光合成微生物シアノバクテリアの新規の環境ストレス順応応答の発見〜限りあるリン資源を有効活用する持続的な物質生産への応用に期待



この度,東京薬科大学 生命科学部 環境応用植物学研究室 佐藤典裕准教授らの研究グループは,シアノバクテリアにおいて主要栄養素であるリンの欠乏ストレス下,リンの利用効率が向上する新規のストレス順応応答を明らかにしました.さらにポリリン酸の合成酵素遺伝子がポリリン酸量だけでなく,それ以上に細胞の全リン含量,つまり,リンの利用効率の決定に重要であることを見出しました.以上の結果は,光合成生物を利用した持続的な物質生産への応用が期待されます.この成果は2024年1月29日,次いで2024年7月31日に共にFrontiers in Plant Science誌に掲載されました.




【ポイント】
■シアノバクテリアで主要栄養素リンの欠乏下,rRNAがより重要なリン化合物へ変換され,それによりリンの利用効率が向上する順応応答を発見しました.
■ポリリン酸(polyP)合成酵素遺伝子(ppk1)の破壊により,シアノバクテリアの細胞ではpolyPとそれ以上に全リン量が低下し,リン利用効率が向上することを発見しました.
■ppk1のはたらきにより,硫黄欠乏下,シアノバクテリアの細胞ではpolyPとそれ以上に全リン量が増加すること,つまり,リンの蓄積能が増強することを発見しました.
■本研究の発見は,光合成微生物を用いた有用物質生産時のリン投与量制限,そして農作物栽培を見据えた排水からのリン回収・資源化,つまり持続可能な物質生産へ応用可能です.


【 概 要 】
 東京薬科大学生命科学部 環境応用植物学研究室 佐藤典裕准教授らはシアノバクテリアの一種,Synechocystis sp. PCC 6803において,リン欠乏下での細胞生育中にrRNAが分解され,それにより遊離するリンが必須リン脂質等のリン化合物へと代謝変換される過程を発見しました.これは細胞のリン含量の低下をもたらす,つまりリン利用効率を高める新規のリン欠乏順応応答です.一方,Synechocystisではポリリン酸合成酵素遺伝子(ppk1)が細胞のpolyP量だけでなく,全リン量の決定に関わることを発見しました.栄養十分条件下,ppk1の破壊により細胞ではpolyP以上に全リン量が大幅に低下し,リン利用効率が顕著に高まりました.この場合,細胞の生育能は損傷しませんでした.硫黄欠乏下,野生株の細胞ではpolyPが,そしてそれ以上に全リン量が大きく増加しました.つまり,リンの細胞内への取り込み・蓄積能が顕著に増強しましたが,これは主にppk1のはたらきによりました.さらに,このppk1のはたらきは細胞の硫黄欠乏順応に重要でした.本研究によりSynechocystis等の有用な光合成微生物にリン利用効率を向上させ,培養時のリンの投与量を制限する,またはリン取り込み能を向上させ,排水からリンを回収・資源化し,農作物栽培に利用する道が開かれます.つまり,リン資源が世界で枯渇しつつある中,その効率的活用に基づく,持続可能な物質生産系の開発へと応用可能です.


【研究の背景】
 リン(P)は遺伝情報をもつ核酸やエネルギー通貨であるATP等,重要な生体物質の構成元素です.光合成微生物はリン酸塩等,安価な無機塩を栄養源とし,かつバイオマス生産性が高いため,経済的な有用物質生産への利用が期待されます.しかし,リン酸塩の原料となるリン鉱石は採石が進み,近い将来,枯渇すると予測されます.このため,光合成微生物の持続可能な産業利用にはP資源の効率的な活用が必要です.光合成生物ではP欠乏(-P)条件下,生体内でP化合物が必要度の低いものから高いものへと作り変えられ,それにより生育が維持されます.これは生育に必要な生体のP量(P quota)の低下,即ちPの利用効率(PUE)の向上をもたらします.一方,光合成微生物は硫黄(S)欠乏等の栄養ストレス下,リン酸の重合体であるポリリン酸(polyP)を大量に蓄積するため,そのpolyP蓄積をリンの回収・資源化へ利用する研究がなされています.遺伝子操作が容易な単細胞シアノバクテリアSynechocystis sp. PCC 6803では,有用物質生産のための遺伝子改変研究が盛んです.私たちはPUEや外界Pの細胞内取り込み・蓄積能の増強を目標としてSynechocystisの野生株やポリリン酸合成酵素であるpolyP kinase 1の遺伝子(ppk1)の欠損変異株(Δppk1)について,環境ストレスへの応答を研究しました.


【発表論文】
1. Hiyoshi T, Haga M, Sato N*. (2024) Preferential phosphatidylglycerol synthesis via phosphorus supply through rRNA degradation in the cyanobacterium, Synechocystis sp. PCC 6803, under phosphate-starved conditions. Front Plant Sci. 15:1335085.

2. Sato N*, Endo M, Nishi H, Fujiwara S, Tsuzuki M. (2024) Polyphosphate-kinase-1 dependent polyphosphate hyperaccumulation for acclimation to nutrient loss in the cyanobacterium, Synechocystis sp. PCC 6803. Front Plant Sci. 15:1441626.
(*は責任著者)




【研究内容と成果 1】
 論文1では,Synechocystisを用いた解析により,-P条件下,主要P化合物である核酸のうち,DNAではなくRNAが,そして特にrRNAが分解されること,逆に必須リン脂質のphosphatidylglycerol(PG)等,他のP化合物の量が増加することが見出されました(図1).
PGは光合成生物にとって必須の脂質です.-P条件下,PGの合成系遺伝子は発現誘導されており,これが優先的なPG合成を支えたと解釈されます(図2).rRNAの分解は細胞の生育速度の低下に対応した,余剰となったリボソームの分解を反映し,また,それにより遊離したリン酸はPG等,他のP化合物の合成に用いられたのでしょう.これは光合成生物で新規に見出されたPUE向上のための応答です.


【研究内容と成果 2】
 論文2ではSynechocystisのΔppk1を作製・解析しました.通常の硫黄十分(+S)の生育条件下,あるいはpolyPが大量に蓄積する硫黄欠乏(-S)下のいずれでも,Δppk1は野生株(WT)に比べ,polyP量の大幅な減少が認められました.したがって,polyP合成は主にppk1が担うことが示されました(図3A-D).興味深いことに,Δppk1では細胞の全P量がWTの46%に低下すること,即ち,PUEの向上が見出されました(図3A).一方,-S下,WTでは細胞の全P量が+S下の5倍に増加しましたが,その増加量はpolyPの蓄積量を大きく上回りました.これに対し,-S下,Δppk1では細胞の全P量は低いままでした.これらの結果は,WTでは-S下,外界Pの細胞内への取り込み能が増強し,その大部分はpolyP以外のP化合物の蓄積に利用されること,そしてその増強にppk1が必要であることを示しています.


 Δppk1はWTと同等の生育と光合成能を示しました(図4A,B).つまり,Δppk1ではPUEが高まると同時にバイオマス生産能が維持されることが明らかとなりました.しかし,栄養が枯渇し静止期に入ると,あるいは-S条件下ではΔppk1はWTに比べて生育の回復能が低下しました(図4A挿入図,図4C).特に静置培養時,-S条件はΔppk1の細胞死を強く誘導しました(図4D).したがって,SynechocystisにおいてpolyP,そして細胞の全Pの量的決定に関わるppk1は通常条件下では必要とされないが,-S等の栄養欠乏ストレスへの順応には重要であると明らかになりました.


 極限環境の好熱性シアノバクテリアSynechococcus OS-B′ではSynechocystisと異なり,Δppk1が生育に5%の高CO2要求性を示し,polyPが低CO2ストレスへの順応に必須です.ところでppk遺伝子にはppk1以外にppk2があります.全277種のシアノバクテリアのゲノムデータベースの検索により,7種でppk1とppk2の両者が不在と認められました(表1).そのうちの3種は珪藻等,他生物の内部に共生するため,外界の環境ストレスを受けにくいと考えられました.これらの観察から,シアノバクテリアではその多様化の過程で,生息する場の環境ストレスの程度に応じてpolyPの役割に差が生じた可能性が示されました.即ち,環境ストレスの度合いが強いとストレス耐性獲得のためのpolyPの役割が広がり,逆に弱いとその役割が縮小したのかもしれません.



【本研究の意義と今後の展望】
 今後,P欠乏下のSynechocystisのWTにおいて,そして特に通常条件下のΔppk1においてPUEが高まる機構を分子レベルで解明したいと考えています.併せて,-S条件下のSynechocystis において,P蓄積能の増強やストレス耐性獲得におけるppk1の役割を解析します.これらの研究から得られる知見を基に,Synechocystis,ひいては他の有用な光合成微生物において,PUEあるいはP蓄積能を高度に向上させ,それがP資源の効率的活用をベースとする持続的な物質生産へ応用できるよう目指します.



【用語解説】
シアノバクテリア:葉緑体の祖先とされる,酸素発生型の光合成を行う原核生物.
リン利用効率(PUE):光合成生物が生育のために外界からリンを吸収・利用する効率.
ポリリン酸(polyP):3から数百のリン酸基が直鎖状に連なった重合体.


▼本件に関する問い合わせ先
入試・広報センター
住所:東京都八王子市堀之内1432-1
TEL:042-676-4921
FAX:042-676-8961
メール:kouhouka@toyaku.ac.jp


【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/

この企業の関連リリース

この企業の情報

組織名
東京薬科大学
ホームページ
https://www.toyaku.ac.jp/
代表者
三巻 祥浩
資本金
0 万円
上場
非上場
所在地
〒192-0392 東京都八王子市堀之内1432-1
連絡先
042-676-5111

検索

人気の記事

カテゴリ

アクセスランキング

  • 週間
  • 月間
  • 機能と特徴
  • Twitter
  • Facebook
  • デジタルPR研究所