デロイト トーマツ、量子コンピュータを用いた化学計算の計算コストを指数削減する手法の有効性を確認

デロイト トーマツ グループ

2028年頃に見込まれる誤り耐性量子コンピュータ(FTQC)時代を見据え、創薬・新材料開発などへの早期適用を後押し

デロイト トーマツ グループ(東京都千代田区、グループCEO:長川知太郎、以下「デロイト トーマツ」)は、近年中に到来することが見込まれる誤り耐性量子コンピュータ(Fault-Tolerant Quantum Computer、以下「FTQC」)の実用化時代を見据え、「量子コンピュータの計算コスト削減手法」の研究開発を進めています。この度、量子化学計算を対象とし、複数の計算コスト削減手法を組み合わせて適用した場合の計算リソースを推定し、その削減効果を検証しました。その結果、計算精度を維持したまま計算コストを大幅に抑え、より複雑な計算を実行できる可能性が示されました。本研究成果は「量子コンピュータで何がどこまで解けるのか」をより具体的に示すものであり、FTQCの性能を最大限に引き出し、創薬や新材料開発など産業上重要な課題への量子コンピュータの早期適用を後押しすることが期待されます。

本研究成果の詳細は、論文公開プラットフォーム「arXiv」にて公開しています。
https://arxiv.org/abs/2608.04481

背景
量子コンピュータで産業的に価値のある計算を実行するためには、量子演算時に起こったエラーを検出し、訂正して計算を進めるFTQCの利用が必須と考えられており、複数の量子コンピュータ開発企業が2030年までに100個以上の論理量子ビット*1を有するFTQC実機を開発するというロードマップを公開しています。なかでも中性原子量子コンピュータの開発企業であり、デロイト トーマツが2025年2月から戦略的協業を開始したQuEra Computing Inc.は、2028年に256個の論理量子ビットを搭載し、100万回程度の量子演算を実行できるFTQC実機を開発して一般向けにクラウド公開すると発表しました*2。これまでは計算エラーの発生を前提として短いアルゴリズムでの利用に限られていた量子コンピュータですが、FTQC時代が到来すると、より大規模かつ複雑な計算が実行可能になり、産業的に重要な問題への量子コンピュータ適用も期待されます。一方で、量子計算処理1件あたりの計算時間と実行単価が大幅に増大することも見込まれます。

また、量子コンピュータは創薬や新材料開発など、従来のコンピュータでは膨大な計算時間を要する課題への活用が期待される一方で、多くの企業では「自社の課題が量子コンピュータで解けるのか」、「そのためにはどの程度の量子計算コストがかかるのか」を具体的に見極めることが難しい状況です。

そのため、将来のFTQCで実行可能な計算規模を推定しどのようなユースケースが実現可能となるのかを評価するとともに、限られた量子計算資源を有効活用するための手法を検討することが、量子コンピュータの社会実装に向けた重要なテーマとなっています。

*1 量子コンピュータでは情報の基本単位として、|0⟩または|1⟩だけでなく、|0⟩と|1⟩の任意の重ね合わせ状態もとることができる量子ビットを用いて演算を行いますが、量子ビットは周辺環境との相互作用によって量子性が破壊されて情報を失いやすいという欠点を持ちます。そこで、誤り耐性量子計算機では冗長化した複数の物理的な量子ビットを用いて1つの論理量子ビットの情報を保持することで、物理的な量子ビットに起きたエラーを検出・訂正して演算が進められます。

*2 出所:QuEra Computing Inc. ウェブサイト https://www.quera.com/our-quantum-roadmap


研究の概要
本研究では、創薬や材料開発への応用が期待される量子化学計算の中でも、分子の電子状態やエネルギーを計算する「分子系のハミルトニアンシミュレーション」に着目しました。分子内の電子の広がりを表す分子軌道の「局在化」と、影響の小さい電子間相互作用を省略する「相互作用カットオフ」を組み合わせることで、分子サイズの増加に伴う計算コストがどの程度削減可能か検証しました。

一次元に水素原子を並べたモデル系(水素原子数=n)を対象に計算コストの指標となる量子ゲート数を推定した結果、相互作用カットオフの適用により計算コストを大幅に削減できることが確認されました。さらに、分子軌道の局在化と組み合わせることで、分子サイズの増加に伴う計算コストの増加を指数的に改善できることが明らかになりました。(図1)

図1:計算手法を工夫することによる必要量子計算量の削減イメージ

本研究成果の波及効果
本研究では、分子軌道の局在化と相互作用カットオフを組み合わせることで、量子化学計算に必要な計算コストを大幅に削減できる可能性を示しました。これは単に量子計算を効率化するだけでなく、将来のFTQCで実行可能な計算規模を拡大し、これまで計算コストの観点から実行が困難と考えられていた課題への早期適用の可能性を広げるものです。

特に、創薬で重要となるタンパク質や機能性材料、エネルギー関連材料など、大規模かつ複雑な分子を対象としたシミュレーションでは、計算コストが実用化の大きな制約となっています。本研究で得られた知見は、こうした分野において量子コンピュータを活用できる時期や対象課題をより現実的に評価することにつながり、研究開発の効率化や新たなユースケース創出への貢献が期待されます。

また、本研究は量子コンピュータ活用を検討する企業の課題に必要な計算コストを見積もる上で基盤となる知見の提供や、企業における量子技術への投資判断や活用戦略の策定にも応用可能です。

今後デロイト トーマツは、本研究で得られた知見を活用し、クライアント企業の量子活用戦略策定やユースケース開発を支援するとともに、量子コンピューティングの社会実装を推進していきます。

QuEra Computing Inc. President 北川拓也氏のコメント
量子コンピュータのハードウェアが急速に進化する中、「近い将来に応用でき、社会に役立つ具体的な課題は何か」を見極めることが、ますます重要になっています。QuEraが2025年より戦略的協業を進めるデロイト トーマツによる本研究は、その問いに対する重要な答えの一つであり、強相関電子系をはじめとする幅広い課題への展開が期待されます。この成果が今後「Libra」をはじめとする当社のFTQC(誤り耐性量子コンピュータ)上で実装される可能性も含め、量子コンピュータの早期の社会実装に向けた貢献を大いに期待しています。


参考情報:研究手法の詳細
ハミルトニアンシミュレーションは、分子や材料の性質を支配する電子の振る舞いを量子コンピュータ上で再現する手法であり、創薬や新材料開発への応用が期待される量子化学計算の主要なアルゴリズムの一つです。
本研究では、将来の誤り耐性量子コンピュータ(FTQC)による大規模な量子化学計算を見据え、「分子軌道の局在化」と「相互作用カットオフ」によって計算コストをどこまで削減できるかを検証しました。

一般的に用いられるHartree-Fock分子軌道では電子の波動関数が分子全体に広がるため、多くの電子間相互作用を考慮する必要があります。一方、局在化軌道では電子の波動関数が空間的に限られた領域に集中するため、電子間距離が大きく影響の小さい相互作用を省略でき、計算コスト削減が期待されます。(図2)

図2:水素原子10個から成る系のHartree–Fock分子軌道と局在化軌道
本研究では、一次元に水素原子を配置したモデル系を用いて必要な量子ゲート数を見積もりました。その結果、相互作用カットオフのみでは計算コストの削減効果はあるものの、分子サイズの増加に伴う計算コストの増え方は大きく変わらないことが分かりました。一方で、局在化軌道と組み合わせることで計算コストのスケーリングを大幅に改善できることが確認されました。

具体的には、通常のHartree-Fock分子軌道を用いた場合の量子ゲート数が分子サイズ n に対して n4~n5程度で増加するのに対し、相互作用カットオフと局在化軌道を組み合わせて用いた場合には (log n)12~(log n)14程度で表されることが分かり、大規模分子系における量子計算コストの指数的な改善可能性が示されました。
 

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