東洋大学国際観光学部では、新しい観光の考え方・取り組みを連載で紹介する「新しい観光のパラダイム」を、2021年度から公開しています。コロナ禍が落ち着き、観光の復活が本格的に進められているこの時期に、観光産業・教育における新しい潮流を解説するコンテンツを、連載していきます。2024年度のテーマは「日本の鉄道経営と今後のイノベーション」「再始動したインバウンド観光とその展望」「ポストコロナにおける宿泊産業の潮流」「対面サービスのコミュニケーション、その価値の再構築」の4つです。東洋大学ではこれからも、変化に対応し、時代を切り拓ける人材を育成していきます。
わが国における宿泊産業の歴史
江戸時代以前のわが国では、街道沿いの宿場に存在した宿と宗教的な旅に対応する宿坊、そして湯治目的の宿によって宿泊産業が形成されていました。19世紀後半の明治維新以降は、鉄道の発達などにより街道沿いの宿は衰退しましたが、移動の主役となった鉄道の駅を中心とした新しい街づくりとともに宿泊施設は増えていきます。そして、同時代に出現したホテルという新しい業態も少しずつ存在感を増していき、1960年代以降は急速に増加していきました。その背景としては、国際化の進展によるインバウンド増のみならず、生活の洋風化にホテルが合致したという面もあるでしょう。
開業時のロビーを復刻したジ・オークラ東京
宿泊産業の転換点
1980年代後半頃から、従前の、日本ならではの良さを提供する旅館は減少の一途をたどってしまいました。一方のホテルは成長を続けていたかというと、地域によっては1990年代半ば頃からは軒数も増えなくなり、成熟化の兆しが見えはじめています。ただし、その後に政府の方針として観光立国が掲げられるようになり、東京オリンピック・パラリンピックや大阪万国博覧会の開催が決まると、宿泊施設は再び増加傾向を示すようになりました。そして、やはり1990年代以降は、いわゆる「外資系」と呼ばれる海外ブランドのホテルが増えたり、それまでにはほとんどみられなかった、旅館のチェーンが出現するようになったりしています。
ポストコロナの潮流
2020年からのコロナ禍は、宿泊産業にももちろん甚大な影響を及ぼしました。実際、この期間に廃業してしまった施設も多いです。一方で、従前のスタイルとは異なるホテルや旅館が開業しはじめてもいます。例えば、それまでは存在しなかったような、1泊最低でも30万円を超えるようなホテルや、全室が離れ形式で、かつ1室に複数の露天風呂を備えた旅館など、超高価格帯のみにフォーカスした施設です。他にも、特定の「ライフスタイル」に合致していたり、コミュニケーションを重視していたりする施設も増えつつあります。つまり、多様化が進んでいるといえるでしょう。
海外では、メガ・ホテル・チェーンと呼ばれる巨大チェーンが複数ありますが、いずれも、多数のブランドを傘下に抱えています。これも多様化に合わせた変化で、お客様の消費経験が増えている状況では、この傾向がさらに進むことになるかもしれません。つまり、今後の宿泊施設は、これまで以上に市場を細分化して、きめ細やかな対応をすることが求められることになりそうです。
広大な敷地にわずか3室のヴィラが点在する「天空の森」
徳江 順一郎
東洋大学国際観光学部 准教授
専門分野:ホスピタリティ・マネジメント、サービス・マネジメント、マーケティング
研究キーワード:ホスピタリティ産業、ホテル、料飲サービス、ブライダル、ラグジュアリー、ホテルチェーン、リゾート、百貨店