従来の高血圧診断基準より低い血圧値から心不全や心房細動のリスクが上昇-約200万例の国内疫学ビッグデータからの知見-

1. 発表者:
小室 一成 (東京大学大学院医学系研究科 循環器内科学/東京大学医学部附属病院 循環器内科 教授)
金子 英弘 (東京大学大学院医学系研究科 先進循環器病学講座 特任講師)
康永 秀生 (東京大学大学院医学系研究科 臨床疫学・経済学 教授)
森田 啓行 (東京大学大学院医学系研究科 循環器内科学/東京大学医学部附属病院 循環器内科 講師)
藤生 克仁 (東京大学大学院医学系研究科 先進循環器病学講座 特任准教授)
伊東 秀崇 (東京大学医学部附属病院 循環器内科 特任臨床医)
矢野 裕一朗(横浜市立大学附属病院 次世代臨床研究センター 副センター長・准教授)

2.発表のポイント:
  • 従来から広く用いられている一般的な高血圧の診断基準よりも低い、収縮期血圧130-139 mmHg / 拡張期血圧80-89mmHgの段階から心不全や心房細動のリスクが上昇する可能性を、日本人の疫学ビッグデータをもとに報告しました。
  • 従来の高血圧基準は収縮期血圧140mmHg以上または拡張期血圧90mmHg以上ですが、米国の最新の血圧ガイドラインは、収縮期血圧130-139 mmHgまたは拡張期血圧80-89 mmHgをステージ1高血圧と新たに定義しました。今回の研究は、心不全や心房細動などのリスクがステージ1高血圧から上昇する可能性があることを報告した初の研究成果となります。
  • 心不全や心房細動などの循環器疾患の予防では血圧管理を重視すべきであることが示され、今後、最適な血圧コントロール方法の確立に大きく貢献することが期待されます。

3.発表概要: 
 国内に約4300万人の患者が存在する高血圧は、脳卒中や心筋梗塞、狭心症など多くの循環器疾患の発症と関連することが知られています。一般的には、収縮期血圧が140mmHg以上あるいは拡張期血圧が90mmHg以上で高血圧と診断されますが、2017年に米国では、その基準値を引き下げ、収縮期血圧130mmHg以上あるいは拡張期血圧80mmHg以上の場合に高血圧と診断することを推奨しました。この度、東京大学の小室一成教授、金子英弘特任講師、康永秀生教授、および、横浜市立大学の矢野裕一朗准教授らの研究グループは、心不全や心房細動の発症リスクが、収縮期血圧130mmHg以上あるいは拡張期血圧80mmHg以上という、従来考えられていた血圧値よりも低い段階から上昇する可能性を、200万症例以上が登録された大規模疫学データを用いて明らかにしました。本研究の成果は、心不全や心房細動など循環器疾患の予防を目的とした、最適な血圧コントロール方法の確立に大きく貢献することが期待されます。なお本研究は、厚生労働省および文部科学省科学研究費補助金(厚生労働行政推進調査事業費補助金・政策科学総合研究事業(政策科学推進研究事業)「診療現場の実態に即した医療ビッグデータを利活用できる人材育成促進に資するための研究」課題番号:21AA2007,研究代表者:康永秀生)の支援により行われ、日本時間4月23日に米国科学誌Circulation(オンライン版:Published Ahead of Print)に掲載されました。

4.発表内容:
(1)研究の背景
 高血圧(注1)の国内における患者数は4300万人にも上ると推計されおり、心不全(注2)や心房細動(注3)、心筋梗塞、脳卒中など多くの循環器疾患の発症にも深く関わっています。日本では、収縮期血圧140mmHg以上あるいは拡張期血圧90mmHg以上を高血圧と診断することが一般的ですが、2017年に発表された米国のガイドラインでは、この閾値を下げ、収縮期血圧130-139mmHgまたは拡張期血圧80-89 mmHgをステージ1高血圧と定義し、従来の収縮期血圧140mmHg以上あるいは拡張期血圧90mmHg以上をステージ2高血圧と定義しました。一方で、米国が発表したこのガイドラインの妥当性については、いまだ多くの議論がなされています。
 心不全や心房細動は、日本国内においてどちらも100万人以上の患者が存在すると推定される頻度の高い疾患です。そして、心不全が悪化した場合や心房細動によって脳梗塞を起こした場合の致死率は高く、たとえ救命できたとしても生活の質(Quality of Life)が大きく低下する可能性があります。心不全や心房細動は、日本人の健康寿命を短縮させる主たる原因としても重要であり、予防・診断・治療法の確立が急務です。
 そこで、本研究グループは、国内で最大規模の健診・レセプトデータベースであるJMDC Claims Database(注4)に登録された症例を対象に、2017年に発表された米国のガイドラインに準じた血圧分類によって心不全や心房細動などの循環器疾患のリスクが層別化できるかを検証しました。

(2)研究の内容
 本研究においては、2010年1月から2018年8月までにJMDC Claims Databaseに登録され、降圧薬を内服している症例や循環器疾患の既往歴のある症例を除外した2,196,437症例(平均年齢44±11歳、58%が男性)を解析対象としました。米国の血圧ガイドラインに準じて、正常血圧(収縮期血圧120mmHg未満かつ拡張期血圧80mmHg未満)(1,155,885症例)、正常高値(収縮期血圧120-129mmHgかつ拡張期血圧80mmHg未満)(337,390症例)、ステージ1高血圧(収縮期血圧130-139mmHgあるいは拡張期血圧80-89mmHg)(459,820症例)、ステージ2 高血圧(収縮血圧140mmHg以上あるいは拡張期血圧90mmHg以上)(243,342症例)の4つに分類しました。
 まず、平均観察期間1,112±854日の間に、28,056症例が心不全、7,774症例が心房細動と診断されました。年齢や性別、高血圧以外の危険因子で補正後に、正常血圧と比較したところ、心不全のリスクは、ステージ 1高血圧でハザード比1.30(注5)、ステージ 2高血圧においてはハザード比2.05と上昇しました。同様に、心房細動のリスクも、ステージ1高血圧でハザード比1.21、ステージ2高血圧においてハザード比1.52と上昇していました(図1)。
 また、心筋梗塞や狭心症、脳卒中についても解析を行ったところ、心不全、心筋梗塞、狭心症、脳卒中については、正常高値血圧の段階から正常血圧と比較してリスクが上昇し、ステージ1高血圧、ステージ2高血圧と段階的なリスクの上昇が確認されました。
 さらに、人口寄与危険割合(Population Attributable Fraction:PAF)と呼ばれる手法で、血圧上昇の疾患発症への寄与度を推定したところ、ステージ1高血圧の症例の血圧を正常化することで、心不全のリスクを23%、心房細動のリスクを17%、またステージ2高血圧の症例の血圧を正常化させることで、心不全のリスクを51%、心房細動のリスクを34%低下させる可能性があるという結果が得られました。

(3)社会的意義と今後の予定
 後ろ向きの観察研究であること、レセプトの病名に基づいて解析していること、JMDC Claims Databaseに含まれる主な対象が中規模以上の企業に勤務するビジネスマンとその家族であることから選択バイアスが存在する可能性などは、本研究の限界として考慮する必要があります。しかし、本研究を通して、広く一般に用いられている従来の高血圧の診断基準(140/90mmHg以上)よりも低い段階から、心不全や心房細動のリスクが上昇する可能性が示唆されたことは、日本を含む先進国で増え続ける循環器疾患を予防するための足がかりになると考えられます。また、本研究によってステージ2高血圧のみならずステージ1高血圧も心不全や心房細動のリスクを増加させる可能性が示されましたが、このステージ1高血圧を治療することによって心不全や心房細動を予防できるかどうかは今後研究すべき課題です。そして、ステージ1高血圧も積極的な治療対象とした場合には、治療対象になる患者数が大幅に増加するため、医療経済や費用対効果の観点からの検討も必要になると考えます。今後は、これらのさまざまな課題を克服し、日本の高血圧患者に対する適切な治療法の確立、そして心不全や心房細動などの循環器疾患を予防し、健康寿命の延伸を目指す取り組みが期待されます。

5.発表雑誌:
雑誌名:Circulation(オンライン版 Published Ahead of Print:4月23日)
論文タイトル:Association of Blood Pressure Classification Using the 2017 American College of Cardiology/American Heart Association Blood Pressure Guideline With Risk of Heart Failure and Atrial Fibrillation
著者:Hidehiro Kaneko*, Yuichiro Yano, Hidetaka Itoh, Kojiro Morita, Hiroyuki Kiriyama, Tatsuya Kamon, Katsuhito Fujiu, Nobuaki Michihata, Taisuke Jo, Norifumi Takeda, Hiroyuki Morita, Koichi Node, Robert M. Carey, Joao A C Lima, Suzanne Oparil, Hideo Yasunaga, and Issei Komuro (*責任著者)

6.用語解説:
(注1)高血圧:
 高血圧は、持続的に血圧が上昇する病態のことで、その結果、心臓や大動脈、脳、腎臓、眼底などさまざまな臓器に障害を引き起こします。一般的には、塩分過多や肥満などが原因となりますが、特殊なホルモン異常が原因となることもあります。収縮期血圧140mmHg以上あるいは拡張期血圧90mmHg以上で、高血圧と診断することが一般的でした。国内において4,000万人を超える患者が存在すると推計されています。
(注2)心不全:
 心不全とは、心臓の機能が低下することで息切れやむくみが生じ、寿命を縮める病気です。心不全の原因はさまざまですが、生活習慣病の増加や急速に進む社会の高齢化の影響で、心不全の患者数は増え続け、国内においてもすでに100万人の患者さんが存在し、2030年代には心不全の患者数は130万人にも達するといわれています。
(注3)心房細動:
 心房細動とは、不整脈に分類される病気の一つで、動悸や息切れなどの症状の原因となり、病気が進むと心不全の原因にもなります。また、心房細動の患者さんでは、心臓の中に血のかたまり(血栓)ができやすくなります。そして、血栓が脳に飛んだ場合は、脳梗塞を引き起こします。心不全と同様に、心房細動も患者数がとても多い病気で、国内においてすでに100万人以上の方が心房細動を患っていると考えられています。
(注4)JMDC Claims Database:
 株式会社JMDCが提供する国内で最大規模の健診・レセプトデータベースで、主に中規模以上の企業に勤務するビジネスマンとその家族の健康診断や保険レセプトの情報が統合されています。
(注5)ハザード比: 
 ハザード比とは、相対的な危険度を統計学的に比較する方法です。ハザード比が1を超えている場合には、コントロール群よりも比較対象とされた群のリスクが高いことになります。今回の研究では、正常血圧群をコントロールとした場合、ステージ1高血圧の心不全や心房細動に対するハザード比は1を超えています。したがって、正常血圧群よりもステージ1高血圧の方が心不全や心房細動のリスクが高いという解釈になります。

7.添付資料: 
図1 米国の血圧ガイドラインに準じた4つの血圧分類(A~D)における心不全および心房細動のリスクの比較
心不全や心房細動のリスクは、ステージ1高血圧から上昇する。(A)正常血圧(収縮期血圧120mmHg未満かつ拡張期血圧80mmHg未満)(B)正常高値(収縮期血圧120-129mmHgかつ拡張期血圧80mmHg未満)(C)ステージ1高血圧(収縮期血圧130-139mmHgあるいは拡張期血圧80-89mmHg)(D)ステージ2高血圧(収縮期血圧140mmHg以上あるいは拡張期血圧90mmHg以上)



本件に関するお問合わせ先
横浜市立大学広報課
E-mail:koho@yokohama-cu.ac.jp

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