【横浜市立大学】ヘテロクロマチンタンパク質による液-液相分離機構を解明
本研究成果は、Oxford University Pressが発行する「Nucleic Acids Research」に掲載されました(日本時間2025年3月24日9時1分)。
研究成果のポイント
- ヘテロクロマチンタンパク質HP1αのN末リン酸化は液-液相分離を引き起こす。
- HP1αの特定の塩基性領域とリン酸化N末との結合が液-液相分離の中間体である。
- HP1αの液-液相分離変異体は細胞核内のヘテロクロマチン形成に影響する。

図1 a 低濃度ではリン酸化Nテイル(pS)と7番目の塩基性領域(b7)との相互作用がある。b 少し濃度が濃くなると分子間相互作用によりリン酸化Nテイル(pS)とクロモドメイン中の4番目の塩基性領域(b4)が結合し2量体を形成する。c 濃度がさらに濃くなるとこの2量体構造がさらに会合して液-液相分離を引き起こす。
研究背景
細胞内にはさまざまな顆粒(膜が無い細胞小器官)存在しますが、その顆粒形成に関与するのが液-液相分離です。液-液相分離とはタンパク質やDNAやRNAが高濃度で存在する時にできる液滴で、あたかも水の中の油のように存在し、通常の光学顕微鏡で観察することができます。液滴中でタンパク質等がどのような構造を形成しているかは、大きな研究課題であり、さまざまな細胞内小顆粒を対象に研究が進められてきました。核内のDNAはヒストンタンパク質に巻き付いてクロマチン構造を形成しています。クロマチン構造は、非常に密に凝集し遺伝子の発現が抑制されているヘテロクロマチンと、それほど凝集しておらず遺伝子発現が活発なユークロマチンが存在します。ヘテロクロマチンとユークロマチンの変換は細胞の特異性を決定付け、ヒトの約250種類の異なる細胞を生み出す源になります。この変換の制御が異常になると、細胞はがん化やさまざまな疾病の原因にもなります。そのため、クロマチン構造変換の正常な制御は私たちの健康な体の維持に非常に重要です。
研究内容
DNAはヒストンと呼ばれるタンパク質に巻き付いてヌクレオソームと呼ばれる構造になります。ヌクレオソームは束になってクロマチンと呼ばれる構造になります。クロマチンの中で特に凝縮度が高いものをヘテロクロマチンと呼びます。ヘテロクロマチンを形成するタンパク質にHP1が存在します。HP1はNテイル、クロモドメイン(CD) 、ヒンジ領域、クロモシャドードメイン(CSD)で構成されています(図2)。ヘテロクロマチンでは、ヌクレオソーム中のヒストンH3の9番目のリシン残基がメチル化され(H3K9me)、HP1のCDがH3K9meと結合します。ヌクレオソーム中にはヒストンH3が2個存在します。HP1のCSDは2量体を形成し、2量体のHP1が隣同士のヌクレオソーム中のH3K9meを連結しヌクレオソームの凝集体(ヘテロクロマチン)を形成します。動物のHP1は3種類(HP1α、HP1β、HP1γ)が存在しますが、その中でもHP1αのNテイルは特異的にアミノ酸セリンが4個連続しリン酸化されています(pS)。研究グループは、核磁気共鳴(NMR)法*1やX線小角散乱(SAXS)法*2、分子動力学計算(MD)法を用いた以前の研究で、非リン酸化体Nテイルはフラフラと揺らいでH3K9meとCDの結合を妨害するが、リン酸化Nテイル(pS)は、伸びた構造を取りヒストンH3K9meの結合を助けていることを報告しました[1]。また、CSDは他のクロマチン関連タンパク質が結合する足場になりますが、セントロメア特異的なINCENPのフラフラした領域がHP1αのCSDに結合する様子もNMRを用いて解析し報告しました[2]。またリン酸化HP1αは高濃度で液-液相分離を起こし、ヘテロクロマチン形成にHP1αの液-液相分離が関連することが示されました[3,4]。リン酸化Nテイル(pS)は非常に大きな負電荷をもっていますので、HP1α中の正電荷部位と強く相互作用することが考えられます。正電荷領域はHP1α内に分散して8個存在し順番にb1からb8と名前を付けました。b1はNテイル中、b2、b3、b4はCD中、b5、b6、b7はフラフラしたヒンジ領域中、b8はCSD中に存在し、液-液相分離中では、これらの正電荷領域が負電荷のpSと動的に結合する、非常に複雑な構造を取ることが示唆されます(図2)。

図2 HP1αの構造の模式図
NT:Nテイル、CD:クロモドメイン(ヒストンH3K9meに結合する)、CSD:クロモシャドードメイン(2量体形成ドメイン)。上段にHP1α中の塩基性領域の部位をb1からb8と名付けた(上段)。SSSSはNテイル中のリン酸化される4個の連続したセリン残基を示している。
HP1αによる液-液相分離の詳細な分子機構を解明するために、私たちは統合的な研究を実施しました。横浜市立大学の西村らの研究グループによる核磁気共鳴(NMR)法、高エネルギー加速器研究機構の千田・清水らの研究グループによるサイズ排除クロマトグラフィー(SEC)-多角度光散乱(MALS)法*3・4とSEC-SAXS法、東京大学の寺田らの研究グループによる粗視化分子動力学計算(CGMD)法 *5を組み合わせた多角的な構造解析法です。その結果、リン酸化HP1αは通常の濃度でCSDを介して2量体を形成し、2量体中でリン酸化Nテイル(pNT)は、同じサブユニット内でb7と、また2量体中のサブユニット間でb4、b6,b7と相互作用することが分かりました。全体として非リン酸化体に比べて、丸まった構造を取っていることが分かりました(図3)。

さらに、高濃度になると2量体間で相互作用をして多量体を形成し、その状態では、多様な構造体を形成し液-液相分離へと移行することが分かりました(図4)。HP1α各濃度における分子量をSEC-MALSで確認しタンパク質中の各アミノ酸の相互作用をNMRで解析し、SEC-SAXSとCGMDを組み合わせて全体構造解析をしました。2量体間の相互作用は多量体形成と連動し、非常に多様で複雑な構造体を形成するため、液-液相分離に移行する中間状態の構造を明確には捉えることができません。特にSEC-SAXSでは、低濃度の2量体構造は解析ができますが、高濃度の不均一な系は解析できません。今回のNMR測定では分子量が大きくなるとシグナル強度が弱くなり、解析が困難でHP1αの2量体が解析限界となります。
図4 (左)低濃度のリン酸化HP1α2量体の構造モデル。(中)中程度のリン酸化体HP1α2量体の構造モデル。お互いの2量体間で相互作用が起こり始めている。(右)高濃度のHP1α2量体の構造モデル。お互いの相互作用によりさらに多量体ができている
そこで、NMR法やSEC-SAXSとCGMD法で解析するために、HP1αの液-液相分離の基本構造を求めることにしました。図2を見ると分かるように、pNTと相互作用する塩基性領域は、ほとんどがCDとヒンジ領域にあります。これらの間の複雑な相互作用が、液-液相分離の基本骨格だと考え、2量体形成ドメインのCSDを欠損した変異体(ΔCSD)で解析を行いました。リン酸化ΔCSD(pΔCSD)は、通常の溶液濃度では単量体ですが、400μMと高濃度にすると液-液相分離を示しました(図5)。非リン酸化体のΔCSDの均一な溶液とは異なります。また顕微鏡で調べても、pΔCSDが高濃度の時に微小な液滴が生じ、高濃度の状態で溶液部分と液滴部分が動的な平衡状態にあることが示唆されました。液-液相分離が観察された状態でpΔCSDのNMRを測定すると、pNT領域とb4領域に大きな化学シフト変化が観察され、お互いに相互作用していることが示唆されました(図6)。またこの状態でSAXSを測定しCGMDで解析すると、pΔCSDは2量体を形成していることが分かり、お互いのpNTとb4が結合した2量体を基本構造として考えることができます。
図5 550μMのΔCSD(左)、460μMのpΔCSD(中央)、 550μMのpΔCSDのb4変異体(右)の溶液の比較。pΔCSDでは明らかに液滴ができており、明瞭なNMRシグナルを観測できた。b4の塩基性アミノ酸をアラニンに置換した変異体では液-液相分離が観測できなかった。
図6 120μMと400μMのpΔCSDの化学シフト変化。pNTとb4に大きな化学シフト変化が観察された
pΔCSDを用いることで、HP1αの液-液相分離の基本構造単位はリン酸化NテイルとCDの末端に存在する塩基性のb4領域が、相互作用した動的な2量体構造であることが分かりました。この動的な2量体は液-液相分離した状態でもNMRの測定が可能で、NMRのシグナルは溶液中のpΔCSDの構造を反映します。SEC-SAXSでは約50μM付近で単量体と2量体の間に動的な平衡があることが示唆されます。その動的な2量体はNMR測定条件の400μM付近で中間体として液-液相分離を生じていると考えることができ、非常に動的な挙動を示すことが分かりました。またb4領域をアラニンに置換すると、高濃度でも液-液相分離を示しませんでした(図5)。
NMRとSEC-SAXSとCGMDの結果から、HP1αの液-液相分離の基本構造単位は、リン酸化NテイルとCDの末端にあるb4領域との動的な相互作用だと分かったので、細胞内での実際のヘテロクロマチン形成に、この相互作用は重要なのかを確認しました。全長の野生型のHP1αとb4領域をアラニンに変異したHP1α変異体を、蛍光タンパク質を融合したタンパク質を細胞で発現させその挙動を調べたところ、ヘテロクロマチン領域と考えられる斑点の数と大きさが変化し変異体では大きな斑点が少なくなっていました。特にテイルのセリンとb4の両方の変異体で、斑点の大きさが小さくなり数が少なくなっていました。このことから、HP1αのリン酸化NテイルとCDの塩基性領域のb4との相互作用がヘテロクロマチン形成に関していることが示唆されました。
今後の展開
ヘテロクロマチンの形成は、細胞の分化やがん化において非常に重要です。セントロメアやテロメアにはヘテロクロマチン構造が存在します。ヘテロクロマチン構造の異常は、個々の遺伝子の発現パターンを大きく変化させ、これが発がん、あるいは悪性化へ寄与しています。本研究で解明したヘテロクロマチンタンパク質HP1αのb4領域の液-液相分離への関与は、がんの治療等の一助になることが期待されます。また液-液相分離はさまざまな細胞内顆粒形成に関与していますが、タンパク質をはじめとする高分子の動的で多様な相互作用により生じるため、個々の原子レベルでの解析は困難です。本研究では、溶液中における複数の構造解析手法を統合し、さらに変異体を用いることで、液-液相分離移行過程における動的な中間構造を捉えることに成功しました。今後さまざまな細胞内顆粒形成の原子レベルでの機構解明も同様に解明されていくことが期待されます。
研究費
本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)「創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業」、文部科学省「先端研究基盤共用促進事業(共用プラットフォーム形成支援プログラム) NMR共用プラットフォーム」、JSPS科研費23K27119基盤研究B)の一環で行われました。
論文情報
タイトル:Dynamic structural unit of phase-separated heterochromatin protein 1α as revealed by integrative structural analyses
著者:Ayako Furukawa, Kento Yonezawa, Tatsuki Negami, Yuriko Yoshimura, Aki Hayashi, Jun-ichi Nakayama, Naruhiko Adachi, Toshiya Senda, Kentaro Shimizu, Tohru Terada, Nobutaka Shimizu, Yoshifumi Nishimura
掲載雑誌:Nucleic Acids Research
DOI:https://doi.org/10.1093/nar/gkaf154
用語説明
*1 核磁気共鳴(NMR)法:核スピンをもった原子核(1H、13C、15N)は、強い磁場中で磁場の強さに応じて特異的にラジオ波(600MHz、800MHz、950MHz)を吸収し、タンパク質中の原子核の動的な情報を与える解析技術。
*2 X線小角散乱(SAXS) 法:溶液中のタンパク質にX線を照射しその散乱から分子サイズと形状を見積もる分析手法。
*3 サイズ排除クロマトグラフィー(SEC):溶液中のタンパク質の大きさに応じて分離する手法。
*4 MALS(多角度光散乱)法:溶液中のタンパク質に光の照射しその散乱からタンパク質の分子量を見積もる手法。
*5 粗視化分子動力学計算(CGMD) 法:タンパク質溶液を構成する全ての原子を考慮する全原子分子動力学計算に代わり、水素以外の原子を4つ含むユニットを1つの粒子にまとめることで、各アミノ酸を1~5個の粒子で、4つの水分子を1個の粒子で表す粗視化モデルを用いて分子動力学計算を行う手法。
参考文献
研究背景
細胞内にはさまざまな顆粒(膜が無い細胞小器官)存在しますが、その顆粒形成に関与するのが液-液相分離です。液-液相分離とはタンパク質やDNAやRNAが高濃度で存在する時にできる液滴で、あたかも水の中の油のように存在し、通常の光学顕微鏡で観察することができます。液滴中でタンパク質等がどのような構造を形成しているかは、大きな研究課題であり、さまざまな細胞内小顆粒を対象に研究が進められてきました。核内のDNAはヒストンタンパク質に巻き付いてクロマチン構造を形成しています。クロマチン構造は、非常に密に凝集し遺伝子の発現が抑制されているヘテロクロマチンと、それほど凝集しておらず遺伝子発現が活発なユークロマチンが存在します。ヘテロクロマチンとユークロマチンの変換は細胞の特異性を決定付け、ヒトの約250種類の異なる細胞を生み出す源になります。この変換の制御が異常になると、細胞はがん化やさまざまな疾病の原因にもなります。そのため、クロマチン構造変換の正常な制御は私たちの健康な体の維持に非常に重要です。
研究内容
DNAはヒストンと呼ばれるタンパク質に巻き付いてヌクレオソームと呼ばれる構造になります。ヌクレオソームは束になってクロマチンと呼ばれる構造になります。クロマチンの中で特に凝縮度が高いものをヘテロクロマチンと呼びます。ヘテロクロマチンを形成するタンパク質にHP1が存在します。HP1はNテイル、クロモドメイン(CD) 、ヒンジ領域、クロモシャドードメイン(CSD)で構成されています(図2)。ヘテロクロマチンでは、ヌクレオソーム中のヒストンH3の9番目のリシン残基がメチル化され(H3K9me)、HP1のCDがH3K9meと結合します。ヌクレオソーム中にはヒストンH3が2個存在します。HP1のCSDは2量体を形成し、2量体のHP1が隣同士のヌクレオソーム中のH3K9meを連結しヌクレオソームの凝集体(ヘテロクロマチン)を形成します。動物のHP1は3種類(HP1α、HP1β、HP1γ)が存在しますが、その中でもHP1αのNテイルは特異的にアミノ酸セリンが4個連続しリン酸化されています(pS)。研究グループは、核磁気共鳴(NMR)法*1やX線小角散乱(SAXS)法*2、分子動力学計算(MD)法を用いた以前の研究で、非リン酸化体Nテイルはフラフラと揺らいでH3K9meとCDの結合を妨害するが、リン酸化Nテイル(pS)は、伸びた構造を取りヒストンH3K9meの結合を助けていることを報告しました[1]。また、CSDは他のクロマチン関連タンパク質が結合する足場になりますが、セントロメア特異的なINCENPのフラフラした領域がHP1αのCSDに結合する様子もNMRを用いて解析し報告しました[2]。またリン酸化HP1αは高濃度で液-液相分離を起こし、ヘテロクロマチン形成にHP1αの液-液相分離が関連することが示されました[3,4]。リン酸化Nテイル(pS)は非常に大きな負電荷をもっていますので、HP1α中の正電荷部位と強く相互作用することが考えられます。正電荷領域はHP1α内に分散して8個存在し順番にb1からb8と名前を付けました。b1はNテイル中、b2、b3、b4はCD中、b5、b6、b7はフラフラしたヒンジ領域中、b8はCSD中に存在し、液-液相分離中では、これらの正電荷領域が負電荷のpSと動的に結合する、非常に複雑な構造を取ることが示唆されます(図2)。

NT:Nテイル、CD:クロモドメイン(ヒストンH3K9meに結合する)、CSD:クロモシャドードメイン(2量体形成ドメイン)。上段にHP1α中の塩基性領域の部位をb1からb8と名付けた(上段)。SSSSはNテイル中のリン酸化される4個の連続したセリン残基を示している。
HP1αによる液-液相分離の詳細な分子機構を解明するために、私たちは統合的な研究を実施しました。横浜市立大学の西村らの研究グループによる核磁気共鳴(NMR)法、高エネルギー加速器研究機構の千田・清水らの研究グループによるサイズ排除クロマトグラフィー(SEC)-多角度光散乱(MALS)法*3・4とSEC-SAXS法、東京大学の寺田らの研究グループによる粗視化分子動力学計算(CGMD)法 *5を組み合わせた多角的な構造解析法です。その結果、リン酸化HP1αは通常の濃度でCSDを介して2量体を形成し、2量体中でリン酸化Nテイル(pNT)は、同じサブユニット内でb7と、また2量体中のサブユニット間でb4、b6,b7と相互作用することが分かりました。全体として非リン酸化体に比べて、丸まった構造を取っていることが分かりました(図3)。

図3 (左)非リン酸化HP1α2量体の構造の例。(右)リン酸化体HP1αの2量体構造の例
さらに、高濃度になると2量体間で相互作用をして多量体を形成し、その状態では、多様な構造体を形成し液-液相分離へと移行することが分かりました(図4)。HP1α各濃度における分子量をSEC-MALSで確認しタンパク質中の各アミノ酸の相互作用をNMRで解析し、SEC-SAXSとCGMDを組み合わせて全体構造解析をしました。2量体間の相互作用は多量体形成と連動し、非常に多様で複雑な構造体を形成するため、液-液相分離に移行する中間状態の構造を明確には捉えることができません。特にSEC-SAXSでは、低濃度の2量体構造は解析ができますが、高濃度の不均一な系は解析できません。今回のNMR測定では分子量が大きくなるとシグナル強度が弱くなり、解析が困難でHP1αの2量体が解析限界となります。
そこで、NMR法やSEC-SAXSとCGMD法で解析するために、HP1αの液-液相分離の基本構造を求めることにしました。図2を見ると分かるように、pNTと相互作用する塩基性領域は、ほとんどがCDとヒンジ領域にあります。これらの間の複雑な相互作用が、液-液相分離の基本骨格だと考え、2量体形成ドメインのCSDを欠損した変異体(ΔCSD)で解析を行いました。リン酸化ΔCSD(pΔCSD)は、通常の溶液濃度では単量体ですが、400μMと高濃度にすると液-液相分離を示しました(図5)。非リン酸化体のΔCSDの均一な溶液とは異なります。また顕微鏡で調べても、pΔCSDが高濃度の時に微小な液滴が生じ、高濃度の状態で溶液部分と液滴部分が動的な平衡状態にあることが示唆されました。液-液相分離が観察された状態でpΔCSDのNMRを測定すると、pNT領域とb4領域に大きな化学シフト変化が観察され、お互いに相互作用していることが示唆されました(図6)。またこの状態でSAXSを測定しCGMDで解析すると、pΔCSDは2量体を形成していることが分かり、お互いのpNTとb4が結合した2量体を基本構造として考えることができます。
pΔCSDを用いることで、HP1αの液-液相分離の基本構造単位はリン酸化NテイルとCDの末端に存在する塩基性のb4領域が、相互作用した動的な2量体構造であることが分かりました。この動的な2量体は液-液相分離した状態でもNMRの測定が可能で、NMRのシグナルは溶液中のpΔCSDの構造を反映します。SEC-SAXSでは約50μM付近で単量体と2量体の間に動的な平衡があることが示唆されます。その動的な2量体はNMR測定条件の400μM付近で中間体として液-液相分離を生じていると考えることができ、非常に動的な挙動を示すことが分かりました。またb4領域をアラニンに置換すると、高濃度でも液-液相分離を示しませんでした(図5)。
NMRとSEC-SAXSとCGMDの結果から、HP1αの液-液相分離の基本構造単位は、リン酸化NテイルとCDの末端にあるb4領域との動的な相互作用だと分かったので、細胞内での実際のヘテロクロマチン形成に、この相互作用は重要なのかを確認しました。全長の野生型のHP1αとb4領域をアラニンに変異したHP1α変異体を、蛍光タンパク質を融合したタンパク質を細胞で発現させその挙動を調べたところ、ヘテロクロマチン領域と考えられる斑点の数と大きさが変化し変異体では大きな斑点が少なくなっていました。特にテイルのセリンとb4の両方の変異体で、斑点の大きさが小さくなり数が少なくなっていました。このことから、HP1αのリン酸化NテイルとCDの塩基性領域のb4との相互作用がヘテロクロマチン形成に関していることが示唆されました。
今後の展開
ヘテロクロマチンの形成は、細胞の分化やがん化において非常に重要です。セントロメアやテロメアにはヘテロクロマチン構造が存在します。ヘテロクロマチン構造の異常は、個々の遺伝子の発現パターンを大きく変化させ、これが発がん、あるいは悪性化へ寄与しています。本研究で解明したヘテロクロマチンタンパク質HP1αのb4領域の液-液相分離への関与は、がんの治療等の一助になることが期待されます。また液-液相分離はさまざまな細胞内顆粒形成に関与していますが、タンパク質をはじめとする高分子の動的で多様な相互作用により生じるため、個々の原子レベルでの解析は困難です。本研究では、溶液中における複数の構造解析手法を統合し、さらに変異体を用いることで、液-液相分離移行過程における動的な中間構造を捉えることに成功しました。今後さまざまな細胞内顆粒形成の原子レベルでの機構解明も同様に解明されていくことが期待されます。
研究費
本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)「創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業」、文部科学省「先端研究基盤共用促進事業(共用プラットフォーム形成支援プログラム) NMR共用プラットフォーム」、JSPS科研費23K27119基盤研究B)の一環で行われました。
論文情報
タイトル:Dynamic structural unit of phase-separated heterochromatin protein 1α as revealed by integrative structural analyses
著者:Ayako Furukawa, Kento Yonezawa, Tatsuki Negami, Yuriko Yoshimura, Aki Hayashi, Jun-ichi Nakayama, Naruhiko Adachi, Toshiya Senda, Kentaro Shimizu, Tohru Terada, Nobutaka Shimizu, Yoshifumi Nishimura
掲載雑誌:Nucleic Acids Research
DOI:https://doi.org/10.1093/nar/gkaf154
*1 核磁気共鳴(NMR)法:核スピンをもった原子核(1H、13C、15N)は、強い磁場中で磁場の強さに応じて特異的にラジオ波(600MHz、800MHz、950MHz)を吸収し、タンパク質中の原子核の動的な情報を与える解析技術。
*2 X線小角散乱(SAXS) 法:溶液中のタンパク質にX線を照射しその散乱から分子サイズと形状を見積もる分析手法。
*3 サイズ排除クロマトグラフィー(SEC):溶液中のタンパク質の大きさに応じて分離する手法。
*4 MALS(多角度光散乱)法:溶液中のタンパク質に光の照射しその散乱からタンパク質の分子量を見積もる手法。
*5 粗視化分子動力学計算(CGMD) 法:タンパク質溶液を構成する全ての原子を考慮する全原子分子動力学計算に代わり、水素以外の原子を4つ含むユニットを1つの粒子にまとめることで、各アミノ酸を1~5個の粒子で、4つの水分子を1個の粒子で表す粗視化モデルを用いて分子動力学計算を行う手法。
参考文献
- Shimojo, H., Kawaguchi, A., Oda, T., Hashiguchi, N., Omori, S., Moritsugu, K., Kidera, A., Hiragami-Hamada, K., Nakayama, J., Sato, M. et al. (2016) Extended string-like binding of the phosphorylated HP1alpha N-terminal tail to the lysine 9-methylated histone H3 tail. Sci Rep, 6, 22527.
- Kosuke Sako, Ayako Furukawa, Ryu-Suke Nozawa, Jun-ichi Kurita, Yoshifumi Nishimura, Toru Hirota, Bipartite binding interface recruiting HP1 to chromosomal passenger complex at inner centromeres. J. Cell Biol. 2024 Vol. 223 No. 9 e202312021.
- Larson, A.G., Elnatan, D., Keenen, M.M., Trnka, M.J., Johnston, J.B., Burlingame, A.L., Agard, D.A., Redding, S. and Narlikar, G.J. (2017) Liquid droplet formation by HP1alpha suggests a role for phase separation in heterochromatin. Nature, 547, 236-240.
- Strom, A.R., Emelyanov, A.V., Mir, M., Fyodorov, D.V., Darzacq, X. and Karpen, G.H. (2017) Phase separation drives heterochromatin domain formation. Nature, 547, 241-245.