横浜市 一般市民における新型コロナウイルス抗体価に関する調査報告

横浜市立大学

 横浜市立大学大学院データサイエンス研究科 ヘルスデータサイエンス専攻 後藤 温教授、同医学研究科 微生物学 梁 明秀教授、宮川 敬准教授、同ヘルスデータサイエンス専攻 中山泉特任助教らの研究グループが、2022年1月30日から2月28日に実施した横浜市の一般市民における新型コロナウイルス抗体価*1に関する調査結果を報告します。 
 日本では、2021年末までに、希望者の新型コロナウイルスのワクチン接種は概ね完了し、全人口の約8割、65歳以上の高齢者の9割以上が2回接種していました。しかし、新型コロナウイルスの変異株*2「デルタ株」から「オミクロン株」への置き換わりが急速に進み、2022年1月初旬より感染が拡大して「第6波」が始まりました。
 本研究では、20~74歳の横浜市民から無作為に抽出され、研究に参加した1,277名の対象者の血液を採取して、新型コロナウイルスに対する抗体価を測定し、抗体価と関連する因子の解析やオミクロン株BA.1やオミクロン株BA.2を含む変異株に対するウイルスの感染阻害能を示す中和抗体*3保有率についても測定し分析を行いました。
https://www.yokohama-cu.ac.jp/news/2021/koutai_research.html
 研究グループが調べた限りでは、現時点で、一般住民から無作為抽出された集団を対象として、オミクロン株BA.2を含む変異株に対する中和抗体保有率を評価した研究は報告されていません。本研究で、感染拡大が生じた2022年1月末から2月末にかけて、一般集団の何%が通常の新型コロナウイルスに対する抗体やオミクロン株などの変異株に対する中和抗体を保有していたのかを明らかにすることにより、第6波が生じた理由や今後のワクチン接種を含めた新型コロナウイルス対策を検討する際の参考になると考えられます。

研究のポイント
  • 20~74歳の横浜市民から無作為抽出され、研究に参加した1,277名を対象に、新型コロナウイルスに対する2種類(SP抗体とNP抗体)の抗体価を測定した。
  • 約94%の対象者がワクチン接種もしくは感染により産生されるSP抗体が陽性(インデックス値が1.0以上)であった。
  • ワクチン接種回数が多いほど、SP抗体価が高く、2回目接種者では、モデルナ製の方がファイザー製よりも、SP抗体価が高い傾向があった。
  • 対象者から10%の割合で無作為抽出した123名で迅速抗体測定システム「hiVNT新型コロナ変異株パネル*4」を活用して、従来株、デルタ株、オミクロン株BA.1(従来のオミクロン株)、オミクロン株BA.2(通称、ステルス・オミクロン)などの変異株に対して簡易測定法により中和抗体保有率を評価した。
  • 中和抗体の保有率は、従来株に対しては約87%、デルタ株には約74%、オミクロン株BA.1には約28%、オミクロン株BA.2に対しても約28%であった。一方、3回目接種後7日以上経過した全66名で中和抗体保有率を調査したところ、100%がオミクロン株BA.1およびオミクロン株BA.2に対して中和抗体を有していた。
  • 集団におけるオミクロン株に対する中和抗体保有率が28%にとどまっていたことが、第6波の感染拡大が生じた理由の一つと考えられた。
※本研究成果は、プレプリントサーバーmedRxiv*5に公開されています。

研究の背景
 新型コロナウイルス感染症のワクチン接種は、2021年中には、希望者に対する2回接種が概ね完了しましたが、ワクチン接種後半年から1年くらい経過すると、抗体価が減少することやワクチンを2回接種した人においても感染すること(ブレイクスルー感染例)が報告されるようになりました。このような中、2021年12月から、2回目接種完了後6~8か月以上の間隔を空けて、3回目接種(追加接種)が開始されました。しかし、我が国では、2022年1月より「第6波」が始まり、全国で急速に感染拡大し、現時点でも収束していない状況です。その背景として、集団が新たな変異株「オミクロン株」に対して十分な免疫を有していなかったことが考えられます。しかし、現状では、集団におけるオミクロン株BA.1(従来のオミクロン株)、オミクロン株BA.2(通称、ステルス・オミクロン)に対する免疫の獲得状況は明らかにされていません。そこで、本研究では、「第6波」の最中の2022年1月末から2月末にかけて、横浜市民から無作為抽出された対象者において、新型コロナウイルスに対する抗体価とオミクロン株を含む変異株に対する中和抗体保有率を評価しました。

調査結果
 1,277名の対象者の6.2%(79名)がワクチンの3回目接種、90.2%(1,152名)が2回目接種、0.2%(3名)が1回目接種を行っており、残りの3.4%(43名)は未接種でした。

 AIA-CL用新型コロナウイルス抗体検出試薬(東ソー株式会社製)による抗体価測定の結果、約94%の対象者がワクチン接種もしくは感染により産生されるSP抗体が陽性(インデックス値が1.0以上)でした。約2.8%(36名)の対象者が感染の既往があったとの報告に対して、感染により産生されるNP抗体は約4.3%(55名)が陽性(インデックス値が1.0以上)でした。感染の既往はあるもののNP抗体陰性であった約0.4%(5名)とNP抗体を有していた約4.3%(55名)を合わせ、合計で約4.7%(60名)の対象者が過去に新型コロナウイルスに感染したと考えられました。
 NP抗体が陰性で感染歴がない1,217名において、ワクチン接種回数が多いほどSP抗体価が高く、2回目接種者では、モデルナ製の方がファイザー製よりも、SP抗体価が高い傾向がありました(図1)。


 

 さらに、対象者から無作為抽出した10%(123名)に対して、迅速抗体測定システム「hiVNT新型コロナ変異株パネル」を活用して、従来株、デルタ株、オミクロン株BA.1(従来のオミクロン株)、オミクロン株BA.2(通称、ステルス・オミクロン)などの変異株に対して簡易測定法により中和抗体保有率を評価した。その結果、この集団で従来株に対しては約87%、デルタ株には約74%が、オミクロン株BA.1とオミクロン株BA.2には約28%が中和抗体を有していました(図2)。
 

 一方、3回目接種後7日以上経過したNP抗体が陰性で感染歴のない全66名では、100%がオミクロン株BA.1およびオミクロン株BA.2に対して中和抗体を有していました(図3)。

今後の展望
 今回の研究においては、94%がSP抗体を保有しており、ワクチン接種回数が多いほど、SP抗体価が高く、2回目接種後では、モデルナ製の方がファイザー製よりも、SP抗体価が高い傾向がありました。一方で、全体のオミクロン株に対する中和抗体保有率は28%でした。3回目接種から7日以上経過した人では、オミクロン株に対する中和抗体保有率は100%でした。本研究が行われた2022年1月末~2月末では、集団におけるオミクロン株に対する中和抗体保有率が約3割にとどまっていたことが、第6波の感染拡大が生じた理由の一つと考えられました。
 また、我が国においても、オミクロン株BA.1からBA.2に置き換わっていくことが予想されていますが、本調査において、オミクロン株BA.1とBA.2に対する中和抗体保有率は同じであったことから、集団における液性免疫の獲得状況は、オミクロンBA.1とBA.2でほぼ同様であることが示唆されました。

 今後、3回目の追加接種者が増えるとSP抗体価が上昇し、これらの変異株に対する中和抗体保有率も上昇することが予想されます。しかし、ワクチン接種は感染を完全には予防できないことも知られています。そのため、マスクの着用、手洗い、手指消毒、3密を避けるなどの感染予防対策を継続することも大切です。
 この研究の実施により、国民に共通する公衆衛生上の課題に対して、横浜市と横浜市民の協力を得てパーソナルな情報を収集し、健康課題の解決に向けた対策に役立てるためのデータ分析を行うという、横浜市立大学ならではの新たな研究の仕組みを構築することができました。この仕組みをさらに発展させ、研究チームでは、今後、新型コロナウイルス感染症をはじめとする疾病の予防や、医療・検査の提供などの健康課題を解決するための研究を多面的に行っていく予定です。

 今回の横浜市のデータに基づいた調査結果を、国民のみなさまに分かり易くお伝えするための動画を制作し、別途公開します。
※本研究は、横浜市立大学学長裁量事業 戦略的研究推進事業(研究代表者:梁明秀)にて実施しました。

論文情報
 本研究成果はプレプリントサーバーmedRxivにて公開されています。
(doi: https://doi.org/10.1101/2022.03.26.22272766 )

※お断り:現在、学術雑誌へ投稿されたCOVID-19に関する論文は審査前にプレプリントサーバーへ登録、公開されるよう推奨されています。学術雑誌での審査により論文内容が修正される可能性があります。

用語説明
*1抗体価:ウイルスタンパク質に対する抗体のうち、本研究ではスパイクタンパク質(SP)の受容体結合領域に結合するIgG抗体量を定量的に調べている。本学と東ソー株式会社等の企業との共同研究において開発に成功した、AIA-CL用 SARS-CoV-2-NP-Total Ig抗体試薬/SARS-CoV-2-SP-IgG抗体試薬を用いて、短時間で多検体測定が可能。詳細は下記参照。
(Frontiers in Microbiology doi: 10.3389/fmicb.2020.628281)

*2 変異株:WHOがリスク分析し、主に感染性や重篤度が増す、ワクチン効果を弱めるなど性質が変化した可能性のあるウイルス株を「懸念される変異株(VOC)」としてギリシャ文字を用いて分類をしている。デルタ=B.1.617.2系統の変異株、オミクロン=B.1.1.529系統の変異株で、その下位系統として、BA.1やBA.2(通称、ステルス・オミクロン)などがある。

*3中和抗体:ウイルス感染阻害能を有する抗体のこと。

*4 hiVNT(hiBiT-tagged Virus-like particle Neutralizing antibody Test)システム:令和2年7月に本学研究チームが開発した、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に対する中和抗体を簡便かつ迅速に測定できる簡易測定法。ウイルス様粒子と呼ばれるウイルスと同じ外部構造であるが、遺伝子情報を持たない感染能力のない粒子を用いるため、危険な操作が不要で、3時間以内に中和抗体の保有の有無を判定することが可能(J Mol Cell Biol. 2021 Mar 10;12(12):987-990)。本手法には定量法と定性法があり、本研究では複数の変異株に対する中和抗体を多数検体で測定するために、簡易的な定性法を用いた。

*5 medRxiv:コールド・スプリング・ハーバー研究所(CSHL)と医学系雑誌出版社BMJ、米・イエール大学の3機関共同運営による医学分野のプレプリントサービスで、査読前の医学分野の論文を受付し、新しい知見の迅速な共有やフィードバックを受けるためのプラットフォームを無料で提供する。


 

 

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