少数の匂い成分から膨大な匂い・香りを作り出す組合せ最適化に関する実験開始 ~匂いの再構成技術開発による香料開発の効率化・高度化を目指して~
1.背景
ヒトの嗅覚による匂いの情報を可視化する方法として、ヒトの主観となる官能試験がありますが、試験官の体調や加齢による衰えに影響され、どうしても結果がぶれてしまうという問題があります。
またこれまでの匂い検知センサーでは特定の匂い成分しか検知できない、匂い成分の分析装置ではヒトの匂いの感覚と無関係な成分まで検出してしまうという問題があり、既存の匂い解析技術では、ヒトの匂いの感じ方を定量化(数値化)することは困難でした。
香味醗酵はヒトが感じる全ての匂いの情報を、デジタルデータ(匂いコード:約400の波形データ)として記述する独自技術(※3)と、この技術を用いた匂いデータベースを構築し、求める匂いを少数の匂い分子を組み合わせて再構成する技術(※4)を開発します。これにより、匂い情報の記録、保存、転送、再現が可能となり、香料業界の変革だけではなく、映像産業やメタバースに匂い情報を実装し、新たな産業を創出します。
しかし、匂いの再構成には、40万種類以上存在する匂い分子の匂いコードを組み合わせて、かつ経時的変化(波形データ)の形状までそろえる必要があるため、膨大な組み合わせに対する試作と評価を何度も繰り返す必要があります。
そこで、NTTが開発を進めてきた光イジングマシンLASOLVと、NTTデータの有するデータ分析技術を活用し、この問題の解決をめざします。
2.共同実験について
概要
求める匂いを定量的に構成するために、匂いデータベースにある別の匂い分子の中から最も適切な組み合わせを算出する「匂い分子の組合せ最適化」について、NTTの光イジングマシンLASOLVおよびNTTデータの分析技術を用いた最適化計算を適用します(図1)。これまでの実験プロセスに対して、光イジングマシンLASOLVの計算力と、NTTデータにおける交通・製造・金融などのビジネス分野などで培った数理モデルの構築技術を本分野に展開することで、選定される解候補の精度が向上し、どれだけ開発期間の短縮につながるのか、より良い香料が生み出せるのか、従来手法との比較評価を実施します。
香味発酵が保有する数千種類の匂い分子による組み合わせは膨大な数におよび、この組み合わせ計算を光イジングマシンLASOLVにより最適、かつ高速に行います。
なお、本共同実験は、2023年3月末をめざして実施します。
各社の目的と役割
NTT:光イジングマシンLASOLVの高度化を目的とした設備提供、計算評価
NTTデータ:香料分野における分析技術習得を目的としたデータ分析技術の提供
香味醗酵:匂いの再構成による事業創出を目的としたデータ提供、比較評価
3.今後の展開
NTTは光イジングマシンLASOLVの特徴を活かした、より大規模な組み合わせ最適化問題の計算に取り組みます。NTTデータは、金融・交通・製造等の業界において培ってきたデータ分析技術の他分野への展開可能性を検証し、イジングマシンのより広範囲かつグローバルなビジネス活用(※5)をめざします。香味醗酵は世の中のすべての匂いの記録、保管、転送、再生を可能とするプラットフォームを構築し、人の体験、体感を軸とした嗅覚ビジネスにおけるDXをめざします。
【用語解説】
※1 光イジングマシンLASOLV:NTTが研究開発に取り組む、新しい原理に基づいた計算装置です。LASOLV は常温で利⽤可能で 、複数のパルス光の位相の組合せ、“光の物理現象” でイジングモデルを模擬し、解の候補が最適に近いほど位相の組合せの変化が少なくなる(=安定する) といった相互作用を作り出すことで解を導出します。LASOLVは組合せ最適化問題を極めて高速に解くことが可能であるため、これまでは解くことができなかった課題の解決が期待されています。
※2 NTTデータは、量子コンピュータや「組合せ最適化」の効率的な計算を行うイジングマシンの適切な活用方法の提案と、業務要件に基づいた検証・評価を行う、量子コンピュータ/次世代アーキテクチャ・ラボのサービスを2019年1月25日より提供しています。本サービスでは、金融業界や交通・物流業界、製薬・化学業界などにおける、様々な実ビジネスの問題を量子コンピュータやイジングマシンで扱える数式で表現し、実機での計算や結果評価の方法について、サポートを行っております。
※3 匂い分子をデジタルデータとして記述する独自技術:これまでの匂いセンサーは、約40万種類以上ある全ての匂い分子を検出できる人工のセンシング素子が存在しないため、特定の匂い分子しか検出できませんでした。また、単純な匂い(単純臭)の検出は得意ですが、世の中に多く存在する匂い分子の混合物(複合臭)の検出は非常に困難でした。香味醗酵では、ヒト嗅覚を支えるセンシング素子である嗅覚受容体全て(約400種類)を、世界で初めてセンサー化し、各受容体の匂いに対する経時的な応答波形を匂いコードとしました。
※4 求める匂いを少数の匂い分子を組み合わせて再構成する技術:求める匂いが、どんなに複雑な複合臭でも、ヒト嗅覚受容体センサーで測定すると、顕著に応答する嗅覚受容体は多くても10種類程度です。そこで、求める匂いの匂いコードの応答波形を、各嗅覚受容体をそれぞれ刺激する匂い分子の匂いコードを用いて、応答波形を再現するように組み合わせて混合すれば、求める匂いに含まれない匂い分子でも、同じ匂いが再構成可能になります。
※5 NTTデータは、中期経営計画において掲げる技術戦略において、技術の成熟度に応じたEmerging、Growth、Mainstreamの3つの領域における活動を推進しています。2022年8月に設立したイノベーションセンタは、Emerging領域の活動であり、量子コンピュータ、メタバースなど5~10年先に主流となる先進技術を見極め、お客さまとの共創R&Dを通し新たなビジネス創出に取り組んでいます。大学やスタートアップとも連携することで、各国で先行する技術情報をいち早く収集し世界トップクラスの先進技術活用力の獲得をめざします。
参考:グローバル6カ国に「イノベーションセンタ」を設立
https://www.nttdata.com/jp/ja/news/release/2022/081900/