【横浜市立大学】膵ベータ細胞の働き過ぎがストレス
〜インスリンの過剰分泌が糖尿病を起こす仕組みを解明〜
横浜市立大学大学院生命医科学研究科 生体機能医科学研究室の片岡浩介准教授、會田侑希さん(博士後期課程3年)、角田望さん(2022年度理学部卒業)、高橋弥実さん(理学部4年生)らの研究グループは、東京農業大学生命科学部の笠原浩司教授、生物資源ゲノム解析センターの輿石雄一博士研究員(当時)との共同研究により、膵臓のベータ細胞(以下、膵ベータ細胞)は、インスリンを過剰に分泌する刺激がストレスとなって、インスリン分泌能を低下させてしまうことを発見し、その仕組みを解明しました。さらに、この仕組みをマウスで再現させると、肥満を伴わずにインスリン分泌が低下することも発見しました。本研究により作出された糖尿病モデルマウスは、日本人に多い非肥満タイプの2型糖尿病を模した世界初の実験モデル動物で、タイプ別の詳しい糖尿病研究に役立つことが期待されます。
本研究成果は、アメリカのCell Press社から発行されるオンライン学術雑誌「iScience」に掲載されました。(2026年3月11日オンライン先行公開)
研究成果のポイント
- インスリンを分泌させる強い刺激が膵ベータ細胞にとってストレスとなることを発見
- 肥満によるインスリン抵抗性*1を伴うことなく、膵ベータ細胞が疲弊してしまう糖尿病モデルマウスの作出に成功
- 本件の新規モデルマウスでは、従来の肥満型の2型糖尿病とは違うメカニズムで膵ベータ細胞の機能が障害されることを発見
(左)従来から利用されてきた糖尿病モデルマウス。肥満やインスリン抵抗性が起きたあとで膵ベータ細胞の機能障害が生じる。
(右)本研究で開発した非肥満型の糖尿病モデルマウス。20%グルコースを含む水を2週にわたって飲ませ続けると、インスリン分泌が過剰に刺激されることがストレスとなって、膵ベータ細胞の機能障害が起きる。このマウスは肥満せず、膵ベータ細胞の機能障害の仕組みも従来のモデルとは異なることを明らかにした。
研究背景
主に生活習慣が原因の2型糖尿病では、膵ベータ細胞からのインスリン分泌が低下してしまうことが知られています。従来の動物モデルを使った研究では、肥満などによる筋肉や肝臓でのインスリン抵抗性が引き金となって、膵ベータ細胞の機能障害が起きることが示されてきました。しかし、2型糖尿病は人種差・個人差があり、肥満やインスリン抵抗性をほとんど伴わずに膵ベータ細胞の機能が障害を受けるタイプもあります。そのような糖尿病で、膵ベータ細胞がどのようにして機能障害に陥るのかは不明で、治療の手立ても分からない状況でした。
研究内容
本研究グループでは、インスリンの分泌過多が膵ベータ細胞にとってストレスになるのではないかと考え、マウスに20%グルコースを含む水を飲料水として与え続けたところ、たった2週間でインスリンの分泌量が下がり、血糖値が上昇することが分かりました(図)。このマウスの膵ベータ細胞では、機能障害の指標である転写調節因子Mafa*2の発現レベルの低下が起きていました。培養ベータ細胞に高グルコース刺激やKCl刺激*3を与えてインスリン分泌を促した場合にも、Mafaの発現レベルが激減しました。
このメカニズムを探るためにRNA-seq解析/ChIP-seq解析*4などを行なったところ、インスリン分泌刺激によって、ストレス応答性転写因子Tfe3*5が活性化されることを発見しました。活性化されたTfe3は、Mafa遺伝子のエンハンサー(遺伝子を働かせるスイッチの役割を持つゲノムDNA領域)に結合して発現を抑制するという、これまで知られていなかった新たな機能を持つことも明らかにしました。
最後に、グルコースを与え続けたマウス(非肥満型)と、従来よく用いられてきた2型糖尿病モデルマウスであるdb/db*6(肥満型)を比較しました。どちらのマウスの膵ベータ細胞も、インスリン分泌が悪く、Mafaレベルが低下していましたが、Tfe3の活性化はグルコースを与え続けたマウスでしか起きていませんでした。このことから、2型糖尿病に伴う膵ベータ細胞の機能障害は、Mafaレベルの低下が鍵となる点は共通しているものの、糖尿病のタイプによって、障害に至る仕組みが異なることが分かりました。
今後の展開
従来は、糖尿病モデルマウスとして、遺伝的に過食・肥満のdb/dbマウスや、高脂肪食を数ヶ月にわたって与え続けるモデルなどが使われてきました。これらは、肥満とインスリン抵抗性が強く出る欧米人に多いタイプの糖尿病のモデルと言えます。一方、本研究では、20%グルコースを含む水を2週間与え続けるだけで、肥満を伴わずに膵ベータ細胞の機能障害が起きることが分かりました。このような簡単な操作で、日本人に多い非肥満型の糖尿病モデルマウスが確立されたことによって、糖尿病のタイプごとに発症の仕組みが異なることが強く認識され、あまりアプローチされてこなかった非肥満型の糖尿病の仕組みの解明や治療法の開発につながることが期待されます。
研究費
本研究は、JSPS(21K08561)、JSPS-SPRING (JPMJSP2179)および「東京農業大学生物資源ゲノム解析センター生物資源ゲノム解析拠点事業における共同研究」の支援を受けて実施されました。
論文情報
タイトル:Stimulation to secrete insulin induces pancreatic β-cell dysfunction through Tfe3 activation
(インスリン分泌を促す刺激はTfe3の活性化によって膵ベータ細胞の機能を低下させる)
著者:Yuki Aida, Nozomu Kadota, Mimi Takahashi, Yuichi Koshiishi, Koji Kasahara, and Kohsuke Kataoka
掲載雑誌:iScience
DOI:https://doi.org/10.1016/j.isci.2026.115312
用語説明
*1 インスリン抵抗性:血糖値を下げるホルモンであるインスリンが、その標的組織である筋肉や肝臓で作用しにくくなる状態。
*2 Mafa:インスリンなど、膵ベータ細胞が機能を発揮する上で必要とする遺伝子群の発現を制御する転写調節因子のひとつ。本研究グループを含む複数のグループにより独立に発見・同定された。
*3 KCl刺激:塩化カリウム(KCl)を細胞培養液に加えることで細胞膜を脱分極させ、インスリンの分泌を誘導できる実験方法。
*4 RNA-seq解析/ChIP-seq解析:次世代シーケンサーを使って、遺伝子の発現レベル(RNA-seq解析)や転写因子のゲノムDNAへの結合状態(ChIP-seq)を網羅的に調べる実験方法。
*5 Tfe3:細胞内小器官であるリソソームやゴルジ体の機能や、栄養飢餓状態への応答であるオートファジーを司る転写調節因子のひとつ。リソソームへのストレスや飢餓ストレスによって細胞質から核へと移行し、特定の遺伝子群の転写を活性化する。
*6 db/dbマウス:食欲を抑制するホルモンであるレプチン系が遺伝的に欠損したマウスで、重度の肥満とインスリン抵抗性を伴う2型糖尿病を発症する。2型糖尿病のモデルマウスとして広く研究に利用されている。
