今後の展開
生きた細胞内でエンドソームが融合する過程を可視化する実験系を確立したことで、小胞融合を制御する分子機構を調べることが可能になります。特に、マウス初期胚は、培養しながら各種薬物を作用させることができるため、細胞内で働く分子の働きを活性化したり阻害した時の効果を調べると、小胞融合を調節する仕組みを解明できます。また、さまざまな遺伝子改変マウスの胚を用いることで、おのおのの遺伝子の小胞輸送における役割を明らかにすることができます。
小胞輸送に異常が生じると、神経疾患、免疫疾患、糖尿病などが起こることが知られており、本研究は基本的な細胞機能だけでなく、さまざまな疾患の発症メカニズムの解明にもつながると期待されます。
参考図
図1 エンドソームの可視化
妊娠8日目のマウス胚を蛍光物質で標識した後、臓側内胚葉細胞を顕微鏡観察すると、細胞外から取り込まれた物質が、初期エンドソーム、後期エンドソームを経てリソソームへ運ばれる様子が観察された。
図2 エンドソームの2種類の融合様式
エンドソームの融合には、2つのエンドソーム(緑色)が急速に合体して1つの小胞になる同型融合(上段)と、エンドソームがゆっくりとリソソーム(赤色)に吸収されていく異型融合(下段)があることが分かった。この2種類の融合は、力学モデルを用いた数理解析で予想されたものとよく似ていた。
臓側内胚葉細胞の中では、最初に表層で同型融合が起こり、次いで深い層で異型融合が起こる。小胞の融合には、後期エンドソームの表面に結合しているアクチン線維を介した力が必要であり、アクチンの働きを調節するタンパク質も重要な役割を担っていることが分かった。
用語説明
注1)エンドサイトーシス
細胞が細胞外から物質を取り込むこと。極性を持つ大きな分子は脂質二重層である細胞膜を通り抜ける
ことができないため、細胞膜上の受容体に結合した形で細胞膜が細胞質内に引き込まれたり、細胞外液
ごと小胞内に取り込むことにより、物質が細胞内へ取り込まれる。
注2)エンドソーム
細胞内小胞の一つ。エンドサイトーシスによって細胞内へ取り込まれた物質の選別・輸送に関わる。形
態的・機能的特徴から、初期エンドソーム、後期エンドソーム、リサイクリングエンドソームに大別さ
れる。初期エンドソームは取り込んだ物質の仕分けを行い、後期エンドソームはリソソームと融合する
ことにより内容物を分解に導く。リサイクリングエンドソームは、一度取り込んだ物質を再び細胞外へ
戻す。
注3)細胞内小器官
真核生物の細胞内に存在する小胞体、ゴルジ体、ミトコンドリアなどの生体膜で区画された構造。タン
パク質の合成・修飾やエネルギー産生などの役割を担う。いずれも生体膜で覆われており、おのおのの
細胞内小器官で必要な物質の交換は小胞輸送により行われる。
注4)リソソーム
物質の分解を行う細胞内小器官。膜に包まれた構造で、内部に多数の加水分解酵素を持ち、タンパク質
糖、脂質などを分解し、再利用に供する。
注5)小胞輸送
細胞内で小胞を介して物質を輸送する仕組み。真核細胞内には細胞内小器官があり、各細胞内小器官で
必要な物質は、脂質二重膜から成る小さな袋(小胞)に梱包して輸送される。細胞内小器官の膜から小
胞が出芽し、細胞内を移動して別の細胞内小器官に融合することを繰り返して、細胞は物質を輸送す
る。2013年、米国の研究者3名がこの制御機構を発見し、ノーベル生理学・医学賞を受賞した。
注6)卵黄嚢
発生初期に胚を包んでいる膜構造。胚の外側に位置し母体組織に接している臓側卵黄嚢は、2層の細胞
層から成る。外側の層にある臓側内胚葉細胞は、胎盤が完成するまでの間、母胎から胚へ栄養を供給し
内側の層にある中胚葉細胞では、体の中で最初に血液細胞が作られる。
注7)同型融合と異型融合
後期エンドソーム同士の融合のように、同じタイプの小胞が融合することを同型融合と呼び、後期エン
ドソームがリソソームに融合するように、異なるタイプの小胞が融合することを異型融合と呼ぶ。
注8)モータータンパク質
ATP加水分解のエネルギーを用いて細胞内で小胞輸送、細胞内小器官の移動、細胞の収縮、染色体の
分離などの運動を担うタンパク質の総称。
注9)ゆらぎの力
ここでは、膜の変形を引き起こす力に相当する数理モデルにおける変数を指す。
注10)アクチン
細胞骨格を形成するタンパク質の一つであり、単量体の球状アクチンがらせん状につながって線維状ア
クチンを形成する。筋肉細胞ではミオシンとともに筋肉の収縮を引き起こすが、筋肉以外の全ての細胞
にも存在し、小胞輸送、形態形成、貪食など多様な細胞機能に関与している。アクチンを重合または脱
重合する因子の働きにより機能が調節されている。
注11)ミオシン
アクチン上を運動するモータータンパク質。多くの種類があり、筋収縮、細胞の運動、小胞輸送などの
役割を担う。
注12)コフィリン
アクチン線維の切断、脱重合を引き起こすタンパク質。アクチン線維のターンオーバーを促進する。
研究資金
本研究は、科研費による研究プロジェクト(17024006、JP22H04926)および武田科学振興財団研究助成の一環として実施されました。高解像度顕微鏡解析は、科研費「学術変革領域研究(学術研究支援基盤形成)」の「先端バイオイメージング支援プラットフォーム」の支援を受けて実施されました。
掲載論文
【題 名】Actin dynamics switches two distinct modes of endosomal fusion in yolk sac visceral
endoderm cells
(アクチンのダイナミクスが卵黄嚢臓側内胚葉細胞における2つの異なるエンドソーム融合
様式を切り替える)
【著者名】Seiichi Koike
12,3, Masashi Tachikawa
4,5, Motosuke Tsutsumi
6,7, Takuya Okada
1,2 Tomomi
Nemoto
6,7, Kazuko Keino-Masu
1,2, Masayuki Masu
1,2
1 Graduate School of Comprehensive Human Sciences, University of Tsukuba
2 Department of Molecular Neurobiology, Institute of Medicine, University of Tsukuba
3 Laboratory of Molecular and Cellular Biology, Graduate School ofScience and
Engineering for Research, University of Toyama
4 Graduate School of Nanobioscience, Yokohama City University
5 PRESTO, Japan Science and Technology Agency
6 Exploratory Research Center on Life and Living Systems (ExCELLS), National
Institutesof Natural Sciences
7 National Institute for Physiological Sciences, National Institutes of Natural Sciences
【掲載誌】eLife
【掲載日】2024年3月18日(オンライン先行公開)
【DOI】
https://doi.org/10.7554/eLife.95999