オーナー社長「少しでも高く会社を売りたい」…M&A成功のポイントは?

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◆オーナー社長「少しでも高く会社を売りたい」…M&A成功のポイントは?

高齢化が進む日本では、中小企業の後継者不足の解消のため、第三者に対する事業承継が注目されているようです。オーナー社長にとって大きな関心のひとつが、「自分の会社がいくらで買ってもらえるのか」ということ。オーナー企業の経営者が会社を売却する場合、どうすれば高く売ることができるのでしょうか。とある中小企業の社長と、事業承継のアドバイザーとのやり取りによる、M&Aのストーリーをお伝えします。

メガバンクに勤務する公認会計士として、100件を超える事業承継とM&Aを成約に導いてきた岸田康雄先生が解説します。

●高齢となった中小企業社長「会社を売りたい…」

社長:先生、私も75歳になり、自分の健康と家族のことを考え、引退することを決めました。私には子どもがいますが、会社を継ぐ気はありません。高齢の従業員たちも継ぐのは難しいようです。そのため、M&Aで他社に継いでもらおうと考えています。長年にわたり従業員と一緒に仕事をしてきて、このような決断をするのは非常に難しいことでしたが、私にとって最善の選択だと感じます。

先生:そうでしたか。ご高齢で、体力も落ちているとおっしゃっていましたね。

社長:健康状態もいまひとつで、通院が必要な状況です。私自身、もう若くはないということもあり、今後も長期的に仕事を続けることができるかどうか、不安を感じていました。また、家族と過ごす時間をもっと大切にすることも考え、このような決断をしました。いまM&A仲介業者に相談しています。

先生:そうなんですね。いいお相手は見つかりましたか?

社長:実は、M&A仲介業者から買い手候補を紹介されたのですが、そこから正式に提示された金額がM&A仲介業者が評価してくれた金額よりも低いため、悩んでいます。

先生:よくある話ですね。M&A仲介業者は、社長から雇ってもらうために高値を提示して期待感を高めてきますし、取引金額によって報酬の割合が変わる「レーマン方式」で手数料を決めていることから、売買金額をなるべく高く誘導しようとしています。M&A仲介業者の提示した金額は非現実的で、買い手候補から提示された金額が現実的だと考えたほうがいいですね。

社長:それはわかるのですが…。ほかに高い金額を提示してくれる買い手候補がいるかもしれませんよね。しかし、M&A仲介業者が紹介してくれないのです。

先生:そのような場合は、M&A仲介業者だけに頼らず、銀行にも相談することをお勧めします。

社長:銀行でもM&Aを仲介してくれるんですか?

先生:いいえ、銀行は、仲介という契約ではなく、買い手の紹介と、M&Aの助言をしてくれます。

社長:なるほど。そのような業務があるんですね。

●高く買ってもらえる会社は、魅力的な事業をしている会社

先生:また、高い金額の提示を受けられるということは、買い手に高い価値を評価してもらうということです。買い手にとって魅力的な事業でなければいけません。

社長:魅力的な事業というのはどういう事業ですか?

先生:それは、将来、成長する事業です。これからどんどん利益が増えていくような計画を見せると、魅力的だと思ってもらえますよ。

社長:私は、1億円くらいは出してほしいと思っています。

先生:社長が「希望価格は1億円」と要求する場合、1億円という事業の価値は、どのような事業計画に基づいているのか、その計画は実現する可能性があるのか、社長ご自身のお考えをわかりやすく説明しなければなりませんよ。

社長:事業計画を描くのはいいのですが、それを実行するのは、私ではなく買い手の会社ですよね? 買い手の社長によって結果が変わるのではないですか?

先生:おっしゃるとおりです。だから、買い手候補を選ぶときは、経営者の能力が高く、承継した事業を成長させる力のある相手を選ばなければいけません。
 

●少しでも高く買ってもらう方法は…

社長:よくニュース等で、M&Aの買い手候補に投資ファンドの名前が挙がっているのを見聞きしますが、それはどうでしょう? 投資ファンドには経営者がいませんが。

先生:投資ファンドの場合、事業会社と異なり、M&Aで取得した事業を統合することによって生まれる相乗効果がありません。しかし、投資ファンドの設立が増え、投資案件の取り合いとなっているため、金額を上げてくる傾向にあります。投資ファンドの投資担当者は、投資することが仕事ですから、自分の仕事を見つけるために無理してでも買いに来るわけですね。上場企業と異なり、決算書に大きな「のれん(=営業権)」が計上されても誰からも注意されることはありません。それゆえ、多くのM&A仲介業者が投資ファンドへの持ち込みを増やしているようです。売り手の立場から見れば、売上の拡大やコスト削減といった相乗効果よりも、株主として会社を高く売却できることを優先すべきと考えることもできますよ。

社長:なるほど、投資ファンドの競争環境に期待するわけですね。そうであっても、カリスマ性のある、優秀な経営者がいる上場企業のほうが、M&A実行後の企業価値を高めてくれるのではないのでしょうか?

先生:そういうわけでもありません。非上場のオーナー経営者であれば、M&Aが失敗しても自分の個人財産を多少失うだけなので、大胆な態度で話を進めてきます。自分が買いたいから買うというM&Aが可能なのですね。その点、上場企業の社長はサラリーマンであり、一般投資家だけでなく社外役員からも厳しく監視されています。最近はコーポレート・ガバナンスが強化され、大胆なM&Aを実行することが難しい状況にあります。また、上場企業の社長は、短期的に大きな損失を出さないことが自らの保身につながります。M&Aなどリスクの高い投資は回避しようと考える傾向にあるのです。それゆえ、社長が「買収したい」と考えたとしても、保守的に低い金額を提示するか、結果的に「買わない」と決断する可能性がありますね。最近では、一般投資家から「M&Aをするように」と期待されているようですが、上場企業の社長として無難に定年までの任期を過ごすほうがよいのでしょうね。

社長:なるほど、そういうことなのですね。でも、うちの事業に関心を持つ投資ファンドを紹介してもらうことは可能なのでしょうか?

先生:可能ですよ。M&A仲介業者でも紹介してくれるかもしれませんが、銀行もいいでしょう。銀行は数多くの投資ファンドに対して融資を行っています。特に、投資ファンドのM&A案件は、銀行借入れによって多額の資金調達が行われますから、銀行にとって優良顧客です。買い手候補として、買収意欲の旺盛な投資ファンド、そして、大胆にリスクを取る上場企業を幅広くリストアップし、そのなかから、最適な買い手候補を見つけてはいかがでしょうか。そのような探し方をするのであれば、買い手候補とのネットワークが豊富な銀行に相談するほうがいいですよ。
 

 
岸田 康雄氏プロフィール
公認会計士、税理士のほか、国際公認投資アナリスト(日本証券アナリスト協会認定)、1級ファイナンシャル・プランニング技能士、宅地建物取引士、中小企業診断士の資格を有する。一橋大学大学院修了。中央青山監査法人にて会計監査及び財務デュー・ディリジェンス業務に従事後、三菱UFJ銀行ウェルスマネジメント営業部、みずほ証券投資銀行部M&Aアドバイザリーグループ、メリルリンチ日本証券プリンシパル・インベストメント部不動産投資グループなどに在籍し、中小企業の事業承継から上場企業のM&Aまで、100件を超える事業承継とM&A実務を遂行。現在は、相続税申告と事業承継・M&Aアドバイザリー業務を提供している。
平成28年度経済産業省中小企業庁「事業承継ガイドライン委員会」委員、令和2年度日本公認会計士協会中小企業施策研究調査会「事業承継支援専門部会」委員、東京都中小企業診断士協会「事業承継支援研究会」代表幹事。
YouTubeチャンネル:https://www.youtube.com/@kishida-cpa

Words:公認会計士/税理士 岸田 康雄、幻冬舎ゴールドオンライン
Illustration:坂木 浩子(株式会社ぽるか)

取材日:2023年3月11日


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