3/4倍に低減し、合わせて非線形最尤系列推定信号処理を適用することで、波長分散等による信号波形歪みを大幅に低減しました。
また、本実験で用いたマルチコアファイバは、NTT研究所内の地下設備に4コアファイバケーブルを敷設することで、実際のケーブル敷設環境を模擬しています(図4)。本4コアファイバは、既存のファイバと同じクラッド外径(125 µm)(※14)を採用し、各コアは既存のファイバと同じ簡易なステップインデックス型の屈折率構造としているため、量産化に適した構造としています。各コアの光学的な特性は、現在の光ファイバの国際規格と同等の光学特性を有し、個別のファイバを用いたPSM方式に比べて各コアの特性ばらつきを低減できました。さらに、10 km伝送時における各コア間のクロストーク(隣接コアからの光の漏れ込み量)は、IM-DD方式が用いられるイーサネット標準の1.3 µm波長帯域(O帯)において約10万分の1であり、光信号伝送に全く影響が出ないレベルに低減できました。
結果、1レーンあたり毎秒400ギガビットの超高速信号を、フィールド敷設マルチコアファイバを用いて4並列に空間多重伝送し、PAM8方式に非線形最尤系列推定を適用してビット誤り率を低減することにより、世界で初めて1ファイバあたり毎秒1.6テラビットを超える超高速IM-DD信号の10 kmにわたる現場環境光伝送実験に成功しました(図5)。
本研究への支援
本研究成果の一部は、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT、エヌアイシーティー)の委託研究「高度通信・放送研究開発委託研究(採択番号20301)」により得られたものです。
【用語解説】
※1 2023年10月現在(NTT調べ)。強度変調直接検波方式(IM-DD※2)が用いられるイーサネット標準の波長帯域(O帯)における実験結果において。
※2 強度変調直接検波(IM-DD: Intensity Modulation and Direct Detection):
IM-DDは、伝送波長に対して光強度に情報を乗せる方式です。IM-DD方式は、半導体レーザ、外部光変調器、ドライバアンプ、光検出器のみで構成可能であるため、シンプルで低コストな光送受信機を実現できます。
※3 空間多重:
空間多重は、1本の光ファイバに複数のコア(光信号の通路)を有するマルチコアファイバや、複数のモードを伝搬する数モードファイバ等を用いることで、1本の光ファイバ内で空間的に信号を並列伝送する方式で、通信容量の飛躍的な大容量化を実現することができます。本実験では、NTT研究所内の地下設備に敷設されたマルチコア(4コア)ファイバケーブルを用いて空間多重伝送を行っています。
※4 超広帯域ベースバンド増幅器ICモジュール:
NTTが開発した世界で最も広い帯域を有する超広帯域ベースバンド増幅器IC(Integrated Circuit:集積回路)を、110GHzまでの周波数に対応する1mm同軸コネクタ付きのパッケージに実装したモジュールです。独自の高精度回路設計技術と、広帯域化を可能とする新しい回路アーキテクチャ技術を適用した増幅器ICをInP-HBT(※10)技術で実現しています。
・NTTニュースリリース「世界で最も広い241ギガヘルツの帯域を有する増幅器ICを実現 ~次世代データセンタやBeyond 5G向けの汎用超高速デバイス技術として期待~」
https://group.ntt/jp/newsrelease/2019/06/03/190603b.html
※5 トップスコア論文:
毎年欧州で開催される光通信技術に関する国際会議の各研究分野に投稿された論文の中で、部門内の全委員による採点結果の平均スコアが最も高かった論文で、当該研究領域における最新かつ重要な研究成果として認められたものです。
※6 IOWN:
NTTニュースリリース「NTT Technology Report for Smart World:What’s IOWN?」の発表について
https://group.ntt/jp/newsrelease/2019/05/09/190509b.html
※7 波長分割多重(WDM: Wavelength Division Multiplexing):
複数の波長チャネルを用いて信号を並列伝送する方式。
※8 PSM(Parallel Single Mode Fiber):
複数の光ファイバを用いて信号を並列伝送する方式。
※9 シンボルレート:
1秒間に光波形が切り替わる回数で、単位はボー(Baud)を用います。本実験で実現した155ギガボー(GBaud)の光信号は、光波形を1秒間に1550億回切り替えて情報を伝送しています。
※10 パルス振幅変調(PAM: Pulse Amplitude Modulation):
信号光の複数の強度に情報を載せる変調方式で、それぞれ、PAM4方式は4つの異なる光強度レベル、PAM8方式は8つの異なる光強度レベルを用いて信号を送受信します。
※11 InP系ヘテロ接合バイポーラトランジスタ(InP HBT):
III-V族半導体のリン化インジウムを用いたヘテロ接合バイポーラトランジスタ。高速性と耐圧に優れるトランジスタです。
※12 非線形最尤系列推定:
最尤系列推定とは、受信した複数の信号(信号系列)と、受信した信号を模擬した複数の候補系列とを比較することで、受信側で行う信号判定の精度を高める技術です。NTT独自の非線形最尤系列推定では、光送受信機や光ファイバ伝送路にて生じる、入力強度に応じて波形歪みが複雑に変化する非線形歪みを、最尤系列推定における候補信号系列に反映することで、信号判定精度を更に高めることが可能となります。
※13 波長分散:
波長分散とは、光ファイバを伝搬する光の速度が波長毎に異なる現象のことです。超高速信号では伝送する信号帯域が広く、その波長成分ごとの伝搬速度が異なるため、波長分散による信号歪みの影響が顕著となります。
※14 国際規格に準拠したクラッド外径:
現在の光通信で使用されている光ファイバは、量産化に優れ相互接続性を担保するため光ファイバ直径(クラッド外径)が125±0.7 µm、で、光ファイバを保護する被覆層を含む直径が235~265 µmとなるよう、国際規格により定められています。