玉川大学大学院農学研究科の宮崎智史准教授と富山大学学術研究部理学系の前川清人准教授、基礎生物学研究所の重信秀治教授らの研究グループは、代表的な社会性昆虫であるシロアリの性決定遺伝子doublesex (dsx) の塩基配列を同定することに成功しました。
本研究の成果は令和3年8月6日午後6時に米国の国際科学雑誌「Scientific Reports」にオンライン掲載されました。
研究グループは、シロアリ7種とシロアリの姉妹群であるキゴキブリ1種のゲノムやトランスクリプトーム(全発現遺伝子)データを対象にdsx遺伝子を探索し、DNA配列の特徴や染色体上の配置から、シロアリ1種を除く全てでdsx遺伝子を特定しました。シロアリのdsxは、機能ドメインの1つを欠き、単一のエキソン(タンパク質に翻訳される領域)で構成され、オスでのみ転写されており、姉妹群のキゴキブリやその他の昆虫種にはみられないユニークな特徴を有していました。本研究は、シロアリのdsxが特異な進化を遂げたことを明らかにし、この変化がシロアリにおける高度な社会性の獲得に関連するとの新たな仮説を提唱しました。
【発表論文】
''Evolutionary transition of doublesex regulation from sex-specific splicing to male-specific transcription in termites.''
Scientific Reports,
https://doi.org/10.1038/s41598-021-95423-7
宮崎智史1*, 藤原克斗2, 甲斐啓馬2, 増岡雄大2,3, 後藤寛貴4, 新美輝幸5,6, 林良信7, 重信秀治6,8, 前川清人9*
1玉川大学大学院農学研究科, 2富山大学大学院理工学研究部, 3農業・食品産業技術総合研究機構, 4静岡大学理学部, 5基礎生物学研究所進化発生研究部門, 6総合研究大学院大学, 7慶應義塾大学法学部, 8基礎生物学研究所進化ゲノミクス研究室, 9富山大学学術研究部理学系
【研究の背景】
昆虫の性は細胞ごとに独立に決定されます。完全変態昆虫(サナギのステージをもつ昆虫)では、性染色体構成などに応じて性決定遺伝子doublesex (dsx) が異なるスプライシング(遺伝子の転写物をつなぎ変えるなどの加工のこと)を受けることで、標的遺伝子の転写調節というdsxの機能に性差が生じ、性分化がもたらされます(図1)。このようなdsxの性決定機能は昆虫全体で共通すると考えられ、実際に一部の不完全変態昆虫(サナギのステージをもたない昆虫)や、昆虫と共通の祖先を有する節足動物(ミジンコなど)においても確かめられてきました。一方で、不完全変態昆虫の一部では、dsxが雌雄で異なるスプライシングを受けないことや、ミジンコなどの節足動物では、オス(あるいはメス)でしか転写されないことなどが明らかにされ、dsxの制御様式が当初の予測よりも多様であることがわかってきました。
先行研究による遺伝子の探索では、不完全変態昆虫のうち、シロアリを含むいくつかのグループでdsxが特定できていませんでした。約3,000種のシロアリは、全ての種が繁殖カースト(階級)と不妊カースト間で繁殖上の分業が成立している真社会性をもちます。系統学的には、シロアリはゴキブリに含まれ(つまり社会性をもつゴキブリ)、親が子の世話をする亜社会性のキゴキブリとの共通祖先から進化したと考えられています。そこで本研究は、シロアリの社会性の進化とdsxの変化との関係性を明らかにすることを目指し、7種のシロアリ(ネバダオオシロアリ、オオシロアリ、レイビシロアリの1種、ヤマトシロアリ、イエシロアリ、ナタールオオキノコシロアリ、タカサゴシロアリ)とキゴキブリのゲノムデータや全発現遺伝子データからdsxを探索しました。
【研究の内容】
(1)シロアリの性決定遺伝子dsxの特定:これまでに報告された昆虫種のdsxは、主にDNA結合に関わるOligomerization Domain 1(OD1)と多量体化(複数のタンパク質が結合すること)に関わるOD2とよばれる2つの機能ドメインを有します。そこで、既に配列が明らかになっているチャバネゴキブリのdsxのOD1とOD2に類似する配列を探索し、取得した塩基配列を用いた分子系統解析を行いました。その結果、ネバダオオシロアリを除くシロアリ6種とキゴキブリで、dsx様の配列が得られました。ゲノムデータが入手可能なシロアリ3種では、ゲノム上での遺伝子の並びが保存されていることが確認されたため、これらの遺伝子をdsx相同遺伝子と同定しました。なお、現時点では正確な理由はわかりませんが、レイビシロアリの1種からは2つのdsxが見つかったことや、ネバダオオシロアリからはdsxが見つからなかったことも興味深い発見です。
(2)シロアリdsxに特徴的な遺伝子構造と制御様式:各種dsxのスプライシングの有無やパターンを調べるために、遺伝子クローニング(目的の遺伝子と同一の配列をもつDNA断片を得る操作)を行いました。また、dsxの制御様式を明らかにするために、カースト間や雌雄間での遺伝子発現解析を遂行しました。キゴキブリのdsxは、OD1とOD2を有し、性特異的なスプライシング制御を受けていました。したがって、チャバネゴキブリなどの既知の昆虫種と同様の特徴をもつことがわかりました(図2)。一方で、シロアリ6種のdsxにはOD1しか確認されず、性特異的なスプライシング制御は受けていないことがわかりました。興味深いことに、ゲノムが解読済みの4種のシロアリ全てで、dsxは単一のエキソンのみで構成されていることも確かめられました。さらに、ヤマトシロアリとタカサゴシロアリでは、各性のカーストや胚からRNAを抽出して遺伝子発現解析を行い、dsxがオスでのみ発現することを明らかにしました。これらの結果は、シロアリのdsxがオス特異的に転写されることを示しています。なお、ヤマトシロアリでは、dsxの転写を制御する上流の候補因子の探索も試みましたが、特定には至りませんでした。
【今後の展望】
本研究により、シロアリdsxにおける機能ドメインOD2の喪失、エキソンの単一化、オス特異的な転写制御の獲得は、亜社会性のキゴキブリとの共通祖先からシロアリが進化した初期の段階で生じたと考えられます(図3)。これらの3つの進化学的変化がどのような順で生じたのか、またシロアリの高度な社会性の進化にどのような影響を与えたのかを明らかにするためには、系統学的に祖先的なシロアリのグループ(ムカシシロアリ)を加えた比較研究や、dsxの機能解析を実施することが必要になります。さらに、シロアリdsxの標的遺伝子や、オス特異的な転写を制御する上流の因子を特定することにより、他の昆虫では見られない特殊な性決定様式を明らかにすることが可能になると考えられます。
本研究の実施にあたり、科学研究費補助金(KAKENHI JP19K06860,JP20K06816,JP19H03273)の支援を受けました。
【添付図について】
図1:モデル昆虫であるキイロショウジョウバエの性決定におけるdsxの役割。灰色の領域は、タンパク質に翻訳されない部分を示し、白の領域は、タンパク質に翻訳される部分を示す。黒の領域はOD1を示し、斜線、赤、青の領域は、それぞれ雌雄に共通、メスに特異的、オスに特異的なOD2を示す。性櫛は、オスの前脚のみで列状に配置された剛毛である。厳密には、キイロショウジョウバエの性はX染色体の数に応じて決定される。
図2:シロアリの姉妹群で亜社会性のキゴキブリとヤマトシロアリにおけるdsxの転写産物。写真は、キゴキブリの成虫ペアと、ヤマトシロアリの女王と王(矢尻で示す)による創設初期のコロニー。
図3:社会性の進化と関連したシロアリdsxの進化学的変化。*チャバネゴキブリのデータは、先行研究(Price et al. 2015)を元にしている。
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