高CO2環境でイネを増収させる「コシヒカリ」由来の遺伝子を発見
気候変動下での持続可能な稲作に貢献
- イネの穂数を増加させる新規遺伝子MP3(MORE PANICLES 3)を「コシヒカリ」から初めて同定
- 本遺伝子を導入したインディカイネ1)は高CO2条件下で元品種より多収となることを確認
- 大気中のCO2濃度上昇が続く気候変動下で国内外の稲作の安定・多収への貢献が期待
国際農研、農研機構、名古屋大学、横浜市立大学、理化学研究所、明治大学、かずさDNA研究所の共同研究グループは、稲穂の基となる腋芽2)の生長を促し、穂数の増加に働く遺伝子MP3を「コシヒカリ」から同定しました。MP3の遺伝子配列(遺伝子型)はイネの品種ごとに異なり、「コシヒカリ」に代表される日本イネの一部は、インディカイネと呼ばれる海外の品種には見られない、穂数を増やす遺伝子型であることが分かりました。日本の多収品種「タカナリ」は、インディカ型のMP3を持つことから、「コシヒカリ」型のMP3と入れ替えたイネを開発したところ、穂数が20~30%増加しました。さらに、将来予想される高CO2条件を再現した水田試験において、開発したイネは「タカナリ」に比べて6%増収することを明らかにしました。世界的な気候変動が進行する中で、持続可能な作物生産を実現するための技術開発が喫緊の課題となっています。MP3はその技術の1つとして、将来の高CO2環境でのイネの安定生産に貢献することが期待されます。
本研究の成果は、国際科学専門誌「The Plant Journal」オンライン版(日本時間2023年3月28日)に掲載されました。
本研究は、農林水産省委託プロジェクト「次世代ゲノム基盤プロジェクト」、同「気候変動に対応した循環型食料生産等の確立のためのプロジェクト」、科学技術振興機構(JST)と国際協力機構(JICA)の連携事業である地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)「肥沃度センシング技術と養分欠乏耐性系統の開発を統合したアフリカ稲作における養分利用効率の飛躍的向上」(JPMJSA1608)、JST戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)「ROOTomicsを利用した環境レジリエント作物の創出」(JPMJCR17O1)、科研費(20H02972, 16H06464, 16H06466, 21H04728)の支援を受けて行われました。
発表論文
<論文著者> Takai, T., Taniguchi, Y., Takahashi, M., Nagasaki, H., Yamamoto, E., Hirose, S., Hara, N., Akashi, H., Ito, J., Arai-Sanoh, Y., Hori, K., Fukuoka, S., Sakai, H., Tokida, T., Usui, Y., Nakamura, H., Kawamura, K., Asai, H., Ishizaki, T., Maruyama, K., Mochida, K., Kobayashi, N., Kondo, M., Tsuji, H., Tsujimoto, Y., Hasegawa, T., Uga, Y.
<論文タイトル> MORE PANICLES 3, a natural allele of OsTB1/FC1, impacts rice yield in paddy fields at elevated CO2 levels
<雑誌> The Plant Journal
DOI : https://doi.org/10.1111/tpj.16143
開発の社会的背景
IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第6次評価報告書によると、温室効果ガスの1つである大気中の二酸化炭素(CO2)濃度は、今世紀末に430~1,000ppmに達し、地球の平均気温は1.0~5.7℃上昇すると予測されています。気温の上昇は、地域によって作物の生産性を大幅に低下させ、世界の食料安全保障を脅かす恐れがあります。一方で、大気中のCO2濃度の上昇は、植物の光合成を促進させる正の効果を持つため、こうした効果を最大限に活用することで気候変動下での安定的な作物生産に繋げられる可能性があり、CO2濃度上昇に適した作物開発が求められています。
研究の経緯
世界人口の半数以上が主食とするイネの草型(くさがた)は、穂を多く生産することで収量を確保する「穂数型」と、穂は多くないものの、1つの穂に多くの籾を生産させることで収量を確保する「穂重型」に大きく分類されます。例えば、半世紀以上前に育成され、今もなお作付面積が全国1位の「コシヒカリ」は穂数型の品種です。一方で、国内でトップレベルの収量性を持つ「タカナリ」などの多収品種では、穂重型が多く育成されてきました。この穂重型に関わる遺伝子は、近年のゲノム研究3)の進歩によって特定されてきましたが、穂数型に関わる遺伝子は未特定でした。穂重型品種の一穂籾数(ひとほもみすう)をこれ以上増やすことは難しいですが、穂数を増やすことで総籾数をさらに増加させたイネを育成する余地はあります。そして、植物の光合成の促進が期待される将来の高CO2環境では、増加させた籾を十分に実らせ、生産性を高められる可能性があります。そこで、大気CO2の上昇を伴う気候変動に適したイネの開発を目標として、穂重型の一穂籾数を維持しながら、穂数を増加させる研究に取り組みました。国際農研と農研機構は研究総括を、横浜市立大学と理化学研究所は遺伝子機能解析を、明治大学とかずさDNA研究所はゲノム解析を担当しました。
研究の内容・意義
- マップベースクローニング4)という手法により、「コシヒカリ」の第3染色体上にあり、穂数を増加させる遺伝子MP3を同定しました。この遺伝子は、OsTB1/FC1という既知遺伝子のこれまでに報告されていない遺伝子型でした。OsTB1/FC1は穂の基となる腋芽で働き、腋芽の伸長を抑制する役割を担っていますが、「コシヒカリ」が持つMP3の遺伝子型は、インディカイネが持つ遺伝子型よりも、その抑制の程度が緩やかであることが分かりました。その結果、コシヒカリ型MP3の腋芽伸長は、生育初期から促され、穂数が増加することが分かりました(図1)。
- 日本の多収品種「タカナリ」が持つMP3の遺伝子型は、腋芽伸長の抑制程度が強いインディカ型MP3であることから、コシヒカリ型に入れ替えた「MP3置換タカナリ」を育成したところ、一穂籾数は「タカナリ」に比べて殆ど減少することなく穂数が20~30%増加し、総籾数が20%増加しました(図2)。
- コシヒカリ型MP3の働きにより、総籾数を増加させた「MP3置換タカナリ」の高CO2濃度での反応を評価するために、大気CO2濃度を現在よりも約200 ppm高い約580 ppmに増加させた水田環境(FACE 5))で栽培した結果、同系統は「タカナリ」に比べて、玄米収量がヘクタールあたり8.1トンから8.6トンと約6%多収となることが分かりました(図3)。一方で、通常のCO2環境では、両者の収量に明確な差は見られませんでした。
今後の予定・期待
今回同定した「コシヒカリ」由来の遺伝子MP3を穂重型品種に導入することにより、穂重型の一穂籾数と穂数型の穂数を併せ持ち、大気CO2上昇を伴う気候変動に適した新しい草型の多収イネを開発することが可能となりました。MP3はイネの栽培化やインディカイネの育種過程で、これまで利用されていないことも確認されており、国内だけでなく、インディカイネが広く栽培されている世界の諸地域においても今後の活用が期待できます。
また、穂数増加に寄与するMP3は、腋芽の伸長が著しく抑制されるリン欠乏条件でのイネの生産性向上にも貢献する可能性が示されています。このことから、サブサハラアフリカなど、肥料や土壌からのリン供給が乏しい地域でのイネの生産性向上にもMP3の活用が期待できます。
用語の解説
1)インディカイネ:イネ(アジアイネ;Oryza sativa)は、大きくインディカ、ジャポニカの2つの亜種に分類されます。インディカは高温多湿な地域での栽培に適しており、インド・東南アジア・中国南部などが主な産地です。ジャポニカは比較的寒冷な気候に強く、日本、朝鮮半島、中国北部などで主に栽培されています。
2)腋芽:葉の付け根にできる芽のことです。
3)ゲノム研究:ヒトや生物の遺伝情報の全体であるDNAの塩基配列を解読し、生命現象の理解や医療、農業、その他の応用研究を発展させることを目指す研究分野のことです。
4)マップベースクローニング:イネの品種間には、DNAの塩基配列に少しずつ違いがあります。この違いを目印(マーカー)とすることで、各イネの遺伝子型を決定できます。そして、研究対象とする形質(ここでは穂数)と遺伝子型を比較することで、遺伝子の候補領域を絞り込んでいくことができます。この手法をマップベースクローニングと言います。
5)FACE:Free-Air CO2 Enrichmentの略です。FACE実験は、屋外のフィールドに正八角形の区画を設け、その周縁部から風向きに応じてCO2を放出することで、区画内のCO2濃度を外気よりも約200ppm高く制御できます。
コシヒカリ型MP3を持つ品種は、幼苗の段階で腋芽の伸長がインディカ型MP3よりも
旺盛であることが分かります(図中○印)。
MP3は、12本あるイネの染色体の3番目にあります。コシヒカリ型MP3を交配により「タカナリ」が持つインディカ型MP3と入れ替えると、一穂籾数は殆ど減少することなく穂数が増加することが分かります。
(A)イネの染色体イメージ図、 (B)各イネの一株当たりの穂数の写真、(C)各イネの一穂の写真。
水田の一部を正八角形のリングで覆い、リングに繋いだチューブからCO2を放出することで、外気よりも約200ppm(390ppm→580ppm)CO2濃度を高くした水田環境(FACE)です。実験場所は、茨城県つくばみらい市です。
通常CO2区とFACE区で栽培した収量の比較。FACE区で「MP3置換タカナリ」が、「タカナリ」よりも約6%多収となることが分かります。