<背 景>
心不全は世界的に発症率が高い慢性疾患の一つであり、その患者数は年々増加しています。重症心不全は薬物療法や補助人工心臓の適応により治療されるものの、これらの治療で治すことのできない重症心不全においては心臓移植が唯一の治療法です。しかしながら、ドナー心臓の数が限られていることから患者の平均的な待機時間は5年を超えます。
そこで、ヒトiPS細胞由来心筋細胞を用いた心筋細胞移植治療が有望な解決策として期待されています。自分の細胞を用いて患者さん毎に心筋細胞を製造する自家治療は免疫拒絶反応のリスクは低いですが、製造リードタイムの長さや品質管理の煩雑さなど細胞の提供に課題があります。一方、他家治療においては確認済みのドナー細胞を用いることで、大規模製造を行い必要な時に必要な量の細胞を提供できるというメリットがあります。私たちの研究室では、これまでに重症心不全患者への再生医療を目指して高純度ヒトiPS細胞由来心筋細胞を大量に製造する技術を世界に先駆けて開発してきました(
Cell Stem Cell, 2013,
Cell Metabolism, 2016,
Stem Cell Rep, 2017等に報告)。またこの技術を用いて動物試験や臨床試験にも取り組んできました(
JACC_BTS, 2021,
Circulation, 2024,
iScience, 2024等に報告)。ただ、ドナー細胞は自分の細胞ではないことから、免疫拒絶が生じるリスクがあります。そこで、移植時免疫拒絶反応が生じるリスクを最小限にするための新たなヒトiPS細胞の研究が進められてきました。
移植時免疫拒絶反応は、HLAの齟齬により引き起こされます。HLAはその個人ごとに自分を識別できるラベルとして高度に多様化しており、HLAの不適合は細胞傷害性T細胞(CTL)の活性化を引き起こします。そのためHLAの発現のない細胞はCTLの細胞傷害を惹起しません。ただし、HLAがナチュラルキラー細胞(NK)の抑制性リガンドであるため、HLAの欠損細胞はNK細胞からの細胞傷害を惹起します。
そこで、本研究ではHLAの細胞内発現機構に着目しました。HLA class I の発現は小胞体に存在するタパシン(TAP結合タンパク質;TAPBP遺伝子)により安定化され、細胞表面に運ばれ自己抗原が提示されます。TAPBP欠損マウスはHLAの発現が低下し免疫機能が低下するという報告があり、TAPBP遺伝子を欠損したiPS細胞由来心筋細胞はHLAの発現が低減し免疫拒絶反応を惹起しにくくなるのではないかと考え研究を開始しました。
<研究手法・研究成果>
本研究では、まずCRISPR-Cas9を用いてTAPBP遺伝子の欠損株の樹立を行いました(
図1A)。TAPBP欠損ヒトiPS細胞株として最もHLAの発現が低下した細胞を選定しました
(図1B)。本TAPBP欠損ヒトiPS細胞はNANOG / OCT4陽性であり未分化性を維持していました(
図1C)。炎症性サイトカインであるインターフェロンγ(IFN-γ)(注6)を添加して疑似炎症状態にした場合にはHLAの発現が亢進することからHLA class I の発現機構が維持されていることが確認できました(
図1D,E)。
図1 TAPBP欠損iPS細胞の樹立と評価
(A) TAPBP欠損iPS細胞の樹立方法の概要図 (B) HLAの低発現株の選定
(C) TAPBP欠損株における未分化性の維持確認 (D)(E) IFN-γ応答性の解析 |
次に研究グループがこれまでに開発してきた分化・純化手法を用いてヒトiPS細胞由来心筋細胞へ分化を行いました。TAPBP欠損株はコントロール株と同様に心筋細胞への分化能を有することを確認しました(
図2A)。また、作製されたヒトiPS細胞由来心筋細胞はコントロールと同様に心筋骨格構造を有しており(
図2B,C)、ヒトiPS細胞由来心筋細胞としての心筋機能はコントロール株と同様であることを確認しました。また、IFN-γを添加し疑似炎症状態を誘導したところ、コントロール株もTAPBP欠損株もその添加量に依存したHLAの発現の亢進を示しました(
図2D,E)。
図2 TAPBP欠損ヒトiPS細胞由来心筋細胞への分化と評価
(A) ヒトiPS細胞由来心筋細胞の心筋細胞陽性率
(B)(C) ヒトiPS細胞由来心筋細胞の骨格構造
(D)(E) ヒトiPS細胞由来心筋細胞のIFN-γ刺激応答性 |
実際にHLAの発現が低減しているTAPBP欠損株が細胞傷害性T細胞(CTL)からの免疫拒絶反応をどれだけ回避できるのかを検討しました(
図3A)。ヒトiPS細胞由来心筋細胞とCTLを共培養し、免疫拒絶反応によりIFN-γを分泌したCTLの数をELISPOTアッセイで評価しました(
図3B)。IFN-γ(-)においてTAPBP欠損株は有意にCTLの活性を低減していることが示されました。IFN-γ(+)においては全体的に活性が高く有意な差を示すには至らなかったものの、TAPBP欠損株で低下の傾向を示しました。次にCD107aを用いて脱顆粒化を起こした細胞率を評価しました(
図3C)。IFN-γ(-)ではいずれの細胞も顕著に応答しなかったものの、IFN-γ(+)においてTAPBP欠損株は有意に脱顆粒化の惹起を低減しました。最後にヒトiPS細胞由来心筋細胞に対する細胞傷害性を評価しました。IFN-γ(-)、IFN-γ(+)いずれにおいてもTAPBP欠損株の細胞傷害性は有意に低減していることが示されました(
図3D)。これらの結果から、CTLのIFN-γ産生、脱顆粒化が低減することにより、ヒトiPS細胞由来心筋細胞に対する細胞傷害性やCTLからの免疫拒絶反応が大幅に低減されていることが示されました(
図3E)。
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図3 CTLに対する免疫原性評価
(A) CTLに対する免疫拒絶反応の概要図 (B) IFN-γに対するELISPOTアッセイ
(C) CD107aを用いた脱顆粒化細胞率(Degranulation)評価 (D) 細胞傷害性活性評価
(E) CTLに対する免疫拒絶反応評価の結果の概要図 |
さらにNK細胞に対する免疫拒絶反応を評価しました(
図4A)。ヒトiPS細胞由来心筋細胞とNK細胞を共培養し評価を実施しました。なお、ヒト慢性骨髄性白血病株であるK562はHLAを有さない株であり、本試験の試験コントロールとして採用しています。最初に、免疫応答によりIFN-γを分泌したNK細胞の数をELISPOTアッセイで評価しました(
図4B)。IFN-γの有無に関わらず、TAPBP欠損株はコントロールと同様にほとんど免疫拒絶反応を示しませんでした。次にCD107aを用いて脱顆粒化を起こした細胞率を評価しました(
図4C)。IFN-γの有無に関わらずコントロール、TAPBP欠損株ともにほとんど免疫拒絶反応が認められませんでした。最後にヒトiPS細胞由来心筋細胞に対する細胞傷害性を評価しました。本実験においてもTAPBP欠損株はコントロール株と同程度の細胞傷害性にとどまりました(
図4D)。これらの結果から、TAPBP欠損株はHLAの発現が低く管理されるものの、NK細胞からの細胞傷害性を惹起するには至らないことが示されました(
図4E)。
図4 NK細胞に対する免疫原性評価
(A) NK細胞に対する免疫拒絶反応の概要図 (B) IFN-γに対するELISPOTアッセイ
(C) CD107aを用いた脱顆粒化細胞率(Degranulation)評価 (D) 細胞傷害性活性評価
(E) NK細胞に対する免疫拒絶反応評価結果の概要図 |
<今後の展開>
本研究の知見は、非自己として認識され移植後の免疫拒絶反応が懸念される細胞移植治療において、免疫拒絶反応をできる限り回避する手法として期待されます。複数のHLAの遺伝子をそれぞれ改変することは複雑な工程を必要とするものの、本改変においては1遺伝子変異のみであることから、より安全かつ短期間で低免疫原性ヒトiPS細胞株の樹立ができ、今後のより安全な細胞移植への手法の一つとして応用されることが期待されます。
<用語解説>
(注1)ヒト人工多能性幹細胞 (ヒトiPS細胞:human induced pluripotent stem cell):
皮膚や血液などの体の細胞に特定の遺伝子を導入して作られる細胞で、さまざまな種類の細胞に変化できる能力を持つ。心筋細胞を作製できるため、病気の仕組みを調べたり、新しい治療薬の開発(創薬)や再生医療の研究に広く利用されている。
(注2)移植後免疫拒絶反応:
ドナー(細胞の提供者)からの細胞や組織を、レシピエント(移植を受ける患者)の免疫システムが「異物(非自己)」と認識して攻撃・排除しようとする生体防御反応。これにより移植した細胞が定着できなくなるため、通常は免疫抑制剤の継続投与が必要となる。
(注3)ヒト白血球抗原(HLA) class I:
細胞内部の情報を免疫細胞に提示して「自己(自分)」であることを証明するタンパク質。
(注4)細胞傷害性T細胞 (CTL):
獲得免疫を担うリンパ球の一種。他人のHLA class Iを感知して異物細胞を攻撃・破壊する。
(注5)ナチュラルキラー細胞(NK細胞):
自然免疫を担うリンパ球の一種。HLA class Iを完全に失った細胞(missing-self)を異常とみなして攻撃する性質を持つ。
(注6)インターフェロンγ(IFN-γ):
免疫細胞(T細胞やNK細胞など)が分泌する代表的な炎症性サイトカイン(細胞間の情報伝達物質)。体内での炎症時に細胞表面のHLA class I分子の発現を飛躍的に増加(誘導)させる働きを持つ。本研究では、移植後の体内における炎症環境を疑似的に再現するための刺激として用いられている。
<文献情報>
論文タイトル:
Generation of hypoimmunogenic cardiomyocytes from human induced pluripotent stem cells with TAPBP knockout
著者:
山本 由姫1,3、大野 麗3、正田 佳代子3、鈴木 利宙2、桃井 晋子1,3、藤井 翔平1、剱持 友香1,2、吉川 聡明2、下村 真菜美2、塚本 信夫2、大貫 和信2、谷 英典1、相馬 雄輔1、福田 恵一3、中面 哲也2、遠山 周吾1
所属:
1 藤田医科大学 医学部臨床再生医学、藤田医科大学東京 先端医療研究センター
2 国立がん研究センター 先端医療開発センター 免疫療法開発分野
3 Heartseed株式会社
DOI:
10.1016/j.isci.2026.117933
<特記事項>
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(科研費)(JP23K27683、JP25K21785)、神奈川県立産業技術総合研究所(KISTEC)、およびHeartseed株式会社の研究助成を受けて実施されました。