胚発生とミトコンドリアDNA変異の新たな関係性を発見
本研究成果は、「Frontiers in Cell and Developmental Biology」に掲載されます。(日本時間8月11日オンライン)
研究成果のポイント
- 胚のミトコンドリア機能を調べるためmtDNA変異の数に着目し、体外培養系で着床後発生を評価した。
- 良好な経過をたどる胚、正常染色体として発生する胚では、mtDNA変異の数が少なかった。
- 本研究成果は不妊治療などにおける新たな胚の評価方法に発展する可能性がある。
研究背景
生殖補助医療(Assisted Reproductive Technology、ART)は不妊治療における重要な治療方法として世界的に行われています。ARTでは体外受精-胚移植*3で得られた胚の中で、どの胚を移植するかを選択する必要があります。しかしながらどの胚が妊娠に至るかは、従来から行われている形態学的評価*4だけでは判断できず、異なる評価の方法である着床前診断*5が世界的に普及しました。そしてその結果、モザイク胚*6の一部は、発生過程で正常胚になり、出産まで至ることがわかってきました。しかし、その背景にはまだわからない事が多くあり、どのような場合によい経過をたどるかの予測はまだ不完全です。そこで細胞のエネルギーを産生し、胚発生にも重要とされるミトコンドリアに注目しました。
ただ、ミトコンドリアの能力を直接評価するためにはたくさんの細胞が必要であり、胚一つ一つで評価することは困難とされています。しかし、ミトコンドリアが内部に保有する独自のmtDNAは、1細胞にも多量に含まれるため、胚から数個の細胞を生検することで解析が可能です。このmtDNAには、ミトコンドリアがエネルギーを産生するために必要なたんぱく質の情報が存在し、mtDNA変異はミトコンドリア機能に影響する場合があるためミトコンドリア機能の間接的な指標となりえます(図2)。
研究内容
本研究は、不妊治療ではもう使用出来ないことになった胚のmtDNAに存在する変異の数と着床後胚発生の経過の関係性について体外培養を用いて評価しました。胚盤胞から一部の細胞(培養前検体)を採取(生検)してmtDNA・染色体を解析するのと並行して、胚の残った部分を使って体外培養を行いました。それにより細胞が増殖した場合には、増殖した一部の細胞(培養後検体)を回収してmtDNA・染色体を解析しました(図3)。このmtDNA・染色体を培養前後で比較し、培養経過との比較を行いました。
その結果、培養経過が良好であった胚や、培養終了時点で染色体が正常であった胚では、mtDNA変異の数が少ないことが分かりました(図1)。体外培養で判明したことと実際に体内で起きている発生とは異なっている可能性がありますが、今回の結果からモザイク胚だけに限らず、胚の着床後の経過とmtDNA変異数が関係する可能性があるとわかりました。
今後の展開
これまでは、顕微鏡で胚の形を見て評価する形態学的評価方法、胚の染色体を評価する着床前診断などで胚を評価してきました。今回の研究成果は、mtDNA変異を調べるという胚の新しい評価方法につながる可能性があります。そしてそれが実現したならば、移植当たりの妊娠率をより向上し、難治性不妊症患者さんの精神的・経済的負担を軽減できるかもしれません。
しかし、残る課題もあり、実際に利用するためにはさらなる研究が必要です。今回調べた胚のmtDNA変異と、胚のミトコンドリア機能の直接的な関係性はまだわかっておらず、その解明が必要となります。また、今回の研究では胚のmtDNA解析のために一部の細胞を回収(生検)しましたが、今後は侵襲性のない解析方法の開発も重要となります。
研究費
本研究は、JSPS科研費(JP21K09474、JP20K18169)、公益財団法人山口内分泌疾患研究振興財団研究助成金の支援を受けて実施されました。
論文情報
タイトル: Mitochondrial DNA mutations can influence the post-implantation development of human mosaic embryos.
著者: Akifumi Ijuin†, Hiroe Ueno†, Tomonari Hayama†, Shunsuke Miyai, Ai Miyakoshi, Haru Hamada, Sumiko Sueyoshi, Shiori Tochihara, Marina Saito, Haruka Hamanoue, Teppei Takeshima, Yasushi Yumura, Etsuko Miyagi, Hiroki Kurahashi, Hideya Sakakibara, Mariko Murase
†: These authors contributed equally to this work and share first authorship.
掲載雑誌: Frontiers in Cell and Developmental Biology
DOI:https://doi.org/10.3389/fcell.2023.1215626
用語説明
*1胚:精子と卵子が受精し、細胞分裂することで胚と呼ばれる細胞の集団になる。更に発生が進むことで、胚は胎盤や胎児になる。
*2ミトコンドリアDNA(mtDNA):ミトコンドリアは細胞内に存在する細胞小器官で、細胞のエネルギー産生を担い、胚発生にも重要とされている。その内部に独自のmtDNAを保有している。
*3体外受精-胚移植:生殖補助医療(Assisted Reproductive Technology、ART)の中で行われる治療で、不妊症の治療として、排卵時期を予測して性交渉をもつタイミング療法、精子を直接子宮内に注入する人工授精といった一般不妊治療に並ぶ重要な治療方法である。一般不妊治療で妊娠に至らない方に適応となる。ARTでは、卵子を体外に回収し受精を行う体外受精によってできた受精卵を、子宮内に戻す胚移植を行うことで妊娠に至る。
*4形態学的評価:顕微鏡を用いて胚を拡大視することで胚に含まれる細胞数などを評価して、それによって胚の質を評価する方法。
*5着床前診断(Pre-implantation Genetic Testing):胚の一部の細胞を採取(生検)し、その細胞に対して遺伝学的解析を行うことで、胚全体の染色体などの遺伝情報を調べる方法。本邦でも日本産科婦人科学会のもと症例を限定した上で、実臨床として行われている。
*6モザイク胚:染色体が正常な細胞と、染色体が異常な細胞が一つの胚の中に併存している場合に、その胚をモザイク胚と呼ぶ。細胞全体が正常な染色体をもつ胚(正常核型胚)と比較して、妊娠率は低いものの元気な子供が生まれる可能性があるとされている。