2015年4月から生活困窮者自立支援制度が施行
文京学院大学 オピニオンレター Vol.7
提言者:中島 修 (人間学部准教授 専門:地域福祉、生活困窮者支援など)
日本社会事業大学大学院社会福祉学研究科博士前期課程修了。
狛江市社会福祉協議会勤務後、岩手県立大学助手、日本社会事業大学講師、東京国際大学専任講師、厚生労働省社会・援護局地域福祉課地域福祉専門官を経て、2013年4月より現職。社会福祉士。
■社会保障からもれる人々
日本の社会保障は皆保険・皆年金制度を持って素晴らしいと語られることが多いですが、最近ではその社会保障から「もれる人」が増えています。特に非正規労働者が増加し、社会保険、労働保険に加入できない、あるいは保険料未納のために医療費が10割負担となり、治療を受けることができない人が増加しています。
これまでの社会保障では、経済的に自立した大多数の人が加入する社会保険と、自立した生活を送れない人を支える生活保護制度の二つのセーフティーネットが重視されてきました。しかし、この二つでは、「生活保護受給には至らないけれども、生活に困窮している層」に対する支援がもれており、生活保護の受給に至らなかった場合の支援策は求職者支援制度や生活福祉資金など一部を除いてほとんど存在しませんでした。
この状況を改善するため、いわゆる社会保障と税の一体改革の論議のなかで、生活困窮者対策と生活保護制度の見直しが行われ、法律として整備されたものが、この4月から施行された「生活困窮者自立支援法」です。
私は、厚生労働省で地域福祉専門官を務めていたとき、この見直しに参加し、生活困窮者自立支援法策定に携わりました。
本レターでは、本法律施行後の動きを概観するとともに、本法律のもと実施される生活困窮者自立支援制度を展開する上で重要だと考える「社会的孤立」の解決について提言します。
■生活困窮者自立支援制度
はじめに、生活困窮者自立支援制度の概要を説明します。本制度の一番の特徴は、生活保護受給に至る前の段階の自立支援策を対象者に講ずることができることです。対象者に対しては、各自治体が、「ワンストップ」で支援を行っていく制度です。
この制度により、訪問支援(アウトリーチ)も含め、生活保護に至る前の段階から早期に支援ができるようになり、生活と就労に関する支援員を配置することでの窓口の一本化ができ、一人ひとりの状況に応じた自立に向けた支援計画を作成したり、地域ネットワークの強化など包括的に対応していくことが明確化されました。これを「自立相談支援事業」と呼び、必須事業として制度の根幹をなしています。
これまで、支援サービスは社会福祉法人やホームレス支援団体などの一団体によるサービス提供が多く、利用者にとって総合的・包括的な支援となっていませんでしたが、それが可能となります。(支援の仕組み詳細は添付図)
必須事業はもう一つあり、離職などにより住宅を失ったまたはそのおそれが高い生活困窮者に対する「住居確保給付金」の支給です。
その他、任意事業として就労に必要な訓練を行う「就労準備支援事業」、一定期間の宿泊場所や衣食を提供する「一時生活支援事業」、家計管理の相談・指導を行う「家計相談支援事業」、子どもへの「学習支援事業」が定められています。
これらの事業に必要な財源は、生活保護制度と同水準の国庫負担を行います。
支援内容の個々の取り組みは、一部の自治体では既に自主的に行われてきたものもありますが、その取り組みを全国に広げることが重要であり、これらに対して国庫負担が導入されたことは、意義あるものと考えています。
生活困窮者自立支援制度は、支援を受ける側だけではなく、支援する側の自治体にとっても大きな変化です。その象徴は、アウトリーチの実施です。従来の生活保護制度では、自治体は「申請保護」が基本でしたが、今回の支援では、自ら訪問し、積極的に早期発見・早期支援に取り組むことが重要になります。この点で、自治体側の「意識改革」も大切な要素となります。
■施行後に見えた課題
厚生労働省は、施行状況の把握を目的に、4月に「生活困窮者自立支援制度の事業実施状況について」という調査を実施しました※1。このデータを見ると、いくつかの課題が見えてきます。
一つ目は、任意事業の実施状況です。実施の対象である全901自治体のなかで、最も実施率が高い「子どもの学習支援事業」でも33%にとどまっていて、最も低い一時生活支援事業は19%となっています。厚生労働省は必須事業と任意事業をあわせて実施してほしいとメッセージを出していますが、財源や体制の問題で低い水準となっており、地域間格差などの課題が出ています。
二つ目は、本制度の総合相談のあり方です。自立相談支援事業は約4割の自治体が直営、約5割が委託、残りは直営と委託を半々で運営しています。委託先としては、社会福祉協議会が8割近くを占めています。
私が問題としているのは、直営型の行政の窓口が、相談の総合的な受け止めができているか、という点です。まだまだ都道府県、市町村行政において、生活困窮者支援の体制ができていないと感じています。地域福祉関係部署と生活保護関係部署との連携や、福祉事務所が設置されていない町村部における都道府県と町村が連携した支援体制の構築も課題があります。相談に来た人を単につなぐだけでは、理念である包括的なワンストップの支援にはならないため、委託するにしても直営で行うにしても、法の趣旨を理解した展開が求められます。
■社会的孤立の解決
ここからは、「社会的孤立」に話を移します。私は生活困窮者が陥る経済的困窮を脱却するために重要なことが、社会的孤立の解決と考えています。
なぜ、社会的孤立が問題なのか。それは、社会的に孤立している人は(1)困った時に頼れる人・助けてくれる人がいない(2)利用できるはずの福祉サービスを教えてくれる人がいない(相談や福祉サービスにつながらない)(3)自己有用感・社会的有用感をもちにくくなり、自分をかけがえのない存在と思えなくなっている(4)誰かのためにいきる、支え合うことの意義を思い描くことが難しい(地域とつながりにくくなっている)(5)誰にも知られることなく、その命を終えていくからです。
日本は過去、地域社会での人間関係が豊かと言われてきましたが、現在は異なる状況となってきました。OECDの実施した調査※2では、日本は「友人、同僚、その他の人」との交流が「全くない」あるいは「ほとんどない」と回答した人の割合が15%を超え、OECD加盟国中最も高い割合となっています。
■学習支援の必須化を推奨
社会的孤立の解決をするためにすべきことは、さまざまな要素があります。
例えば、社会福祉法人が地域での社会貢献活動を強化することや、利用者の早期発見のために地域とのつながりが深い民生委員との連携、また制度の狭間を埋める柔軟な対応を強化するために「コミュニティソーシャルワーカー」や「地域福祉コーディネーター」といった新しい専門家を配置する等々です。
そのそれぞれでさまざまな議論がありますので、ここでは一つ、本制度のなかの「学習支援事業」に焦点をあて、その拡充の必要性を提言したいと思います。
学習支援の最も大きな目的は、生活困窮者層の子どもが十分な教育を受けることができず、結果としてよい仕事に就けずに貧困に陥る「貧困の連鎖」を防ぐことです。先の厚生労働省の調査によれば、学習支援事業を実施している9割以上は生活保護世帯対象ですが、今後は対象を生活困窮者全体へ広げていく必要があると考えています。
生活保護世帯から生活困窮者層に対象が広がるとき、期待されるのが「社会的孤立」を防ぐ効果です。学習支援では、単に学校の補習的に勉強を教えるだけではなく、いくつかの補完的機能を持ちます。
例えば、家庭が持つ問題点や課題点が分かる「ニーズ発見」の場としての機能です。学習を通じて子どもたちとさまざまなコミュニケーションを取ることで生活環境を把握し、支援が必要な場合の「早期発見」に役立ちます。
また、より直接的な「社会的孤立」の解消効果としては、学習支援の場が親子ともに他者との「出会い」の場、「居場所になる」ということです。保護者にとっては、子どもを通じて同じような境遇の他者と知り合うきっかけとなります。また、子どもにとっては、勉強を教えてくれる先生や大学生と出会う場所になります。「なんのために勉強するのか」「どういった大人になりたいか」といった目標になる人にめぐり合い、勉強への意欲を高める上でとても貴重な機会となっています。
今年始まったこの制度は、3年後に取組の結果を踏まえた制度の見直しを予定しています。
私は、社会的孤立を解消するために、任意事業のなかでも特に重要な学習支援事業を、必須事業にするべきではないかと考えています。
【 出典 】
※1 厚生労働省 WEBサイト
http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000059425.html
※2 OECD, Society at Glance:2005,edition,2005,p8
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