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芝浦工業大学(東京都港区/学長 山田純)工学部土木工学科平林由希子教授らの研究チームは、適応策を実施した場合でも気候変動や社会経済の発展により洪水被害が現在より増加してしまう、「適応の限界」が生じる地域を特定し、適応策を実施した場合における現在からの洪水被害の増加分を世界で初めて定量的に評価しました。気候変動への適応が完了する前に発生する被害が大きく、途上国では財政支援の強化で被害を大幅に削減できる可能性があるため、国際的な支援を含む早急かつ適切な適応策の実施が期待されます。
本研究の成果は2021年9月24日付で学術誌「Nature Climate Change」に掲載されました。
■ポイント■
・気候変動による河川洪水被害の「適応の限界」を世界で初めて定量的に評価
・地球上のほとんどの地域で適応の限界が発生する
・適応策への国際的な財政支援は、途上国での被害を減らすことに有効
・洪水防御設備を建設する間に発生する被害の割合が大きいため、早期の適応策の決定が重要であると共に、予警報などのソフトな対策も必要
■ 研究の背景
将来の気候変動や社会経済の発展に伴い、世界の洪水被害が増加することが予想されています。したがって、洪水被害の増加をできるだけ低減するために、様々な適応策が計画・実施されています。これまで、洪水リスクを軽減するための適応策の有効性を調べた研究はありましたが、適応策を実施した場合でも適応しきれずに、現在よりも洪水被害が増加する「適応の限界」を定量的に評価した研究はありませんでした。
■研究の目的
本研究では、適応策を実施した後でも、現在よりも増加する洪水の被害額を全世界の地方行政単位(県や州単位など)で評価しました。適応による被害の軽減額(便益)がそれを実施するための費用より大きい場合に適応すると想定し、適応する場合は便益と費用の差である純利益が最大となるように適応するレベルを算定しました。これにより、費用的に適応しにくい地域を明らかにします。
■研究手法
CMIP5による5つの気候モデルによる温暖化予測に基づき、異なる温暖化レベル(RCPシナリオ)における浸水深の分布と、適応目標に応じた洪水防護レベル、土地利用およびSSPシナリオに対応した対象地域の将来の経済状況から、洪水被害額(期待年間平均被害額)を計算しました。将来の適応策実施下での洪水の防御レベルは、以下のステップを経て推定しました。(1)期待年間平均被害額の算出、(2)構造物(堤防など)による適応レベルと適応コストとの関係の推定、(3)洪水被害増分と適応による便益の推定、(4)費用便益分析に基づいた適応レベルの決定です。評価対象期間は2020-2100年とし、洪水に対する適応策は2020-2050年の間に実施され、2051年には完成すると想定しました。
■研究結果と考察
最も温暖化が進行する極端なシナリオ(RCP8.5/SSP5)では、洪水被害は現在よりも年平均で983億米ドル増加しますが、このうち年間68億ドル投資することで、最大で年間740億ドルの洪水被害の増加分を軽減することができます(表1)。しかし、世界全体で適応策を実施しても、現在よりも洪水被害が年間243億米ドル増加することが推計されました。この値は、シナリオと適応目標の組み合わせの違いによって異なりますが、どのシナリオでも現在よりも洪水被害額が増加することがわかりました。特に、中国、インド、インドネシア、オーストラリア北東部、アラスカ、ラテンアメリカの国々など、地球上のほとんどの地域で、適応策を実施したとしても、現在よりも洪水被害額が増加する(地方行政単位のGDPの0.05%以上)ことがわかりました(図1)。
洪水に曝される多くの地域では、今後の経済発展が高いと見込まれており、適応策によって現在よりも高い洪水防御レベルを達成することで、洪水被害の増加を大幅に減少させることができます。その一方、地域の経済状況に対して適応策を実施するためのコストが高い地域では、適応による便益が見合わないため、適応策が実施されず、洪水防御のレベルが低いままであることがわかりました。これらの地域には、ナイジェリア、アンゴラ北西部、エチオピア、ベネズエラ東部、コロンビア西部、エクアドル、ペルー西部、ボリビア、アルゼンチン北部などが含まれます。このような地域では、将来の洪水被害の増加を低減するために、援助資金機関または国際的な協力が必要であることを意味します。
また、中国、インド南部および北部、インドネシア、オーストラリア北東部、ナイジェリア、コンゴ、南アフリカ、アラスカ、ベネズエラ、コロンビア西部、エクアドル西部、ペルー西部、ボリビア、アルゼンチン北部などの地域では、適応後でも現在よりも大きく洪水被害が増える(0.05%以上)ことがわかりました。洪水防御のレベルがある程度高くなった地域でも現在よりも被害が増える主な理由は、洪水を防御するための構造物を建設する間に発生する洪水被害が大きいためです。早期の適応策の決定と実施の短期間化が重要であると共に、被害を軽減するための予警報や避難などのソフトな対策も必要であると言えます。
■今後の展望
本研究では、世界の一部の地域において、適応目標を達成したとしても洪水被害が現在より増加する地域が多いことがわかりました。これは、気候変動による河川洪水被害の「適応の限界」を意味します。適応策を実施した場合における洪水被害の増加は、主に適応コストの費用便益に起因する適応の限界と洪水防護設備の建設期間中(2020-2050年)に発生する被害です。地球規模で効果的な適応策を実施するためには、早期の意思決定と国際的な資金援助が重要な要素であると示唆されます。
■論文情報
著者 :
芝浦工業大学工学部土木工学科 平林由希子 教授
国立環境研究所地球システム領域 田上雅浩 特別研究員(筆頭著者)
論文名:
Residual flood damage under intensive adaptation
掲載誌:
Nature Climate Change(Nature Publishing Group)
DOI:
10.1038/s41558-021-01158-8
https://www.nature.com/articles/s41558-021-01158-8
■研究助成
本研究は、環境再生保全機構の環境研究総合推進費2-2005「気候政策とSDGsの同時達成における水環境のシナジーとトレードオフ」(JPMEERF20202005)、文部科学省統合的気候モデル高度化研究プログラム領域テーマA(JPMXD0717935457)、JSPS科学研究費補助金18H01540、MS&ADインターリスク総研の助成を受けたものです。
▼本件に関する問い合わせ先
芝浦工業大学 経営企画部企画広報課 担当:柴田
〒108-8548 東京都港区芝浦3-9-14
TEL: 03-6722-2900
E-mail: koho@ow.shibaura-it.ac.jp
【リリース発信元】 大学プレスセンター
https://www.u-presscenter.jp/