成城大学(東京都世田谷区 学長:杉本 義行)文芸学部英文学科の細田雅也准教授は,英語学習者が人物に言及する際,「次にその人物が登場しそうか」という予測の度合い (以下,予測可能性 [predictability]) が,その人物を呼ぶ際に使われる名前や代名詞などの指示表現 (referential expression) の選択に影響することを明らかにしました。
本研究は,予測可能性が人の「呼び方」に影響するかという近年の言語産出研究の議論を,第二言語産出へ初めて拡張するものです。
研究成果は,バイリンガリズム・心理言語学分野の国際学術誌Bilingualism: Language and Cognition (インパクトファクター2.4, SJR Q1) に出版されました。
Hosoda, M. (2026). Unexpected objects increase name use: Effects of implicit causality and grammatical role on L2 referential production. Bilingualism: Language and Cognition. Advance online publication.
https://doi.org/10.1017/S1366728926101825
研究の背景
人は会話や文章の中で,人物を「メアリー」と名前で呼んだり,「彼女」と代名詞で呼んだりします。この呼び方は,その人物が文脈の中でどのくらい「目立っているか」に関わっていることが知られています。例えば,直前の文の主語として登場した人物は (例. Mary saw Lisa),他の位置で登場した人物よりも目立ちやすく,代名詞などの簡略的な表現で呼ばれやすい (例. Mary saw Lisa because she (= Mary) lived nearby) ことが,母語話者と第二言語学習者の両方で示されています。
他の要因として考えられるのが,次に人物が登場する予測可能性です。
例えば,Mary annoyed Lisa because...という文において,annoyed (苛立たせた) が表す出来事は,「苛立たせた側」に原因や理由があると考えられるため,主語Maryが次に登場すると予測されます (例. Mary spoke loudly)。一方,Mary liked Lisa because...という文においては,liked (好きだった) が示す出来事は「好かれた側」に理由や原因があると考えられるため,目的語Lisaが次に登場するという予測が発生します (例. Lisa was kind to everyone)。
しかしながら,この予測可能性が,指示表現の選択にどの程度影響するかについては,母語話者を対象とした研究でも一貫した結果が得られていません。特に,第二言語学習者が予測可能性を指示表現の選択で考慮しているかは未検証でした。
本研究の概要
そこで本研究は,日本人英語学習者と英語母語話者それぞれ47名を対象とした実験によって,上記のような予測可能性が指示表現の選択にどの程度影響するのかを検証しました。実験協力者は,提示された英文の続きを自由に書く課題に取り組み,「続き」で言及された人物の予測可能性が,その人物が名前,もしくは代名詞で述べられる度合いにどの程度影響したかが分析されました。
結果,英語母語話者,学習者ともに,直前の文の目的語について言及した場合 (例. Mary annoyed Lisa because),予測可能性が指示表現の選択に限定的に影響していることが明らかになりました。具体的には,直前文の目的語が予測と一致しない場合 (例. Mary annoyed Lisa because Lisa was a sensitive person),強い予測を生じさせない統制条件と比べて (例. Mary saw Lisa because she (= Lisa) lived nearby),名前で人物を呼ぶことが増えることが,統計的に確認されました (次頁の図を参照)。
一方,目的語が予測と一致する場合には,基準条件と比べて代名詞使用が明確に増加することは観察されませんでした。つまり,予測可能性の影響は「予測に反する人物を名前で明示する方向にのみ現れる」という特定的な結果が得られました。
本研究の意義
本研究は,英語学習者が予測可能性を指示表現の選択に利用していることを示した数少ない実証研究です。特に,その影響が一様ではなく,「予測に反する人物を名前で明示する」という,限定的かつ非対称的な形で観察されたことが,重要な発見として挙げられます。このことから,予測可能性は,予測しやすい人物への言及を簡略化させるのではなく,予測から外れる人物への言及を明示的にする働きを持つ可能性が示唆されます。
また,本研究では,予測可能性の影響について,英語学習者と英語母語話者とで共通するパターンが観察されました。この結果は,第二言語における談話情報の利用が常に困難なのではなく,手がかりが明確で,処理負荷が比較的低い条件では学習者も談話情報を利用できるという理論的見解と整合しています。
今後の展望
細田准教授は現在,次に言及する人物をあらかじめ指定することで,予測可能性の影響をより直接的に検証する追試研究を進めています。さらに,視線計測を用い,言語産出の過程で予測がどのように利用されるのかをリアルタイムで検証する実験を計画しています。
なお,本研究は,JSPS科研費「若手研究」(課題番号24K16137)の助成を受けて実施されました。
細田 雅也准教授 プロフィール
2013年 青山学院大学卒業, 学士 (文学) 取得
2018年 筑波大学大学院修了, 博士 (言語学) 取得
東京都市大学講師,北海道教育大学准教授を経て2023年4月より現職
専門は応用言語学・英語教育学。英語学習者による文処理や文理解を中心に研究を行っている。2025年に『英文読解を科学する―テキスト理解の認知メカニズムに基づく読解指導 (大修館書店)』を出版。
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