ポイント
・OTULIN関連自己炎症症候群の新たな遺伝・発症様式を解明。
・遺伝子全エクソン解析によりOTULINに未報告のバリアントがあることを確認。
・変異タンパクが正常タンパクの機能を阻害することで発症する事を解明。
概要
北海道大学大学院医学研究院の植木将弘特任助教、同大学の有賀 正名誉教授、京都大学大学院医学研究科の武田有紀子研究員及び岩井一宏教授(プロボスト・理事・副学長)、横浜市立大学大学院医学研究科の松本直通教授らの研究グループは、稀少遺伝性自己炎症性疾患*1の一種である、OTULIN関連自己炎症症候群(Otulin-related autoinflammatory syndrome: ORAS)について、世界で初めて常染色体顕性遺伝形式*2で発症することを証明しました。
OTULINは直鎖状ユビキチン鎖を脱ユビキチン化する唯一の酵素であり、炎症・細胞死など様々な生体機能に関連します。その機能低下では全身性炎症と好中球性皮膚炎を特徴とし、TNF阻害治療*3が有効なORASを常染色体潜性遺伝形式*4で発症します。
研究グループは、新生児期から全身性炎症と好中球性皮膚炎を発症し、TNF阻害治療が著しく有効だった患者に対して、遺伝子全エクソン解析*5を行い、OTULINに未報告のバリアント(遺伝子変化)を確認しました。当該患者の細胞では、ORASの特徴である直鎖状ユビキチン鎖の蓄積や細胞死が増加していたのです。一方で、既報と異なり、疾患関連性が疑われるバリアントが一つのみであったことから、さらに解析を進めたところ、異常OTULINタンパクは安定性が正常のものと同等であること、機能が著しく低下していること、正常タンパクの機能を阻害することを確認し、常染色体顕性遺伝形式で発症したことを明らかにしました。
本研究は既報の疾患に新たな視点を追加することで、未診断患者の診断に繋がる可能性があり、炎症・細胞死などの研究進展に寄与できると考えられます。
なお本研究成果は2024年4月23日(火)公開のThe Journal of Experimental Medicine誌に掲載されました。
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患者皮膚で認められた著明な炎症細胞浸潤・細胞死とORAS発症機序の概要図。患者皮膚では真皮に炎症細胞浸潤を認め(左図)、細胞死が増加している(中図)。患者では機能がほぼ正常なOTULINと機能が低下したOTULINが存在し、機能が低下したOTULINがもう一方のOTULINの機能を阻害することで発症する。
【背景】
ユビキチンによるタンパク修飾はタンパク分解や生体内のシグナル活性化など様々な生体機能に重要な役割を担っています。直鎖状ユビキチン鎖はLinear-ubiquitin assembly complex(LUBAC)によって生成され、免疫細胞の活性化・炎症・細胞死の調節において重要なNF-κBシグナルの活性化に関与します。OTULINは直鎖状ユビキチン鎖を脱ユビキチン化することでシグナル活性化の調節を行い、その機能低下により全身性炎症と好中球性皮膚炎を特徴とするOTULIN関連自己炎症症候群を常染色体潜性遺伝形式で発症します。
研究グループは新生児期から全身性炎症と好中球性皮膚炎を呈した患者に対して、遺伝子全エクソン解析を行い、OTULIN遺伝子に稀少バリアントがあることを確認しました。これまでのORAS患者の解析報告では、疾患関連性が疑われるバリアントは二つの遺伝子座にそれぞれ存在することが通例でしたが、今回の解析結果では一つのみであったことから、本研究を開始しました。
【研究手法・研究成果】
まず、患者細胞及び患者由来細胞(EBウイルスB細胞株
*6、iPS細胞
*7)を使用し、細胞における直鎖状ユビキチン鎖の蓄積及び細胞死の評価を行いました。解析の結果、患者細胞では既報のORASの特徴である直鎖状ユビキチン鎖の蓄積と細胞死の増加を確認しました(図1)。次に、患者では二つの稀少バリアントが各遺伝子座に確認されており、それぞれの評価を各種データベースでの検討やタンパク立体構造、OTULIN欠損HeLa細胞株
*8に正常・既報及び我々の患者で確認されたOTULINを強制発現させて評価を行ったところ、疾患関連性が疑われるバリアントが一つのみであることが強く示唆されました(図2)。
そこで、患者iPS細胞をCRISPR/Cas9システム
*9を用いて遺伝子改変を行った後で、直鎖状ユビキチン鎖の蓄積と細胞死の評価を行ったところ、一つのバリアントのみで直鎖状ユビキチン鎖の蓄積と細胞死増加を認め、ORASを発症するということが示唆されました(図3)。
最後に、OTULIN欠損HeLa細胞株に正常OTULINタンパクと研究グループの患者で確認された異常OTULINの発現量を変化させて評価したところ、疾患関連性が示唆されたバリアントでは異常OTULINの発現量が増加するごとに直鎖状ユビキチン鎖の増加と細胞死の増加を認めました(図4)。これは異常OTULINが正常なOTULIN機能を阻害することを示し、疾患発症に寄与するということを表します。
【今後への期待】
本研究により未診断であった患者がORASと診断され、有効な治療を受けられる可能性があります。また、本研究では患者由来iPS細胞をCRISPR/Cas9システムを用いて遺伝子改変を行うことで病態解析に活用しました。今後、様々な遺伝性疾患で本技法を用いることにより患者病態解析の促進に繋がることが期待されます。さらに、正常タンパクの機能を阻害するOTULINタンパクが発見されたことで、炎症や細胞死に新たな視点を提供し、研究の進展が期待されます。
【謝辞】
本研究は有賀名誉教授・岩井教授・松本教授・齋藤 潤教授らに対する厚生労働省科研費、科学研究費助成事業(17H06174、18H05499、22H04988、19H03621、22H03047)、日本医療研究開発機構(JP23ek0109674、JP23ek0109549、JP23ek0109617、JP23ek0109648、JP21bm0804004)、武田科学振興財団の支援の下で実施されました。
論文情報
論文名 A de novo dominant-negative variant is associated with OTULIN Related
Autoinflammatory Syndrome(新奇優性阻害変異がOTULIN関連自己炎症症候群の発症に
寄与する)
著者名 武田有紀子1、植木将弘2、松廣淳平1、Erik Walinda1、田中孝之1、山田雅文2(研究当時),3
藤田宏明1、竹崎俊一郎2、小林一郎2、玉置さくら4、永田早苗5、三宅紀子6(研究当時),7
松本直通6、大澤光次郎5、八角高裕1、平家俊男1、大竹史明8、齋藤 潤5、戸口田淳也4,5
滝田順子1、有賀 正2、岩井一宏1(1京都大学大学院医学研究科、2北海道大学大学院医学研
究院、3酪農学園大学、4京都大学医生物学研究所、5京都大学iPS細胞研究所、6横浜市立大
学大学院医学研究科遺伝学、7国立国際医療研究センター研究所、8星薬科大学)
雑誌名 The Journal of Experimental Medicine(米国科学誌)
DOI https://doi.org/10.1084/jem.20231941
公表日 2024年4月23日(火)(オンライン公開) |
【参考図】
図1. 患者細胞での直鎖状ユビキチン鎖発現とIL-6(炎症性サイトカイン)産生。患者細胞では直鎖状ユビキチン鎖の蓄積とIL-6の過剰産生を認めた。
図2. OTULIN欠損HeLa細胞株を用いたOTULINタンパク機能解析。患者で確認されたOTULIN p.P152Lとp.R306Qバリアントのうち、p.R306Qバリアントのみが細胞死の増加を認めた。
図3. CRISPR/Cas9システムを用いて遺伝子改変を行ったiPS細胞での解析。患者で認められたp.P152Lを遺伝子改変しても直鎖状ユビキチン鎖の蓄積と細胞死の増加は変化しなかったが、p.R306Qを遺伝子改変すると正常と同等の直鎖状ユビキチン鎖の蓄積と細胞死の改善を認めた。
図4. OTULIN欠損HEK293細胞に正常OTULINと発現量を変化させた異常OTULINを同時に発現させた解析。p.R306Qの発現量が増加することで、直鎖状ユビキチン鎖の蓄積と細胞死の増加を認めた。これは正常OTULINの機能を阻害し、細胞全体のOTULIN機能を低下させる効果があることを示す。
【用語解説】
*1 稀少遺伝性自己炎症性疾患 … 先天的な遺伝子の異常により、過剰な免疫活性化を引き起こす疾患のこと。
*2 常染色体顕性遺伝形式 … 2本の常染色体のうち、1本に存在する遺伝子異常によって疾患を発症する遺伝形式のこと。
*3 TNF阻害治療 … 自己炎症性疾患や自己免疫疾患の治療として使用され、炎症性サイトカインの機能を抑制することによって病気の勢いを制御する薬剤のこと。
*4 常染色体潜性遺伝形式 … 2本の常染色体の両方に遺伝子異常が存在することで疾患を発症する遺伝形式のこと。
*5 遺伝子全エクソン解析 … 細胞の核に存在する遺伝子情報のうち、アミノ酸を合成するために必要な領域(エクソン)を網羅的に解析する遺伝学的検査のこと。
*6 EBウイルスB細胞株 … 研究室で分離した患者のリンパ球にEBウイルスを感染させ増殖能を持たせた細胞株のこと。
*7 iPS細胞 … induced pluripotent stem cellの略。患者細胞に遺伝子導入を行うことで初期化させ、様々な細胞に分化能をもつ細胞のこと。
*8 OTULIN欠損HeLa細胞株 … ヒト子宮頸がん細胞株であるHeLa細胞にCRISPR/Cas9システムを用いてOTULINタンパクを欠損した細胞株のこと。
*9 CRISPR/Cas9システム … 遺伝子改変技術の一つで、目的とする遺伝子の狙った部位に欠失・挿入・置換などを行うことができる技術のこと。