雌雄を決める性決定遺伝子の多くは、種分化過程で誕生する新機能獲得型遺伝子である。北里大学の荻田悠作大学院生、伊藤道彦准教授と産業技術総合研究所の回渕修治研究員らの研究グループは、dmrt1という転写因子遺伝子から独立して誕生した雄決定遺伝子メダカdmyと雌決定遺伝子ツメガエルdm-Wの分子進化において、正の選択圧下の共通のアミノ酸置換を検出し、これがDNA結合能と転写調節能を増強することを明らかにした。すなわち、この平行進化は性決定という新機能獲得に貢献し、性決定遺伝子として確立・固定に寄与した可能性が示唆された。この研究成果は、2020年1月24日付で科学学術誌『iScience』に掲載される。
■研究成果のポイント
◇転写因子遺伝子dmrt1の重複から分子進化した2つの性決定遺伝子(オス決定遺伝子メダカdmyとメス決定遺伝子ツメガエルdm-W)の誕生初期において、正の選択を介した共通のアミノ酸置換(→ セリンからスレオニンへの平行アミノ酸置換)を検出した。
◇in vitro結合実験および細胞内発現系において、DMY とDM-Wの共タンパク質は、平行アミノ酸置換によってDNA結合能と転写調節能が増強された。すなわち、この置換は、転写因子としての機能進化を引き起こした。
◇この平行分子進化は、dmyと dm-Wの新・性決定遺伝子として集団内での確立と固定に寄与した可能性が示唆された〔図1参照〕。
■研究の背景
本研究で解析した2つの性決定遺伝子(メダカのオス決定遺伝子dmyとアフリカツメガエルメス決定遺伝子dm-W)は両者ともに、dmrt1というオス化誘導遺伝子から、それぞれの祖先で収斂的(独立)に重複し出現した遺伝子です〔図1参照〕。dmyは本論文の共著者の松田勝教授(宇都宮大)らにより脊椎動物の性決定遺伝子として哺乳類Sryに次いで2番目に発見され (Matsuda et al. Nature 2002)、dm-Wは本論文の責任著者の伊藤らにより脊椎動物の性決定遺伝子として3番目に発見されました(Yoshimoto et al. PNAS 2008)。dm-Wは、動物界では雌ヘテロ(ZZ/ZW)型およびメス決定型の性決定遺伝子として初めての発見です。興味深いことに、dmyとdm-W は同じdmrt1から重複進化したにも関わらず、雌雄性決定において、真逆の機能を持ちます。これは、dm-W がdmrt1遺伝子の部分重複を介して分子進化したため、アンチオス化遺伝子としてメス決定の機能を果すからと考えています(Yoshimoto and Ito. FEBS J 2011)。
研究グループは以前、上記の3種の性決定遺伝子Sry、dmy、dm-WのDNA結合ドメインの進化速度が、祖先遺伝子に比べ早いことを示しました(Mawaribuchi et al. 2012)が、その意味は未解明のままでありました。本研究では、性決定遺伝子の誕生・確立に、共通メカニズムは存在するか?という疑問に答えるため、dmrt1から独立に重複進化した2つの性決定遺伝子(メダカdmy、ツメガエルdm-W)の分子進化機構を比較解析しました。
■研究内容と成果
(1)メダカ属3種のDMYとツメガエル属3種のDM-Wの系統樹と祖先配列の解析から、それぞれの祖先において、DMRT1からDMYでは2つ、DM-Wでは5つのアミノ酸置換が推定され、その中に共通のアミノ酸置換が検出されました。この共通のアミノ酸置換(平行アミノ酸置換)は、DNA結合ドメイン内にあり、そのドメインのN末端から15番目のセリンがスレオニンへ置換【S15T】していました〔図1参照〕。
(2)dN/dS比の解析から、この平行アミノ酸置換【S15T】は、DMYとDM-Wの分子進化において両者共に、正の選択圧下にあることがわかりました。
(3)DMRT1の1アミノ酸変異タンパク質(DMRT1【S15T】)、DMYとDM-Wの1アミノ酸変異タンパク質(DMY【T15S】、DM-W【T15S】)、およびそれぞれの正常タンパク質を用いたin vitro結合実験および細胞内発現系における比較解析から、平行アミノ酸置換【S15T】は、転写因子として、塩基配列特異的DNA結合能と転写制御能の増強に寄与することがわかりました〔図1参照〕。
以上から、dmyと dm-Wで起きた平行アミノ酸置換【S15T】は、両者共に誕生初期で起きたと考えられ、この置換が新・性決定遺伝子としての確立および集団内での固定に寄与した可能性が示唆されました。本結果は、性決定遺伝子進化において、アミノ酸レベルで共通性ある方向性進化を示唆する初めての知見であります。
■今後の展開
性決定(雌雄の決定)カスケードのトップポジションに座する性決定遺伝子は、哺乳類・鳥類のような分化した性染色体をもつ系統を除き、近縁種間でも(集団間でさえも)相違(多様性)が見られる場合があり、進化的保存性が乏しい稀有なタイプの遺伝子です。すなわち、性決定遺伝子は、栄枯盛衰型・下剋上容易型遺伝子ともいえます。そこで、本研究で示唆された方向性進化を含め、性決定遺伝子は下剋上と被下剋上型の分子進化を併せ持つという仮説''性決定遺伝子の下剋上進化説(自説)''の検証を、dmy、dm-Wで展開したいと考えています。
■論文情報
論文タイトル:Parallel evolution of two dmrt1-derived genes dmy and dm-W for vertebrate sex determination
(dmrt1遺伝子由来の2種の性決定遺伝子dmyとdm-Wの性決定のための平行進化)
雑誌名:iScience
出版社:Cell Press
著者:Yusaku Ogita (荻田悠作)1#, Shuuji Mawaribuchi (回渕修治)2#, Kei Nakasako (中迫啓)1, Kei Tamura (田村啓)1, Masaru Matsuda (松田勝)3, Takafumi Katsumura (勝村啓史)4, Hiroki Oota (太田博樹)5, Go Watanabe (渡辺豪)6, Shigetaka Yoneda (米田茂隆)6, Nobuhiko Takamatsu (高松信彦)1, & Michihiko Ito (伊藤道彦)1*
1北里大・理・生物、2産業技術総合研究所、3宇都宮大・バイオ、4北里大・医・解剖、5東京大・理、6北里大・理・物理、#同等貢献者、*責任著者
掲載日:2020年1月24日
DOI:10.1016/j.isci.2019.100757
■用語解説
【性決定遺伝子】
雌あるいは雄を決定する遺伝子で、脊椎動物では未分化生殖巣を卵巣あるいは精巣形成に導くカスケードのトップポジションに位置する遺伝子である。遺伝的性決定では性決定遺伝子が座位する染色体が性染色体となる。
【平行分子進化/平行アミノ酸置換】
異なる系統間の相同な分子の進化における共通な変化を平行分子進化と呼ぶ。平行アミノ酸置換は、タンパク質あるいはペプチドの平行分子進化での、同一のアミノ酸置換を指す。
【新機能獲得型遺伝子】
遺伝子重複において、祖先遺伝子とは異なる新たな特殊機能を獲得した遺伝子。
【転写因子】
遺伝子のプロモーターや転写調節エレメントに結合して、遺伝子の転写を正あるいは負に制御するタンパク質。塩基配列特異的に結合するDNA結合ドメインを持つことを特徴とするが、多くの転写因子は、転写調節領域を併せ持つ。
■問い合わせ先
≪研究に関すること≫
北里大学理学部
伊藤道彦
〒252-0373 神奈川県相模原市南区北里1-15-1
TEL: 042-778-9408
E-mail: ito@kitasato-u.ac.jp
≪報道に関すること≫
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E-mail: kohoh@kitasato-u.ac.jp
【リリース発信元】 大学プレスセンター
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