学校法人昭和大学(東京都品川区/理事長:小口勝司)が設置する昭和大学先端がん治療研究所(東京都品川区/所長:鶴谷純司)の鶴谷純司教授、Memorial Sloan Kettering Cancer CenterのDr. Bob Liを中心とする研究グループは、「HER2高発現、あるいは同遺伝子変異を有する固形腫瘍における新規ADC(※1)、トラスツズマブデルクステカンの有効性と安全性を示し、がん細胞のHER2遺伝子変異が治療効果を予測する」との結論を導き、その研究成果が米国がん学会(AACR)機関誌『Cancer Discovery』に3月25日付で発表された。さらに、同グループはReverse Translation Research(※2)で「HER2遺伝子変異を有するがんではHER2発現を伴わなくてもADCの効果が高い」ことを突き止め、同誌に同時掲載された。
HER2遺伝子は、がん化や進展に重要な役割を果たしており、いわゆる「がん遺伝子」と呼ばれているものの一つである。胃がんや乳がんなどを中心にさまざまな固形腫瘍でHER2の高発現が認められており、その生物学的意義は大きいと考えられる。現在、胃がん、乳がんでのみこの分子を標的とした薬剤が臨床導入されている。
HER2遺伝子変異を有するがん細胞は肺がん、乳がん、大腸がん、胆管がん、卵巣がんなどで報告されており、一般にHER2高発現を伴っていないことが多い。いわゆるHER2陰性(HER2-low)と表現され、これまでHER2をターゲットとした分子標的薬は適応外だった。
しかし、今回の研究によりHER2遺伝子変異を有する固形がん、特に非小細胞肺がんでは高い効果が期待できることが証明され、ゲノム医療を用いた更なる個別化医療の発展に寄与することが期待される。
この研究のリードインベスティゲーターである昭和大学先端がん治療研究所の鶴谷教授は「今回のFirst in human試験(※3)の結果から、臓器の種類を超えてHER2を標的としたADCの効果が証明された。これまでのHER2高発現のみに適応があったADCがHER2遺伝子変異にも適応されるようになることで、ゲノム医療の発展に寄与する」と述べている。
また、このADC「トラスツズマブデルクステカン」は、2020年にタキサン系抗がん薬とトラスツズマブ既治療の進行乳がんを対象とした第二相試験の結果が『New England Journal of Medicine』に公表され、同日に米国食品医薬品局(FDA)に承認されている。共著者の一人である鶴谷教授は「HER2陽性がん治療の歴史に残る、患者に新たな希望をもたらす薬剤である」と説明している。
■語句説明
※1 ADC:Antibody Drug Conjugate(抗体薬物複合体)の略。リンカーと呼ばれる部分を介して抗体と化学療法剤である薬物を共有結合したもの。ADC化することで、化学療法剤をがん細胞に選択的に多く届けることができるようになり、その結果、薬物の副作用を抑えつつがん細胞への攻撃力を高めることができる。
※2 Reverse Translation Research:実際に患者がどのような症状を呈しているのか、どのように困っているか、などと言った、臨床上目標とすべき達成点(臨床的視点)について徹底してこだわり、その視点から基礎、臨床研究を行うことで、実臨床に応用のできる結果を導き出す、実用的な研究手法。
※3 First in human試験:創薬においては、まず実験動物などを用いて薬物の有効性や安全性などが検討され、その結果を受けて患者での有効性と安全性が検証される。この検証を行うのが臨床試験である。臨床試験は第I相から第III相の3段階に分けて行われる。第I相試験では、抗がん剤などの場合を除いて、被験薬が健常な成人ボランティアに対して投与され、薬物動態や副作用などが調べられる。被験薬を動物ではなくヒトに対して世界で初めて投与するので、これを「First in human(FIH)試験」と呼ぶ。
■発表論文
Targeting HER2 with Trastuzumab Deruxtecan: A Dose-Expansion, Phase I Study in Multiple Advanced Solid Tumors.
Junji Tsurutani, Hiroji Iwata, Ian Krop, Pasi A. Jänne, Toshihiko Doi, Shunji Takahashi, Haeseong Park, Charles Redfern, Kenji Tamura, Trisha M. Wise-Draper, Kaku Saito, Masahiro Sugihara, Jasmeet Singh, Takahiro Jikoh, Gilles Gallant, and Bob T. Li
Cancer Discovery 2020, March 25
HER2-mediated internalization of cytotoxic agents in ERBB2 amplified or mutant lung cancers. Bob T. Li, Flavia Michelini, Sandra Misale, Emiliano Cocco, Laura Baldino, Yanyan Cai, Sophie Shifman, Hai-Yan Tu, Mackenzie L. Myers1, Chongrui Xu, Marissa, Mattar, Inna Khodos, Megan Little, Besnik Qeriqi, Gregory Weitsman, Clare Wilhem, Alshad S. Lalani, Irmina Diala, Rachel A. Freedman, Nancy U. Lin, David B. Solit, Michael F. Berger, Paul R. Barber, Tony Ng, Michael Offin, James M. Isbell, David R. Jones, Helena A. Yu1, Sheeno Thyparambil, Wei-Li Liao, Anuja Bhalkikar, Fabiola Cecchi, David M. Hyman, Jason S. Lewis, Darren Buonocore, Alan L. Ho, Vicky Makker, Jorge S. Reis-Filho, Pedram Razavi, Maria E. Arcila2, Mark G. Kris, John T. Poirier, Ronglai Shen, Junji Tsurutani, Gary A. Ulaner, Elisa de Stanchina, Neal Rosen, Charles M. Rudin and Maurizio Scaltriti
Cancer Discovery 2020, March 25
Trastuzumab Deruxtecan in Previously Treated HER2-Positive Breast Cancer. Modi S, Saura C, Yamashita T, Park YH, Kim SB, Tamura K, Andre F, Iwata H, Ito Y, Tsurutani J, Sohn J, Denduluri N, Perrin C, Aogi K, Tokunaga E, Im SA, Lee KS, Hurvitz SA, Cortes J, Lee C, Chen S, Zhang L, Shahidi J, Yver A, Krop I; DESTINY-Breast01 Investigators.
N Engl J Med. 2019 Dec 11.
■AACR プレスリリース
https://cancerdiscovery.aacrjournals.org/content/early/2020/03/20/2159-8290.CD-19-1014
https://cancerdiscovery.aacrjournals.org/content/early/2020/03/19/2159-8290.CD-20-0215
▼本件に関する問い合わせ先
昭和大学先端がん治療研究所(昭和大学旗の台キャンパス内)
TEL: 03-3784-8145
▼本件リリース元
学校法人 昭和大学 総務課(広報担当)
TEL: 03-3784-8059
【リリース発信元】 大学プレスセンター
https://www.u-presscenter.jp/