東京医科大学(学長:林 由起子/東京都新宿区)分子病理学分野 黒田雅彦主任教授、大野慎一郎講師、老川桂生(大学院医学研究科博士課程:研究当時)の研究チームが、米国のChildren’s Minnesota HospitalのKris Ann Schultz博士らと共同で、DICER1症候群における嚢胞性腫瘍の発症メカニズムを明らかにした。本研究成果は、2024年6月26日に英国の病理学会誌「The Journal of Pathology」(IF 5.6)に掲載された。
【本研究のポイント】
・DICER1症候群患者組織で発見された遺伝子変異(2種類のDICER1遺伝子変異)をマウスの肝臓で再現した結果、DICER1症候群に含まれる嚢胞性肝腫瘍を発症した。
・肝嚢胞形成の原因として、PKD1およびPRKCSHの有意な発現低下および、肝内胆管上皮に発現する一次繊毛の形成異常を明らかにした。
・希少難病において、再現性の高い疾患モデル動物は、病態解明および治療法の開発に極めて重要であり、今後は他のDICER1症候群関連疾患のモデル作製への応用が期待される。
【研究の背景】
近年、次世代シーケンサーの普及により、希少疾患においても遺伝子変異解析がされるようになった結果、DICER1遺伝子の変異が家族性胸膜肺芽腫の主因であることが2009年に発見された。その後、多くの小児がんを含む希少疾患(松果体芽腫、下垂体芽腫、毛様体髄上皮腫、鼻腔軟骨中皮性過誤腫、多結節性甲状腺嚢胞、甲状腺癌、腎肉腫、ウィルムス腫瘍、嚢胞性肝腫瘍、卵巣セルトリ・ライディッヒ腫瘍、胎児型横紋筋肉腫など30種類以上の希少腫瘍が含まれる)において特徴的なDICER1遺伝子変異が検出され、DICER1症候群(DICER1遺伝子変異を原因とする腫瘍素因症候群)という分類が確立した。2018年に米国国立がん研究所(NCI)から発表されたDICER1症候群に関する疫学調査によって、DICER1遺伝子の遺伝性の病的バリアントの保有率は約1万人に1人も存在することが明らかとなった。一方で、DICER1症候群の研究報告はまだ少なく、病態および発症機序は不明な点が多い。したがって、乳幼児期から生涯にわたり高い腫瘍発症リスクにさらされるDICER1症候群の病態解明、治療法の開発は急務であり、そのために必要な実験動物モデルの開発は重要である。
【本研究で得られた結果・知見】
DICER1症候群患者組織では、DICER1遺伝子に遺伝性と体細胞性の2つの変異がある。本研究では、この特徴的な2つの遺伝子変異を肝臓特異的に再現するマウスを作成した。結果、DICER1症候群に含まれる嚢胞性肝腫瘍を発症した。肝嚢胞は、一次繊毛の異常によって発症することが知られているため、胆管上皮に発現する一次繊毛の解析を行ったところ、DICER1症候群モデルマウスの肝臓では、一次繊毛の形成異常と関連遺伝子であるPKD1およびPRKCSHの有意な発現低下が明らかとなった。DICER1症候群に含まれる希少腫瘍には、嚢胞性腫瘍が多く含まれていることから、臓器の枠を超えた嚢胞性腫瘍の発症は、DICER1症候群の特徴の一つである。本研究ではその一端が解明されたが、他の臓器・組織については今後の研究課題である。
【今後の研究展開および波及効果】
DICER1症候群は、多様な臓器で腫瘍を発症する特徴を有する。本研究で作製されたDICER1症候群モデルマウスは、肝臓以外の臓器における疾患モデルの構築にも応用することが可能であり、今後はDICER1症候群の全容解明および治療薬の開発に発展することが期待される。
【用語解説】
・DICER1:microRNA (miRNA)と呼ばれる、20〜25塩基ほどの短い1本鎖RNAを生成するRNA切断酵素。DICER1遺伝子に変異が入ると、miRNAの発現に異常が発生し、結果的にDICER1症候群を発症すると考えられている。
・DICER1症候群 : DICER1遺伝子変異を原因とする遺伝性の腫瘍素因症候群。主に小児から若年成人にかけて、様々な臓器で良性もしくは悪性の腫瘍を発症しやすくなる。
【掲載誌名・DOI】
掲載誌:The Journal of Pathology (Wiley)
DOI:10.1002/path.6320
【論文タイトル】
Liver-specific DICER1 syndrome model mice develop cystic liver tumors with defective primary cilia
【著者】
Keiki Oikawa, Shin-ichiro Ohno*, Kana Ono, Kaito Hirao, Ayano Murakami, Yuichirou Harada, Katsuyoshi Kumagai, Katsuko Sudo, Masakatsu Takanashi, Akio Ishikawa, Shouichirou Mineo, Koji Fujita, Tomohiro Umezu, Noriko Watanabe, Yoshiki Murakami, Shinichiro Ogawa, Kris Ann Schultz, and Masahiko Kuroda* *:責任著者
【分子病理学分野ホームページ】
https://tmumolpathol.sakura.ne.jp
【主な競争的研究資金】
基盤研究B 「DICER1症候群モデルを用いたncRNAによる発がん機構の解明」 (21H02706:代表 黒田雅彦)
基盤研究C 「RNA activationにおける分子機構の解析」(21K0695:代表 大野慎一郎)
基盤研究C 「DICER1症候群モデルマウスの作製」(24K10175:代表 大野慎一郎)
▼本件に関する問い合わせ先
企画部 広報・社会連携推進室
住所:〒160-8402 東京都新宿区新宿6-1-1
TEL:03-3351-6141
メール:d-koho@tokyo-med.ac.jp
【リリース発信元】 大学プレスセンター
https://www.u-presscenter.jp/