【玉川大学農学部 佐々木謙教授 共同研究成果】太く短い生涯か細く長い生涯かは運動活性次第 ― 昆虫におけるpace-of-lifeシンドロームとその分子基盤を解明

玉川大学

玉川大学農学部生産農学科の佐々木謙教授は、東京大学の松村健太郎助教、東京情報大学の田中啓介准教授、東京農業大学の下村健司教授、岡山大学の宮竹貴久教授との共同研究により、「昆虫におけるpace-of-lifeシンドロームとその分子基盤」に関する研究成果を発表しました。本研究は、National Academy of Sciencesが刊行する国際学術誌「Proceedings of the National Academy of Sciences of USA (PNAS)」にオンライン掲載されました。 発表のポイント 昆虫のコクヌストモドキを用いて運動活性の異なる系統を人為的に作り出し、運動活性の違いに伴って寿命や繁殖形質、さらには遺伝子発現パターンまで変化することを明らかにしました。 これまで理論的に提唱されてきた「行動と生活史形質が連動して進化する(pace-of-life syndrome: POLS)」という仮説を、人為選抜とトランスクリプトーム解析を組み合わせることで実験的に検証し、その分子基盤まで示した点が新しい成果です。 本研究は、多くの動物が示すPOLSの進化において運動活性が重要であることを示唆し、進化生物学や行動生態学の発展に貢献するとともに、将来的には行動と生活史の個体差が進化するメカニズムの解明につながることが期待されます。 本研究の背景と調査内容 概要  東京大学大学院総合文化研究科の松村健太郎助教、東京情報大学の田中啓介准教授、玉川大学の佐々木謙教授、東京農業大学の下村健司教授、岡山大学の宮竹貴久教授らの研究グループは、昆虫の運動活性に対する人為選抜(注1)が、寿命や繁殖だけでなく、数千個の遺伝子の発現パターンにまで影響を及ぼすことを明らかにしました。運動活性の高い系統では寿命が短く、卵の孵化率にも違いが認められ、さらにトランスクリプトーム解析によって代謝や細胞機能に関わる遺伝子群の発現変化が確認されました。これまで「行動と寿命は連動して進化する」とする仮説は主に理論や表現型レベルに基づいて議論されてきましたが、本研究は人為選抜実験と網羅的な遺伝子発現解析を組み合わせることで、その分子基盤を実験的に示しました。本成果は、動物の行動や生活史の関係がどのような仕組みで進化するのかを理解するための重要な手掛かりとなることが期待されます。 発表内容  動物の運動活性は、採餌、繁殖、逃避など適応度に大きく直結するため、進化的に重要な行動です。一方で、運動活性には、同じ種の中でもしばしば個体差が確認されます。運動活性の個体差が維持される要因の一つとして、生活史形質(注2)との関連性が指摘されており、これはpace-of-life syndrome説(以下、POLS説)と呼ばれています。しかし、これまでの研究の多くは、自然集団における活動性と生活史形質の相関関係を調べたものであり、運動活性に対する選択圧によって寿命や繁殖特性、遺伝子発現がどのように変化するのかを、同一の実験系で総合的に検証した研究は限られていました。  そこで本研究グループは、コクヌストモドキを用いて、運動活性が高くなるように人為選抜したH(high active)系統と、低くなるように人為選抜したL(low active)系統を作出し(図1)、両系統の生活史形質と遺伝子発現を比較しました。複数の独立した反復系統を用いて、発育期間、寿命、体重、産卵数および孵化率などを調べた結果、H系統ではL系統よりも寿命が短く、産卵数に差は認められなかったものの、孵化率が高いことが明らかになりました(図2)。すなわち、運動活性が高い個体は太く短い生涯を過ごし、運動活性が低い個体は細く長い生涯であることを示しています。一方、発育期間などの一部の形質には、系統間で明確な違いは認められませんでした。  さらに、RNAシーケンスを用いて遺伝子発現を網羅的に解析した結果、H系統では脂質代謝や解毒・異物代謝などに関連する遺伝子群の発現が変化していました(表1)。これに対し、L系統では、小胞体や代謝に関連する遺伝子群で異なる発現パターンが認められました(表1)。これらの結果は、運動活性に対する長期的な選択圧が、行動だけでなく、寿命や繁殖、代謝・細胞機能を支える分子機構にも影響を及ぼすことを示しています。  本研究は、運動活性の進化と生活史形質の関係を、行動、寿命、繁殖および遺伝子発現という複数の階層から検証した成果です。本研究は、POLS説を進化実験によって支持する結果であり、行動形質と生活史形質の関連が個体差の維持や進化に重要な役割を果たしている可能性を示唆しています。これにより、行動と生活史形質が関連して進化する仕組みを解明する進化生態学研究の発展にも貢献すると考えられます。 図1.歩行活動量の測定方法と高活動系統・低活動系統の比較  (A)赤外線センサーを用いてコクヌストモドキの運動活性として歩行活動量を測定した。(B)運動活性が高い(H)系統(赤)は運動活性が低い(L)系統(青)と比べて、雌雄ともに累積歩行活動量が多かった。(C)24時間の合計歩行活動量。H系統とL系統の間には明瞭な違いが認められた。 図2 H系統とL系統における繁殖と寿命 産卵数に差は確認されなかったが、H系統の雌が産んだ卵の孵化率はL系統よりも高かったことから、H系統ではより多くの子孫が得られることが示された。一方で、寿命はL系統の方がH系統よりも長いことが明らかになった。 表1.H系統とL系統で発現量が高かった遺伝子群 RNAシーケンス解析により、H系統では、活動に必要なエネルギー代謝や脂質代謝、解毒・異物代謝に関わる遺伝子群の発現が高く、活発な活動を支える代謝機能が強化されている可能性が示された。L系統では、小胞体機能や代謝、細胞機能の維持に関わる遺伝子群の発現が高く、細胞の恒常性維持に関連する分子機構が特徴的である可能性が示された。 発表者・研究者等情報 東京大学 大学院総合文化研究科広域科学専攻 松村 健太郎 助教 東京情報大学 総合情報学部総合情報学科 田中 啓介 准教授 玉川大学 農学部生産農学科 佐々木 謙 教授 東京農業大学 生命科学部生命科学部分子生命化学科 下村 健司 教授 岡山大学 学術研究院環境生命自然科学学域 宮竹 貴久 教授 論文情報 雑誌名: Proceedings of the National Academy of Sciences of USA (PNAS) 題 名: Integrating experimental evolution and transcriptomics reveals the phenotypic and molecular architecture of the pace-of-life syndrome(米国東部夏時間8/11付公開) 著者名: Kentarou Matsumura, Keisuke Tanaka, Ken Sasaki, Kenji Shimomura, Takahisa Miyatake DOI: 10.1073/pnas.2610487123 URL: https://doi.org/10.1073/pnas.2610487123 研究助成  本研究は、独立行政法人日本学術振興会(JSPS)科研費「研究活動スタート支援(課題番号:22K20664)」、「若手研究(課題番号:23K14264)」、東京農業大学 生物資源ゲノム解析拠点共同研究助成の支援により実施されました。 用語解説 (注1)人為選抜: 人間が目的とする形質を持つ個体を選んで交配させることを複数世代にわたって繰り返し、特定の形質を持つ系統を作り出す手法である。代表的な例として、作物や家畜、愛玩動物などの品種改良が知られている。 (注2)生活史形質: 生物が成長し、繁殖し、寿命を終えるまでの生活史に関わる形質のことを指す。代表的なものには、寿命、発育速度、繁殖能力などがある。生物は限られたエネルギーを成長、繁殖、寿命に配分しており、その配分の違いを生活史戦略という。 ▼本件に関する問い合わせ先 玉川学園 教育情報・企画部広報課 TEL:042-739-8710 メール:pr@tamagawa.ac.jp 【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/

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